第4話
「かはッ……!」
朔也に襲い来る、未知の激痛。
「……? これはどうしたことか」
そう言って男は、朔也の心臓に突き刺した刀をゆっくりと引き抜いた。
傷口からは鮮血が噴き出る。
「綺麗に心臓を貫いてしまったな」
さも意外そうに、男は言った。
朔也は、胸を押さえ、その場に倒れ伏した。
身体の血液が失われて、意識が遠のいてゆく。
「……野蛮な男ですね。『剣聖』アレン」
そこで、アズリエルの声が、ぼんやりと朔也の耳に入ってくる。
アズリエルがその場に姿を現した。
アレンと呼ばれた男には、その姿が唐突に現れたように見えたはずだ。
しかしアレンは、それに驚く様子すら見せない。
「あぁ、君は隠れていた子か。……彼、仲間じゃないのかい?」
そう言って、アレンは足元に横たわる朔也を指さす。
ちらりと朔也の方に目をやったアズリエルは、毅然とした態度でアレンを睨み返した。
「……もう、勝ったつもりなのですか?」
アレンは首を傾げた。
「ん? 今度は、君が相手をしてくれるのかな?」
地に頭をつけた朔也の上で繰り広げられる会話。
それらを耳にしながら、朔也は自身にとある異変を感じ取っていた。
(なん、だ……? )
思考もままならないほどの激痛は終わり、しだいに薄れゆく意識の中で、朔也はとても奇妙な体験をしていた。
頭の中に、とても密度の濃い情報が流れ込んでくる。
それは、断片的な映像であったり、経験であったり、感情であった。
(これは、誰かの……記憶?)
――それは、初めて剣を握った日の記憶だった。
生きる術はそれしかなかった。
生まれながらに神殺しを宿命づけられていた。
周りには同じ境遇の子供が何人もいて、そんな子供たちと研鑽という名の殺し合いを強要された。
それが世界のすべてである少年には、その“儀式”のおぞましさがわからなかった。
ただ、そういうものだと受け入れて、何人も斬り捨ててきた。
情報の再生が止まった。
そこで、朔也の意識は覚醒した。
一瞬だったのか、とても長い時間だったのか、わからない。
気が付けば体の痛みは無くなっていた。
「……?」
地面に手をついて、ゆっくりと体を起こす。
心臓の位置に手をやると、傷口は血の跡を残して完治していた。
「驚いた。……君は不死身かい?」
アレンは、驚きながらも、嬉しそうに言った。
「なるほど。君の余裕は、そこから来ていたんだね。でも、死なないだけじゃ相手にならないよ」
そう言って、アレンは刀を構えした。
「待って! 待って下さい! 僕は――」
朔也は手を前に突き出し、ブンブンと降って拒絶する。
もはや朔也の心にに、戦意というものは微塵もなかった。
アレンを、そしてその刀を見ると、強烈な痛みがフラッシュバックする。
目の前の男に対する感情は、恐怖しかない。
だから、なんとか話し合いに持ち込めないかと、朔也は祈るしかなかった。
「ああ、話さなくていい。君のことを知るのは、君を斬り殺したあとで良い。まずは、その不死性がどれほどか、見極めてみようか」
対するアレンの反応は、冷徹だった。
怯える朔也に対し、何の躊躇もなく切っ先を向ける。
「ほ、本当に待っ――」
「……次は、首を切り落とす」
アレンは言い終わると同時に動き、そして一瞬で終わった。
目にもとまらぬ神速の斬撃だ。
それが、綺麗に朔也の喉を切り裂いていた。
しかし、それは宣言通り首を切断するには至っていない。
アレンは眉根を寄せた。
(何……? 狙いが、ずれた……?)
アレンは、確かに朔也の首を切断するつもりで斬った。
それが、喉までしか届いていないということは、目的の5割しか斬れていないということだ。
アレンが、斬撃の間合いを間違えることはまずあり得ない。
であるならば、朔也が、何かをしたのだ。
そう、
(この男は、私の斬撃を避けようとした……!)
喉を抑えて、よろめく朔也。
傷口からはまたも大量の鮮血が噴き出ている。
「なん、で……。待……って言ってる、のに……ゴホッ! ゴホッ!」
血を吐く朔也。
再び傷が治り、苦悶の表情が少しだけ和らぐ。
その脳内には、再び何者かの記憶が流れ込んできていた。
(また、記憶が……)
――それは、修行に明け暮れた日々の記憶だった。
修練の日々の中で、いつのまにか男は、自ら戦いを求めていることに気づいた。
あるいは“教育”の成果なのかもしれないが、そんなことはもはやどうでもよかった。
しかし、歪ながらも、一緒に剣を振る子供たちとは友情のようなものが育まれていたような気もする。互いに長い時を過ごしたせいだろうか。そんな相手も手にかけた。
そうしなければ生き残ることは出来ないのだから。
記憶の再生が止まった。
ここにきて、朔也は確信した。
これは、目の前の男、アレンの記憶だ。
それを見る度に、その経験が、技術が、自身の肉体に刻み込まれていくのを感じる。
「……はぁ……はぁ」
朔也には、アレンの動きが少しだけ見えるようになっていた。
だからこそ、アレンの攻撃に反応して、狙いをずらすことに成功したのだ。
理由は、おそらく先程の記憶を見たせいだろう。
「……面白い」
アレンもまた、確信していた。
朔也の能力、それが単なる不死に止まらないことを。
(この男、斬り殺す度に強くなっている……!)
朔也に二回目の斬撃を与えたあと、その佇まいは明らかに戦いにおいて洗練されたものとなっていた。しかもそれは、どこか見慣れたものだ。
アレンは、まるで過去の自分と対峙しているかのような感覚に陥る。
「どういう理屈か解らないが、私の技術を模倣しているな……」
それでも、アレンは笑っていた。
斬り殺しても死なず、あまつさえ自身の技術を吸収する怪物を前に。
なぜなら、アレンは、すでに勝機を見出していた。
復活するたび、朔也のマナ総量が減少しているのを知っていた。
復活回数に制限はあるようだ。
そしてあろうことか、アレンは朔也の心配すらしていた。
久々に巡り合えた好敵手なのだ。
あと何回死んだら終わる?
そして、どこまで強くなる?
強くなる、というならば歓迎だ。
目一杯強くなってもらおうではないか。
戦いが盛り上がるのならば、喜んで敵に塩を送ろう。
「ふふ、いいだろう。私の剣術、その全てを与えよう。その前に死んでくれるなよ?」
そう言って、アレンは笑う。
この一戦が、自身にとって困難に満ちたものであるように、と。




