復讐者
シルアの聴覚に突き刺さった鈍い音。それを上塗りする様にヒュガロスの絶叫が轟いた。
ヒュガロスがフィアナを翡翠の矢で射抜こうとした矢先、ヒュガロスは背後から飛来した槍に腹部を貫かれていたのだ。
貫かれた衝撃で海老の様に仰け反るヒュガロス。
シルアはその光景に驚くが、直ぐにフィアナに目をやりその無事を確認すると、横たわるその身体を抱き抱えた。
ヒュガロスの巻き起こした突風は既に止んでいる。
「だ、れ、だ……?」
口から真っ赤な血の泡を吹き出し、血走った眼をぎょろりと見開いた風神は緩慢な動きで振り返った。その視線の先には全身をケロイド状の火傷に覆われ、腹部には巨大な風穴が空けられたガルヴォロスの姿。
顔面の筋肉は壊死し既に動かぬはずだが、ガルヴォロスはにやりと笑った。
一目散にヒュガロスへ向けて駆け出すガルヴォロス。
ヒュガロスは両手にマナを収束させ得意の聖風魔法を唱えようとしたが、深手を負ったその身では詠唱もマナの収束も間に合わない。
接近したガルヴォロスはヒュガロスに強烈な蹴りを見舞った。
「ごふっ!」
まともに受け、うつ伏せに倒れたヒュガロス。その身体に突き刺さったままの魔槍の柄を握り、ガルヴォロスは背中を踏み付けた。
「会いたかったぞ。ヒュガロス」
「う、ぐっ……おのれ、謀反人が」
「ふっ、どこまでも己のみが尊く正しい存在なのだな。貴様等、邪神どもは。ここまで来るとむしろ清々しい。おかげで俺達の怒りも呪いも、消えることなく大炎のままあり続けることができる。ぬん!」
魔槍を地面に深く突き刺すと、串刺し状態のヒュガロスは更に大量の血を吐いた。地面に真っ赤な血の花が咲く。
互いに腹部に風穴が空いた身でありながら、この歴然たる力の差は何ゆえか。それは単純な実力差というわけではない。ガルヴォロスにありヒュガロスにないもの、それは何が何でも目的を果たそうとする執念。
ガルヴォロスに至っては、神々の打算により殺された上、神の軍の戦士になった後には謂れのない罪で拷問を受けた末に仲間諸共火に焼かれ魔界へと突き落とされた怨み。
神々への復讐を誓ったその怨念の炎こそ、今のガルヴォロスを突き動かす原動力に他ならない。
対してヒュガロスはどうか? 天空世界に鎮座し、魔神軍の侵攻に際しても天空騎士を送り出し自らは日和見の傍観者と決めつけた。
此度ラー大陸に降り立った理由もシルアを叱責、矯正する為であり命を賭してやってきたわけではない。
ヒュガロスは信じられない思いだった。下賤の輩に踏み躙られ、命さえ握られている現状が。
一瞬天空世界の他の神々が次元の妖術を通じて救援に来てくれる事を期待したが、直ぐに間に合うはずがないと悟る。
「さあヒュガロス、俺達の怒りをその身に受けるがいい!」
ガルヴォロスが呼び寄せた地獄の雷が魔槍を伝いヒュガロスの身体を貫く。紫電の弾けるバリバリという音とヒュガロスの絶叫が重なり合いシルアの鼓膜に突き刺さる。
目を剥き舌を突き出し痙攣するヒュガロスにガルヴォロスは「まだまだ……こんなものではない」と更に強力な雷を見舞う。
火花が散りヒュガロスの身体からぶすぶすと黒煙が立ち昇りだすが、ガルヴォロスは手を緩めることはない。
勢いを増し続ける青い雷光はまるで結界のように二人を包み込み、何者の介入も許さぬというガルヴォロスの意思が強く表れているようだった。
固唾を呑んで壮絶な光景を見つめるシルア。
やがて……。
全ての雷光が収まったとき、そこには電熱により発火した炎に包まれたガルヴォロスの姿と既に柄の部分が燃え尽きている魔槍。そして残った穂先に貫かれたまま黒焦げに炭化した風神ヒュガロスの成れの果て。
ぼろりと崩れ落ちたヒュガロスの指先が風に運ばれて飛んでいく。
業火に包まれたガルヴォロスは高らかに笑い、笑い続け。やがてその笑い声とともに跡形もなく消滅した。
後には地面に突き刺さった魔槍だけが橙色の高熱を帯びて明るく光っていた。




