神々の戯れ
天空世界スティルヴァースに存在する荘厳華麗な神々の社。
神々の中でも特に強い力を有する十二神たちが集うのは、最高神エルザエヴォスが全世界を見渡す永続的不滅と呼ばれる空間である。
眩い光に包まれ、煌めく光が天窓から黄金のシャワーの様に射し込むその神々しい空間に十二の席が並び十二神たちが鎮座している。
その並びも上下に序列化された位階制を表す階層組織の型を成しており、頂点に君臨するエルザエヴォスを筆頭に、二席が一段下に位置し、次いで三席、六席と並んでいる。
今神々が注視しているのが、ドミディ王国で決戦を繰り広げるシルアとガルヴォロスの闘いだった。
次元の妖術と呼ばれる時空を超越して、術者の目の前に映像として投影する魔法。甚大な魔力を必要とするが、十二神に至っては事も無げに使用することができ、二人の闘いが始まった時から既に神々は戦況を見守っていた。
十二神の正面に大画面で映し出されていたその闘いもたった今決着がついたようだ。
「シルアがガルヴォロスを倒したようですな」
「そうか。ん? ガルヴォロス? どこかで聞いた名だな」
「覚えておられないのですか? かつて反乱を起こした神の軍の戦士の首領ですよ」
「おお! そういえばそのような不届き者がいた」
末席に座る風を纏った男神の報告を受け、わざとらしく惚けるエルザエヴォス。
かつての非道極まりない所業も所詮は些末な小事に過ぎないということだろう。他の神々もまたその名を聞いても懐かしみこそすれ、反省や懺悔の念を抱いている様子は一切ない。
「魔界に落ちた後デストロイアルの軍門に降っていたのか。あれだけの傷を負いながら立派なものよ」
「それだけ私たちに対する恨みが深いということでしょう。余計な事に首を突っ込んだ自らの愚かさを呪わず逆恨みするなんて、小さい男ね」
「元人間だ。器の小さいのは致し方ないな」
闘神インドラと大地母神ガイアがせせら笑う。神に反逆した愚か者の末路など悲惨なものよ、と。
「……懸念が一つあります」
控え目な小さな呟きが発せられた。
その声はエルザエヴォスの一つ下でガイアの左隣。つまり位階は第三位に当たる女神、人神ゼスタシアが発したものだった。
ゼスタシアの憂いを孕んだ大きな瞳は、他の神々の視線を一身に受けても意に介すことなく、ただ静かに一点の虚空を見つめていた。
「述べなさいな、ゼスタシア」
隣で不敵な笑みを浮かべているガイアが促す。
「……シルアの心が乱れています。ガルヴォロスの話した内容がシルアの忠誠心に楔として突き刺さってしまったのでしょう」
「なんと! 魔族の戯言に耳を貸すとはシルアめ、我々の教えを何と心得ているのか」
「戯言とは受け取らなかったのでしょう。現にガルヴォロスが言っていることはかの者からすれば真実そのものですから」
「だとしてもだ人神ゼスタシアよ。我等の教えを刻んでいるならば一笑に付すべきところよ。我々は唯一無二にして全知全能の神なのだ。仇なす者には死を。それが唯一の正義と理解しているのであればな」
十二神の中では末端に当たる下段左端に座る風神ヒュガロスがシルアを愚かしいとばかりに突き放し、吐き捨てた。
「シルアは四人の中で最も純粋でした。それ故にその心に穢れを落とせば染まるのも早かったのでしょう」
「随分とかばい立てるではないか。それに先程から聞いていれば心、心と。天空騎士をつくり出す際にその心を宿したのも人神ゼスタシア、貴女だったな。純然たる兵器であればいい奴等に不要な副産物を積ませて一体どういうつもりなのだ?」
相変わらず身じろぎもせずに、一点の虚空を見つめながら呟くゼスタシアだったが、風神ヒュガロスの不遜な物言いを聞き、ゆっくりとその美しい顔が向けられる。
「風神ヒュガロス、私に文句がおありですか?」
憂いを孕んだ大きな瞳も、感情を封じたような小さな声色も、何ら変わらぬゼスタシア。しかし永続的不滅に死の風が吹き込んだ様な戦慄する殺気がその場を満たし、殺気を向けられたヒュガロスはもちろん、他の神々も思わず身震いした。
「そう怒るなゼスタシアよ。そなたの急な殺気は肝を冷やす」
「勝ち目もないのに無闇に噛み付くからよ。本当に男は馬鹿なんだから」
エルザエヴォスの最高神にしては情けない言葉に大地母神ガイアが呆れた口調で返す。
「……失礼致しました」
ふと、一気に重力が軽くなった錯覚に陥る。ゼスタシアの殺気が収まり、張り詰めた緊張が解かれたのだ。
「全く、こんな縮み上がる思いをするのは女の殺気を浴びる以外には、寒空の下で用を足した時くらいのものよ」
インドラが顎先から滴りそうな汗をぐいと拭いながら、愚かしい揶揄を発する。
「女にはわからないことばかりね。ホント、神でも男は馬鹿ばかり」
ガイアが再びその場の男神たちを嘲った。
「とにかく、シルアに忠誠心を揺るがす楔が刺さっていると言うのならすぐにでも抜きに行かなくてはなるまい」
「下界に降りるのか? ヒュガロスよ」
ヒュガロスの隣に座る赤い髪をボサボサに生やした大男、雷神ボリクスが地鳴りの様な低い声で尋ねる。
「ああ、まだまだシルアには働いてもらわなければなるまい。それに、神々の尊さを見失った小僧を説教せずに如何がする?」
そう言い残して永続的不滅を後にする風神ヒュガロス。
「次元の妖術を解いて良い。後のことは風神ヒュガロスに任せる」
「あら、いいの? まだ事は解決していないんじゃなくて?」
「魔神軍の幹部たるガルヴォロスがシルア一人の手によって倒されたのだ。魔神軍の力も恐るるに足らぬことがよくわかった。それにこんな所でいつまでも座っておったら体に苔が生えるわ」
退屈で仕方がないとでも言うようにエルザエヴォスが玉座から立ち上がり体中を叩く。
刻みこまれたような深い皺だらけの顔は老人を彷彿とさせるが、威風堂堂とした立ち姿や鋭い眼光。そしてその身から迸る貫禄と生気に満ちあふれた精悍な肉体は最高神としての威厳を如実に現している。
「ガイアよ、床に来るがいい。久し振りにお前を抱きたくなった」
「あら? 珍しいわね。最近は若い天使たちに現を抜かしてばかりだったのにどういう心変わりかしら? ふふっ、ゼスタシアの殺気を目の当たりにして怖い女のご機嫌取り?」
「ふっ、なに。久し振りに一番強い女をよがらせたくなった、それだけよ。皆も各々自由にするがよいぞ。状況が動いたら集結せよ」
そう言い残すと天空の最高神は女神を伴い永続的不滅を出ていくのだった。




