狂王は死なず
フィアナを助ける決意を胸に、シルアは防戦を続ける。
しかし状況を打破する具体的な策があるわけではない。フィアナに憑依した魔物はその姿を一切表に出すことなく、あくまでフィアナの身体を操り攻撃を仕掛けてくる。
中の魔物だけを倒すような芸当はとてもじゃないが出来はしない。攻撃すればたちまちフィアナの肉体を傷つけてしまうだろう。
何か、何か手はないのか?
シルアは激しい剣戟を防ぎながら魔物の隙を、綻びを探す。
ガルヴォロスとの激闘の後ということもあり、シルアの体力は限界に近付き、軋む身体は悲鳴を上げている。
何時までもこの防戦を続ければジリ貧になるだけ。
幾度目かの鍔迫り合いの最中、具に魔物の隙を伺うシルア。
すると次の瞬間、フィアナの腹部から黒い影の様なものが伸び、シルアの腹部を強打した。
鍔迫り合う接近戦だった為、さしものシルアもその奇襲を躱せず、後方に吹き飛ばされる。
咳き込むシルアの口から霧状の血が吐き出され、ガルヴォロスとの闘いで損傷していた内臓に痛手を負う。しかし、シルアの瞳には一筋の突破口を掴んだ自信に満ちた光が灯っていた。
今の黒い影こそ憑依する魔物の実体だ。攻撃する際にほんの一瞬姿を現すだけだが、同じ奇襲が二度通用するほどシルアは甘くはない。
そして、あの様な膠着状態に陥った時にあの魔物は実体を現し攻撃を仕掛けてくるであろうことが明確に伝わってきた。
「シルアァーー!!」
膝立ちの体勢で攻略の手段を考えていたシルアにフィアナの狂剣が迫る。それを真っ向から避けることなく受けたシルアは早速憑依する魔物と決着を付ける気なのだ。
「待っていてくださいフィアナ。今あなたを助けます」
今のフィアナには到底届かぬ言葉でもシルアは敢えて口にした。その瞳に赤い光が点灯したフィアナは一切攻撃の手を緩めることなく、怒り狂ったように剣を振るう。
そしてシルアを真っ二つにするべく振り上げられた剣が頭上から襲い掛かってきた。
シルアの待っていた攻撃だった。
左の短剣一本でその重い一撃をがっちりと受け止める。火花を散らす鍔迫り合いが展開される中、シルアは魔物の実体が仕掛けてくる攻撃を神経を研ぎ澄まし待つ。
右手の短剣はその一瞬を逃しはしない。
互いの剣を挟み、シルアの瞳とフィアナの紅の瞳が交錯する。
魔物が憑依したフィアナの肉体は更に力を発揮し、受け止めた剣がじりじりと押される。
何故仕掛けてこない? シルアが片手を自由に活かせるこの状況は魔物にとって好ましくないはず。状況を打破する切り札を直ぐにでも使ってきそうなものだが。
表情には出さないが、内心で疑問と焦りが沸き上がるシルア。するとそんな内面を見透かしたかの様にフィアナの口元が、にぃっと邪悪に歪んだ。
「どうしたシルアよ? 攻撃する絶好の機会であろう。この小娘ごと斬り捨てればよいではないか」
その声は濁った魔物の声でも、懐かしさと愛しさを孕んだフィアナの声でもなかった。
それでいて聞き覚えのあるその声。高貴な雰囲気を醸し出す、高潔と傲慢が入り混じった口調にシルアの目が見開かれた。
「ミハエル……アルフレッド」
呟かれたのは死んだと思われていたドミディ王国の狂王の名だった。
思わず飛び退くシルアの焦燥に駆られた顔を見て、外見だけはフィアナの敵が高らかに笑う。
「ふはははははっ! 貴様でもその様な表情をするのだな! 愛する者を質に取られた気分はどうだ!? シルアよ!」
紛れもないミハエル・アルフレッドその人が魔物と化している。シルアはそれを認めると同時に、フィアナを救うことの難儀を否が応でも受け入れざるを得なかった。




