熊鍋と質問
結局シルアの読みは大当たりだった。
ギルド周辺を注意深く観察したフィアナは、傭兵ギルドの建物に入ろうか入るまいかと不審な動きをしている女性を見つけた。
声を掛けると、案の定護衛を頼みたいが、やはり男の傭兵と二人きりになるのが不安とのことだった。雇用料もそれほど多くは払えず、二人は雇えないのでどうしようかと悩んでいるとのこと。
フィアナはここぞとばかりに自分も傭兵をしている身で、腕には自信があること。その辺の男傭兵なんかよりよっぽど強いことを力説した。
女性はフィアナの熱意に好感を持ったらしく、その場で護衛を依頼すると二人はギルドに申請して街の外へと出た。
そして、女性を依頼された通り無事に送り届けたフィアナは、その日の夜遅くにフェルシウダーに帰還し、ギルドに依頼を終えた報告を済ませると家路についた。
因みに今回の依頼の場合は斡旋料は発生しない。
「帰ったぞ」
「お帰りなさい。その顔は、やりましたね」
「ああ、シルアの言った通りだ」
晴れやかな笑顔をシルアに向け、フィアナは食卓につく。
険しい表情でいることが多かったフィアナだが、今の清々しいまでの笑顔は年頃の女の子らしい可愛らしさを感じさせる。
「フィアナの熱意と普段の努力の賜ですよ。怪我もしてないようで何よりです」
「ああ。おっ? これは鍋か!」
「ええ、熊鍋です。フィアナが疲れて帰ってくると思ったので、力がつくように肉を沢山食べれるものにしました」
「熊鍋……この辺りに潜む熊はグリズリーという体長三メートルは軽く超える種類のはずだが」
「ええ、こいつが見つけた中でー番大きかったので今晩のおかずになってもらいました」
事も無げにいつもの朗らかな笑顔で言うシルアに、フィアナは思わず引き攣った笑みを浮かべる。
まともな感性、そしてまともな強さではない。
「……まあ、いいか。ありがたい! 早速食べよう!」
温かい熊鍋を食べながら、この日の出来事の話をして談笑し、頃合いを見計らってシルアは本題に入った。
「ところで、お訊きしたいことがあるのですがいいですか?」
「何だ改まって。もちろんいいぞ」
シルアは礼を述べ、箸を置いた。
「僕はこの大陸に来て日も浅く、まだドミディ王国がどのような国なのかを把握していません。できればこの国について色々教えてもらいたいのです」
「そんな事はお安い御用だ。何を知りたいんだ?」
シルアは考える振りをしてから口を開く。
「そうですね。じゃあ、この国の軍隊はどのような構成になっているか教えていただけますか?」
「いきなり変わった質問をするんだな。シルアはやっぱりインガドル王国の間者なのか?」
言葉とは裏腹に、フィアナからは警戒心が感じられない。回り道ではあったが、先に信用を得たのは正解だった。
「疑いますか?」
「ふっ、冗談さ。シルアはそんなんじゃないってわかるよ。軍隊についてだな。この国の主な戦力となっているのは私たち傭兵さ。戦争となれば、王国から傭兵の雇い入れの触れが出され、私たち傭兵の多くは従軍する。一番の稼ぎどころだからね」
肉を口の中に放ると咀嚼して呑み込み、話を続ける。
「王都には正規軍も存在するがその数はそれほど多くなく、一〇〇〇〇人と定められている。減ればその都度補充されるが、正規軍に入るには狭き門を潜り抜ける必要がある」
「と言うと?」
「選抜戦が開催されるのさ。それ自体には参加資格は特に必要なく、参加料さえ払えば全員にチャンスがある。だけど、この国には強い傭兵がとにかく多い。認めたくはないが、格が違うって奴は何人もいるし、基本一度の選抜戦で正規軍に入れるのは数人。多いときでも十人くらいだ」
「傭兵を戦力の核に置くのは斬新なアイデアですね。王様はどんな人物なのか知っていますか?」
「今のドミディ王国の王は、アルフレッド家十九代目ミハエル・アルフレッドといってまだ三十歳にも満たない若き王だが、領土拡大の野望が大きい事はあまりにも有名だ。真意は定かではないが、先代の王はミハエル様に廃位に追い込まれたとも聞く」
「先代ならば父親でしょうか? 穏やかな話ではありませんね」
「ああ、ミハエル様は穏やかなお人じゃないのさ。先代は諸外国との友好関係を構築しようとしたんだが、ミハエル様はそれを良しとはしなかった。この国の市民たちは傭兵が多いから、戦争自体が少なくなることを歓迎はしていない。そこに付け入り人心を掌握し先代を廃位に追いやった、という噂だ」
湯気が立ち昇らなくなった器の中身をフィアナは一気にかきこむ。そしてグツグツと煮立つ鍋からおかわりをよそい、話を続ける。
「それからミハエル様は超が付くほどの実力主義者だ。何時かの選抜戦で圧倒的な強さで優勝した傭兵が、いきなり百人将の位を与えられたと聞いている」
なるほど。ならば王都に自然に入り込み王の近くに侍るには選抜戦を圧倒的な実力を見せつけ勝ち抜き、王の目に留まるのが一番手っ取り早い。
多少実力がある傭兵がいようと、シルアにかかれば赤子の手を撚るようなものだ。
「選抜戦自体は割と頻繁に開催されるから参加する機会はきっとあるよ。シルアは正規兵になりたいのか?」
「ええ、まあ。目標ではありますね」
「そうか。なら選抜戦が開催されるまでは、このままうちに居るといい。シルアには世話になっているし、せめて宿屋の代わりくらいはさせてもらうよ」
「ありがとう。感謝しますフィアナ」
優しく微笑むフィアナに、シルアも人懐っこい笑顔で応えた。
奇妙な同棲生活はまだ続く。




