神とは……
「申せ」
「フィアナを……この人間の娘を貴方様の超魔力で救って欲しいのです」
シルアはその腕に抱いてぐったりしているフィアナをヒュガロスに示した。相変わらず冷笑を浮かべる風神は、フィアナを一瞥する。
「瘴気、いや暗黒闘気に蝕まれたのか。放っておけば確かにその娘は死ぬな」
「どうかお願いでございます。フィアナの命を救ってくださいませ!」
「必死ではないか? らしくない。それほどまでに貴様が執着するなど。さては、その人間の娘に惚れておるな?」
「否定はできません。僕は初めて抱く感情に戸惑い、フィアナだけは死なせたくないと、心から思っているのです」
「何よりも尊いと?」
「少なくとも、今の僕には」
「ふぅむ、なるほど」
ヒュガロスはふぅっと息をつき目を閉じた。シルアはヒュガロスの温情に縋るしかなく、次のヒュガロスの言葉を固唾を呑んで待つ。
「よかろう。救ってやる」
シルアの表情が輝いた。
「ヒュガロス様! ありがとうございます」
シルアはそっとフィアナを横たえ、ヒュガロスの慈悲に感謝する。
ヒュガロスが両腕を広げ魔法の詠唱を始めると、煌めくマナが辺りから収束していく。
はっとシルアの中に違和感が一気に押し寄せた。収束するマナに風の属性が付与したのである。そしてその違和感が結果として現れるのに数瞬と要さなかった。
ヒュガロスが広げた両腕を勢い良く交差させると、解き放たれた魔力は辺り一帯に翡翠の突風を巻き起こした。シルアはその緑風に包まれ完全に身動きを封じられた。
「ヒュガロス様! これは一体どういうことですか!」
「言ったであろう、お前を救うのだ。妖に惑わされ、本来のあるべき姿勢を見失ったお前を」
「僕は惑わされてなどいません!」
「そんなはずがなかろう! 貴様の任は何だ? 人間の小娘を命懸けで守ることか? 違うな、貴様は神々の剣だ。我らに仇なす者に死を与え、三種の神器を魔神軍より先に確保する。それが貴様に課せられた使命だ! それを忘れたか!」
「忘れてなどおりません。しかし、ならば何ゆえ! 何ゆえ貴方様たちは三種の神器の在り処をご存知ないのですか!? 三種の神器は貴方様たち神々が天空世界へ繋ぐ鍵としてラー大陸に保管したのではないのですか!?」
シルアの必死の抗弁にヒュガロスは呆れたように首を振る。
「やれやれ、剣が政に口出しするか……分をわきまえよ! あろうことか敵の讒言に惑わされ、主たる我等への忠誠が揺らぐなど言語道断! ああ、それも貴様等に宿る心のせいか。人神ゼスタシアが今の貴様を見たらさぞ嘆かれるであろうな」
ヒュガロスの掌で練り上げられたマナは翡翠の矢を型取り、それは無防備に横たわるフィアナへ向けられる。
「お願いですヒュガロス様! どうかッ! フィアナだけはお助けください! 貴方様の教えが真実ならば、この様な真似はお止めください!」
「言っている意味がわからぬなシルアよ。神とは唯一無二の存在。故にその決定はすべからく絶対遵守と決まっておる! 穢れた心など一思いに壊れてしまえ。そして純然たる兵器として生まれ変わるがいい!」
風を切って飛来する音に続き、肉を抉り貫く生々しい鈍い音がシルアの耳に突き刺さった。




