全身全霊の一撃
逆手に握られていた短剣が振り抜かれると、空気を切り裂く鋭い音とともにガルヴォロスの胸の辺りを切り裂いた。
「ぐふっ!」
漆黒の鎧を纏うガルヴォロスだがシルアとの最初の攻防でその鎧にはあちこちにヒビが入っており、シルアの短剣は正確にその間に滑り込むと深々とその肉体を抉ったのだ。
先程までの乱暴な剣筋とは違う、シルア本来の洗練された剣技。流れる水のような掴み所のない動きでガルヴォロスを翻弄し、鎧の僅かな隙間に次々と短剣を滑り込ませ斬り裂いていく。
「はああぁぁっっ!!!!」
ガルヴォロスが雄叫びとともに闘気を放出し、周囲に衝撃波を巻き起こす。それによりガルヴォロスの鎧は砕け散り、その下から身体中を火傷で覆われた一見無惨な肉体が露わになる。
「はあ、はあ、何がもういいんだ?」
「言葉通り、何もかもがどうでもいい。思えば僕は全てにおいて自分の意志がなかった。沈着冷静を演じてきたが、それらも全ては周りの人々を観察して学んだ紛い物の自分だ」
「投げやりになるところもまた子供よ。ならばシルアよ、何の為に闘う? 最早お前にとって俺と闘うことは意味があるのか?」
「ないかもしれない。ただ、どっちにしろ僕から闘いを取ったら何も残らない。ならば、折角強い相手が目の前にいるんだ。僕がどれほどの境地にいるのか知れるいい機会じゃないか」
「修羅になる道を行くか。何処までも悲しき宿命を背負ったものだな、だがお前はもう止まるまい。ならば!」
ガルヴォロスが魔槍を頭上で旋回させた。
すると槍に纏う雷は遠心力により螺旋を描き、電撃の竜巻となって魔槍を包み込む。
「俺の最大の一撃をもって、その命とともに宿命を断ち切ってやろう!」
シルアの無表情にくすりと、微笑が走る。
「見た目にそぐわず優しい男なのですね、ガルヴォロス。ですが、僕を気遣う一撃が最大の一撃になるのですか? その甘い感情が命取りになりますよ?」
シルアは左手の短剣を逆手に握ったままで、軽快なステップを踏む。お馴染となった強化魔法によって再び全身を強化するが、シルアは身体に掛かる負担が大きいことを感じていた。
次に全力移動をすれば筋繊維が引き千切れるかもしれない。だが、それでも構わないとシルアは思う。
そう思う理由は次の一撃でガルヴォロスを必ず倒せるという自信からくるのではなく、ここで果てても構わないという悲壮な覚悟。
余計な事は考えない。全身全霊を込めて、自分の力をぶつけるのみ。己の存在意義を確認できるのは唯一体得しているこの武芸の技だけ。その全てを、今こそ――。
ガルヴォロスはシルアの言葉を受けて微笑を洩らした。顔の表情は筋肉が動かないので変わることはないが、それでもガルヴォロスは笑っていた。シルアの運命に同情した自分が、逆にその甘さを気にかけられることが妙に可笑しかった。
「そうだな。俺も余計な心配をしている場合ではないか。ならば、俺もお前を倒すことだけに全力を傾けよう!」
「いくぞ、ガルヴォロス」
足捌きが素早くなったと認識した時にはガルヴォロスの視界からシルアの姿が消えていた。いや、音速の中に身を置くシルアの姿は近距離で対峙する者には捉えることができないだけ。
「ぬうぅぅ、はあぁっ!」
それでもガルヴォロスは電撃の螺旋を纏う魔槍を引き絞り渾身の突きを繰り出した。
鎧を纏わず最大級の雷属性を付与し、最も得意とする突きの一撃。その突きは今まさに向かい来るシルアに対して寸分のズレもない、ガルヴォロスにとって生涯で最高の一撃となった。
しかしガルヴォロスの突きが穿いたのはシルアの光影であり、放出された雷は遥か彼方へ轟いた。限界を超えたスピードのシルアを捉えるかに思われた魔槍は、その限界すら凌駕しシルア自らが一つの光弾と化した全身全霊の捨て身を穿つことはなかったのである。
シルアの足は限界に達しようとしていたが、それでも自身が一つの刃となりガルヴォロスの腹部を貫き通すと、そこにはあまりにも大きな風穴が空けられた。
「ぐぶっ!? な、なんと見事な」
そう一言シルアへの賞賛を呟き、不死身の黒騎士と謳われたガルヴォロスはうつ伏せに倒れたのだった。
右足に掛かった負荷が大きかったらしく、シルアは激痛を伴う右足を庇うように左足を軸にして立ち上がると、倒れたガルヴォロスに背を向けたまま「さよなら、ガルヴォロス」と呟き、足を引きずりながらその場を離れる。
ガルヴォロスをこの場で倒したことにより、魔神軍への神器の情報漏洩を未然に防ぐことに成功したわけだが、シルアにとって最早そんなことはどうでもよかった。
これから自分は何を為すべきなのか。何を考え生きていけばいいのか、シルアにはわからない。
「ミツケタ……」
濁った声ではあるが、聞き覚えのある声だった。そうこの声はシルアが安らぎを覚えたあの声に近い。
振り返った先、倒れたガルヴォロスのその向こうで項垂れた猫背の姿勢で立ち尽くすのは別れを告げた女性その人だった。
「……フィアナ」
シルアは自分の心に波風が立つのを感じ、フィアナを見つめるのだった。




