2.17 逃走 Part豊葵
Side:上白豊葵
「へぇ、3時間前に発見された異世界人がこれほどの魔法を、ねぇ?」
あ、やべ…
リエさんに『異世界転生者』としていたはずの僕のプロフィールに存在する明らかな矛盾を突きつけられた。
それは異世界には魔法という概念が無いはずなのに発見されてから3時間にも関わらずそれなりに技術が必要な魔法を使っていることだ。
「わたしも冒険者ではあるけど面倒見てくれてる貴族の人がいてね、ここで見逃すわけには行かないの。」
ふぅ。一旦落ち着こう。
「ある程度出身地を誤魔化すのは許されるかもだけど、異世界人だと、ね? しかも自己申告だから信用出来るかも分からないからもっと怪しく見えちゃうの。」
僕は入り口からカウンターを挟んだ酒場のテーブルのすぐ近くにいる。そしてリエさんは僕と入り口の間にいる。
「ほら大人しくついて来なさい、死にはしないわ」
これは十中八九逃げ出しても捕まる。まだ待っていればもっと後にはチャンスがあるはずだ!
「リエさん! でもアツキはもう登録が終わって冒険者になってるっす。冒険者になったばかりの新人をギルドの中で連れて行かれると冒険者ギルドも黙ってないと思うっすよ!」
そう言われてもリエさんに堪えた様子はなく、薄い笑みを浮かべたままだ。
「知ってる? ハッチ。この世にはね、それくらいの圧力を物ともしない貴族はいっぱいいるのよ?」
言外に「うちの大将はつえーんだぜ?」って言ってる。あの微笑みは綺麗だけど、恐ろしく感じる。多分、毒付きの鋼鉄の棘がついた薔薇だ。
「ねぇ?」
クッ! さっきからずっとこっちを見たまま視線を動かそうとしない! あれは絶対逃さないつもりだ!
「流石にそこまで身構えてたら逃げようとしてるのは分かるけど、この状況からどうするつもり? 味方は誰もいないけど?」
今周りを見てみると、全員が何事もなかったかのように談笑していた。
………眩しく輝いたままで。
よし、ならば作戦Dだ。
ちなみにD以外の作戦はない。
まずはリエさんの支線を逸らすために顔面に引っ付いたままだったスライムのルーを手で剥がしてから〜投げる!
「コントロールなさすぎじゃない?」
僕が投げたルーは弧を描きながら僕から見てリエさんの右側に飛んで行った。
そして思わず目で追ったその隙に左にダッシュ!
「流石にそれで逃がすほど間抜けじゃないけど」
リエさんが飛んでいったルーを無視して僕を捕まえに来る。良かった、魔法は出来るかわからないけど少なくとも使う気はなさそうだ。だからといってステータス差は圧倒的だから逃げられる気はしない。
だがもう手は打った! 成功すれば簡単逃げられるはずだ!
「もう捕まえた」
僕が猛然と走っているとすぐ近くで声がした。いつの間にか僕は足払いをかけられたようで、天井を見ながら宙を舞っていた。
「はい、終わり。どうせ逃げられないんだから大人しく…」
急に言葉が途絶えたのは簡単だ、僕の作戦が成功した!
すぐさま立ち上がって見てみると、リエさんの顔にはルーが張り付いていて、剥がそうと必死に手で掴もうとしているが、液体をつかもうとしているようにまるで成功していない。
その惨状を確認したあと僕は顔を真っ青にしたハッチさんを横目に入り口へと走り出した。
リエさんが剥がそうとしている間にルーは体を薄く伸ばして、体を拘束しようとしているが、魔法でもかかっているのか服で露出していない場所には侵入できないようだ。
まぁ、元から関節以外の部分はグレーゾーンも含めて張り付くつもりがなかったのでそれは逆に好都合。知能の低いスライムがなぜ張り付く場所を選んでいるのかの不自然な行動に説明がつく。
だが、露出していない場所には貼り付けないということはつまりは、手首や足首くらいしか拘束できないと言うこと。
豊葵が入り口に手をかけた頃にはリエさんは物理的な排除を諦めたようで、手を自分の顔を向けて魔法を使った。
すると突風が起きてルーが引き剥がされてしまった。
「ハァハァ……待ちなさい!」
呼吸は乱れているようだが、疲れてはいないようで、すぐに豊葵の後ろに回ったと同時に首筋に手刀が放たれてしまった。
その手刀は人の意識を奪い取るには十分な威力で、これで起き上がれば人間じゃないだろう。
はぁ、牢獄生活が始まるのか、豊葵の体は回収できなさそうだな。




