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ラグナロククエスト 『神々に翻弄されし運命』  作者: 風花 香
第五章 愛を知らぬ剣士 シルアの闘い
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無我の一閃

 完全にフィアナの精神を支配したと思い込んでいたミハエルにとって、まさか自らがフィアナの意識下に抑え込まれるなど想像だにしていなかった。


 無論その強靭ながらも薄氷の精神を喰らい尽くすのはウロボロスの力を以てすれば容易ではある。しかしそれはあくまでフィアナを生かしておかなければならないという絶対の条件を無視すればの話だ。


 フィアナを殺す事はシルアとの全面対決を意味するのだから、何があろうと生かしておかなくてはならない。それがよもやこんな小娘如きにこの様な屈辱を味わわされるとは!


 ええい! 忌々しい小娘がッ! 余を愚弄した罪は必ずや惨たらしい死に様を以て贖わせてくれるッ!

 だが、それは今ではない。今為すべきはシルアを喰らいその圧倒的な力を取り込む事。ここで焦って、この娘を殺すことは自らの首を絞める結果になることは明白。焦らずともこの娘の中にいる限りシルアは手出しできぬ。


 想定外の事態に陥っても冷静に大局的判断を下せるミハエルは、やはり愚鈍な凡人ではない。ミハエルの判断は概ね正解であり、シルアはフィアナを手にかける事ができないかに思われた。


 しかし、フィアナの矜持を知るシルアは彼女の覚悟を汲むと、地面に突き立つ剣を握り締め切っ先をフィアナに向けたのだ! 研ぎ澄まされた刃が陽光を反射し、確かにフィアナの心臓に向けられる。


 なっ!? シルアめ、この娘を殺す気か!? だが待て。娘が死んだとて余の肉体には何ら影響はないのだ。最悪の手段ではあるが、シルアを吸収する事は諦め撤退するという選択は可能。しかし、これほどの好機を目の前にしてそれはなんと口惜しきことかッ! 


 憤慨と無念を噛み締めながら諦めかけたミハエルだったが、咆哮を上げながらシルアが短剣を突き出そうとした矢先、フィアナの精神力が遂に底を尽いた。

 束縛から解かれたミハエルの目に映るのは、苦悩に喘ぎながら無我夢中でフィアナを突き殺そうとするシルアの隙だらけの姿。残忍な笑みを浮かべ、ミハエルは逆転勝利を確信する。


 天は余に味方したようだな! 今のシルアならばウロボロスと同化し、一飲みにすることなど容易い! シルアよ、何がこの勝負の行方を分けたか貴様にわかるか? 大望を果たさんと覇道を邁進する余と、生きる目的さえ見失い、挙句唯一の拠り所が小娘の助命という狭量な器の貴様。

 余と同じ土俵に立つことすら烏滸(おこ)がましい行為だったと知るがいいッ!

 死ね! シルアッ!


 フィアナの身体から黒い瘴気が一瞬にして立ち昇り、それは黒い竜へと変じる。そしてその竜の中に今度こそ魔王ミハエルが同化し、シルアへ鋭い牙を向けた。


 シルアの頭蓋を噛み砕くべく口内に捉えた瞬間、ミハエルは熱く(たぎ)る狂喜の只中にあったがその刹那、同時に凍てつく冷気を感じた。

 それは勝利を確信した現状において異物的感覚に他ならない。そしてミハエルは気が付くと同時に狼狽した。突き刺さる様な鋭い冷気の正体に。

 いつの間にかシルアの右手に握られた短剣。明確な殺気を宿し、ウロボロスと同化した自らを引き裂こうとする一振りの刃。

 

 それはシルア自身も意図して動いたわけではなかった。日々研鑽を積み、武芸を練磨し続けた果てにたどり着いた無我の境地。

 

 血で赤く染めた右腕から繰り出された洗練された一閃は稲穂を刈り取るかの如く、邪竜の首を斬り飛ばした。さしものミハエルもウロボロスと同化した状態で、首と同時に神経をも切断されてはひとたまりもない。


 最期の瞬間この狂王は一体何を思ったのか。勝利をほぼ手中に収めながら、よもや人間の想いの力に束縛され一縷の隙を突かれ敗北するという結末。

 それは脆弱を嫌い、人間としての己を殺したミハエルにとって余りにも皮肉な最期といえよう。

 或いは、シルアの閃光の一閃は何を思わせる間すらなかったか。


 いずれにせよ、元人間にしてラー大陸征服を目指した魔王ミハエル・アルフレッドは死んだ。


 

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