同居人
「着いたわ」
港町エルプエルトから北上し、北の森林を抜けた先にある戦士の街フェルシウダーに到着する。
南の貧民街側の開け放たれた巨大な門から中に入るフィアナとシルア。
入って早々に、あちこち地面の上に寝そべる頑強そうな身体つきの男たちが目に入る。
剣や槍を一本抱える彼らは、その商売道具を四六時中握り締め手放すことはないのだろう。
街の隅には藁で出来た仮想対戦相手用の案山子が幾つも立てられており、多くの人々が木剣や木槍を手にして案山子に打ち込んでいた。
「珍しい?」
それらの様子を見ていたシルアに、フィアナが訪ねる。
「そうですね。今のラー大陸にある国で、ここまで日常的に武器を手にしている街はないでしょう。だけど、僕には馴染み深いですね」
シルアは端正な顔から白い歯を覗かせ、いつもと変わらぬ温和な表情で言う。
「僕の育った場所も物心付いた時には、武器を手にして毎日闘いの訓練をするような所でした。だからこの街は僕の故郷にとても似ています」
「ふーん。確かにあんた若いのに強いもんね。シルアの生まれは何処なの? あんたも言ってたけど、今時こんな闘いの訓練をする街なんて珍しいはずよ?」
シルアはにっこり笑うと、銀髪の逆立つ髪を掻いた。答えてもややこしくなるだろうと思い、どう誤魔化そうかと考えていると、フィアナが手をひらひらと振った。
「あー、いいよいいよ。都合悪い事は言わなくて。まあ、大方インガドル王国の生まれなんだろう? 敵対国だし言いにくい気持ちもわかるよ」
「ええ、まあ」
曖昧に返事を返しやり過ごすシルアは、既に別の事を考えていた。
それはもちろん、どうやって王都中枢に潜り込み、有益な情報を得ようかということだ。
フィアナから国情を聞き出すくらいはできるだろうが、それは根本的な解決には繋がらない。
しかし焦っても仕方がないのも事実。ドミディ王国のことをまだ殆ど知らないのだから、まずは国の体制を理解し、その上で付け込む余地がある所がないか探すことにしよう。
「ここよ」
シルアがこれからの指針を楽観的にまとめたところで、フィアナが到着を告げた。が、シルアは大きな黒い瞳をぱちくりさせる。
目の前にはオンボロ長屋が連なっており、小柄なシルアならば屈むほどではないが天井はかなり低く、お世辞にも一端の家とは言い難い粗末な造り。
「これは……なかなか趣のある家ですね」
「あんた、馬鹿にしてるのがバレバレだよ。まあ、自覚はしてるけどね。よかったら入りな」
「いや、そんなことは。では、おじゃまします」
中に入ると六畳ほどの四角い部屋に、小さなテーブルが一つと洋服棚、それに折り畳まれた布団、僅かな調理器具があるだけの質素で小綺麗な空間になっていた。
低い天井は手を伸ばせば肘が曲がった状態で届き、入り口と反対側には申し訳程度の小さな窓から、ささやかな風が吹き抜けてくる。
「招いておいてこんなボロで悪いね」
玄関に立ち尽くすシルアを避け、フィアナは家に上がると壁に剣を立てかけた。
「いえ、一夜の宿を頂けて助かります。ところで、ブーツは脱がなくていいのですか?」
「ん? ああ。この街は治安がちょっと悪くてね。いざと言う時にすぐ動けるようにしておくんだ。但し、泥は落とせよ」
「なるほど」
シルアは玄関にある荒石でブーツを擦り、改めて家へ上がる。
「ところでシルア、お前歳はいくつだ?」
「歳ですか? 十六ですが、それが何か?」
「やはり年下だな。よし! 家を出て左に真っ直ぐ進んだ突き当たりに井戸があるんだ。そこで水を汲んできてくれ」
そう言って水桶を二つ手渡されたシルアは、にこやかに応じると速やかに桶一杯に水を入れて帰ってきた。
「年下云々なんて関係ありません。お邪魔している身なのですから手伝いくらい当然しますよ」
「へえ。あんた若いのに随分しっかりしてるね。気に入ったよ。シルア、あんた暫くここにいな」
「いえ、それは結構です」
即答するシルア。
「今日の宿を頂けるだけで十分……」
「いいから、いなさいって! どうせ大した目的もないんでしょ? 年上の言う事は聞いておきなさい!」
「は、はぁ。わかりました」
不思議なもので、女性に強く圧されると無条件に首を縦に振ってしまうらしい。
物怖じしない性格だと自負しているが、それすらも関係なく了承させてしまうこの謎の力は、今までにシルアが尻に敷かれる男たちを見て学んできた知識すらも役に立たないものだった。
今ならわかる気がします。尻に敷かれし男性の皆様よ。どうやら女性というものは理屈で語れず、理屈が通用しない生き物なのですね。
「そうと決まれば今からあんたは同居人だ。よろしく頼むぞ!」
嬉しそうに微笑むフィアナは口調こそ男っぽさを孕んでいるが、その笑顔は年相応の無邪気な女性そのものだった。
こうなっては仕方がない。どのみちこの街には滞在する予定ではあったし、出ていこうと思えば造作もないこと。
「はい、よろしくお願いします」
シルアも微笑み返し、差し出された手を握った。




