シルアの思惑
「ところで、フィアナ。女性傭兵に需要がないと決め込むのは早いと、僕は思うのですが」
食器の後片付けをしながら、シルアは背を向けたまま語り掛けた。
フィアナは剣を磨く手を止めて、シルアの小さな後ろ姿を見つめる。
「早いって、現に私は一向に仕事にありつけないんだ。いくら腕に自信があると言ったところで、返事は同じさ」
悔しさを滲ませぎりっと奥歯を噛む。
「女に命は預けられない。だとさ」
「目先を変えてみましょう。依頼人に選ばせるのではなく、フィアナが依頼人を選ぶのです」
「どういうことだ?」
食器を洗い終え、手を拭いたシルアは正面からフィアナを見据えた。
「依頼人が護衛に求めるのは、魔物や山賊から命や物資を守ってくれる武力です。が、それだけに尽きません」
「そうなのか?」
「ええ、具体的に言いますと依頼人が女性だった場合、護衛に求めるのは武力は当然ですが、もう一つ重要なことが乱暴狼藉を働かない誠実さです。故に同性なら尚望ましいでしょう」
確かにシルアの言うように、女性依頼者は雇った傭兵にすら気を許せないのかもしれない。
二人きりの道中では下手をすれば、魔物以上の脅威になりかねないし、かと言って複数人を雇えばその分依頼料も増える上、傭兵同士が結託すれば更に悍ましいことが起こり得るのだ。
今のように傭兵ギルドという仲介業者の存在が明確でなかった時代には、傭兵による犯罪が跡を絶たなかった。
積み荷の強奪、破格の雇用料、婦女暴行、そして殺人。
誰が誰と契約したのかもわからないのだから、突然人が消えたとしても、おいそれと犯人を裁く事もできなかったのである。
現在では護衛などの仕事は、傭兵ギルドを仲介しなければならない決まりがラー大陸全土で定められている為、傭兵による犯罪率は格段に数を減らした。
禁を犯せば指名手配され、命を狙われることになるのだからそれも当然といえる。
しかし、過去の忌まわしき記憶は完全には払拭されず、特に女性の依頼者は殆ど居なくなったと言っていい。
「つまり女性で護衛を依頼したいという人にとって、フィアナは是非ともお願いしたい傭兵ということになります」
「シルアの言う事に一理はあるとは思う。だが、私だって何度もギルドに足を運んでいるんだ。私の経験から言えば、女が一人で依頼するということは滅多にないぞ」
「はい。恐らく女性依頼者はギルドに護衛依頼を届け出ていません。彼女たちにとって、屈強な男たちが集うギルド内は既に足を踏み入れ難い場所なのです」
フィアナは眉を顰める。依頼をしていないなら、そもそも雇用される事がないではないかと。若干回りくどい説明に苛立ちも募り始める。
シルアはフィアナの機嫌が速やかに下降したことに気付き、結論に入った。
「女性依頼者はギルド周辺を落ち着き無く彷徨いている可能性が高いです。それらしき人物が居ないかよく確認して、居たならばその場で依頼を受けましょう。ギルドに届け出るのはその後で構わないはずです」
シルアの案は眉唾ものではあるが、確かにギルド周辺にも依頼者がいる可能性は否定できない、もしかしたら。
希望を見出したフィアナの目が輝き、下降していた機嫌が今度は速やかに上昇した。
「よし! じゃあ、私はちょっとそれらしい女性が居ないか確認してくる。留守番頼むぞ! あと、美味いご飯もよろしく!」
「ええ、行ってらっしゃい」
笑顔で見送ったシルアは、フィアナの後ろ姿が見えなくなると戸を閉めた。
そしてため息を一つ吐き、思考を巡らす。
聞き出したい情報はあるが、とりあえずフィアナに信用してもらう事が第一だ。フィアナが仕事にありつけず悩んでいる事は明白であり、それが一番のストレスになっていることも間違い無い。
ならば案を出し雇用の糸口を見つけてあげることで、フィアナはシルアの明晰な頭脳と、親身に考えてくれる態度に信用を寄せることだろう。
日数は要したが、確実な使える情報を得る為には必要な対価だ。
「さて、今日の夕御飯は熊鍋にでもしようかな」
温和な表情の下で、冷たい感情が静かに揺らめいていた。
先程胸を過ぎった熱も、今はもう消えてしまっている。




