呆気ない幕切れ
会場を揺らすほどの大歓声が木霊し、熱気と興奮の渦へと観客を巻き込む選抜戦は、国民にとって一大娯楽である。
今回の選抜戦も一回戦から熱い闘いが繰り広げられていた。
武器は木製に限定される為死者こそでないが、戦闘後には立ち上がれず係員に運び出される者が続出する。
しかし、そんな大興奮の会場を一人の男の闘いが静寂に包ませる。
選抜戦に参加する剣闘士の男達は全員上半身裸という出で立ちなのだが、今しがた対峙していた二人の身体付きは対象的であった。
一人は分厚い鉄板の様な胸筋に六つにくっきりと割れた腹筋、丸太を思わせる太い腕、そして見る者を威圧する黒褐色の凶暴な肌。
かたや色白のほっそりとした体躯に薄っすらと割れた腹筋、しなやかな筋肉がついているが、闘う者としては些か物足りない細めの腕。顔も温室育ちの貴族のように艷やかで品があり、表情も穏和そのものの優男。
二人は身長差も有に三十センチを超えており、会場からは失笑と、細身な剣闘士を心配する声がざわめいていた。
しかし。
「し、勝負ありっ! 六十一番、シルア選手の勝利!」
会場が沈黙した。
何が起こったのか理解できた者は、会場に一人もいなかったことだろう。
開始の合図と共にシルアの姿がリング上から消え、二秒後に再び現れた時には開始時と同じ場所に立ち尽くしていた。
再び開始を叫び闘う事を促す審判だったが、シルアと相対していた大男は糸が切れた人形のように前のめりに倒れ伏す。
慌てて駆け寄った審判が意識の有無を確認し、両手を頭上で大きく振り先程の台詞を叫んだ。
その後もシルアがリングに上がるたび、同じ現象が起こり続けた。
現実は単にシルアが目にも映らぬ速さで接近し、後頭部に一撃を入れているだけなのだが、その光景を捉えられない会場の者たちはシルアに恐怖し、対戦相手も四回戦にもなると既に戦意を喪失していた。
その様子を王族専用の特等席から見ていたドミディ王国の若き王ミハエル・アルフレッドは、口元に愉悦の笑みを浮かべた。
「素晴らしいではないか。おい、選抜戦はもう終了だ。正規兵の座はあのシルアという傭兵に与える。他の雑魚どもは早々に帰らせよ」
宰相にそう言い放つと、傍らに侍る近衛兵を伴いアルフレッド王はさっさと席を立った。部屋から出る直前に立ち止まり、肩越しに振り返り付け足した。
「あのシルアとやらを城へ案内せよ。余が直々に称えてやる。ふっはっは」
宰相から選抜戦の終了が告げられると、観客の一部から不満の声が上がったが、殆どの観客と肝心の剣闘士たちはあっさりと了承した。
それほどまでにシルアの闘いぶりは圧倒的で、歴戦の傭兵たちをしてもシルアと闘おうという気になる者はいなかったのである。




