救いたい想い
荒廃し、瓦礫の山と化したシルアとガルヴォロスが闘った戦場に砂塵が舞う。
風の音に混じりながら聞こえた聞き馴染みのある声にシルアは振り向いた。ここにいるはずのない存在、にも関わらず聞こえたその声。そこにいたのは、短くも一時の安らぎの時間を与えてくれた女性だった。
凍てつくほどに冷え切ったシルアの心に温もりを与え、任務遂行のみを信条としていたかつてのシルアに変化をもたらした女性。
「フィアナ……」
なぜフィアナがここに。
そんな疑問を抱くのとフィアナの様子がおかしいと気付くのは殆ど同時だった。
猫背に丸めた背中で顔は地面を向くように項垂れ、靭やかで長いブロンズヘアーが顔の前に簾のように垂れ下がっている。
快活でいて生気に満ちていたフィアナの面影は求めようもなく、シルアはフィアナの異変の原因を探るべく凝視した。
そして見た。フィアナが項垂れたままシルアに向かいゆっくりと一歩を踏み出した際に、その着地した靴の底から禍々しい瘴気が立ち昇るのを。
更に目を凝らせば、その瘴気は薄っすらとだが確かにフィアナの丸めた背中、挽いては全身から黒い水蒸気の様に揺らめきながら放出されていた。
そのことが何を示すのか、考えられる可能性は二つに一つしかあり得ない。
フィアナが魔物に憑依され生きた傀儡と化してしまったか、またはフィアナは既に殺され死んで尚傀儡として利用されているのか。
そのどちらなのかフィアナの様子からはまだわからない。ただ一つわかることは、フィアナからシルアに対して明確な強い殺意が向けられているということだった。
「どうして、ここにいるのですか?」
その向けられた殺意を無視するように、フィアナと一つ屋根の下で過ごしていた時と変わらぬ軽い調子でシルアは問い掛けた。
しかし軽いのは口調だけで、ざわつく胸と自暴自棄になった頭はそのままだ。この質問は何の意味も為さないかもしれないとわかりつつも、外見があのフィアナである以上は無我のまま闘う気にはなれない。
何もかもがどうでもいいと思った矢先だというのに、目の前にいる女性はシルアがたった一人、唯一殺したくない人だった。
しかしシルアの問い掛けに返事はない。代わりにゆっくりと確実に殺意の篭った歩を進める。
「僕が、わからないのですか?」
シルアは後退りながら不要な質問を重ねる。少なくとも目の前のフィアナには自我がない。生きているのか死んでいるのかはわからないが、共に過ごしたあのフィアナはそこにはいない。
殺すしかないのか。
でも、そうか。そうですね。
所詮は闘う事しか知らない兵器のような存在の僕だ。人間であるフィアナと心を通わせることを願うのは痴がましかったというだけ。
ならば――。
握る双剣に力を込めた瞬間だった。
地面に向けられていたフィアナの顔が上がり、垂れ下がったブロンズヘアーの隙間から覗く右目が、紅い光を宿しシルアを捉えた。にっと歪めた口元には愉悦の感情が窺える。
大地を蹴ったフィアナは一直線にシルアに飛び掛かり、その手に握られた愛剣を振るう。
受けた一撃はフィアナが放ったものとは思えない重いものだった。やはり魔物の力が影響しているのだろう。
鍔迫り合いの最中、シルアは眼前に迫ったフィアナの顔を見つめる。
紅い光が灯った双眸は先程まで対峙していたガルヴォロスを彷彿とさせるものだった。しかし、その紅に染まった人外の眼以外はやはり紛れもなくフィアナの容姿。
左耳に光る質素なピアス。自らの右耳にある二対の片割れを思い、シルアは胸が締め付けるような味わったことのない感覚に囚われた。
「シルア、ココデシネ」
濁った声の中に僅かだかフィアナの元の声が混じっている。フィアナの声帯を利用しているからであり、フィアナの意思によるものではないだろう。
「ドウセイッショニイラレナイノナラ、ココデシネェ!」
怒声と共に乱れ飛ぶ剣嵐を双剣で受けつつ、シルアは、はっとする。
今の叫びは魔物の言葉ではない。フィアナの心が叫ばせたものだ。
フィアナ、あなたは生きているのですね。
死して傀儡人形となったわけではないと悟り、シルアの心に一つの想いが宿った。
それはこれまでの生の中で、任務遂行だけを信条として闘ってきたシルアには初めての闘う理由であった。
必ず救ってみせます。
それは、森の中で初めてフィアナに会った時の気まぐれで助けた感情とは違う。この人を、フィアナを助けたい切実なるシルアの想いだった。




