魔神軍の猛攻
ラー大陸歴一三五ニ年の王の月。
この月はラー大陸の歴史において、最も多く国家が滅亡した月である。
特に本格的な魔神軍の侵攻を受けた、アスタード大陸においては、大小六つの国の内、実に四ヶ国が滅亡したのだ。
大国インガドル王国は前月の精霊の月下旬。王都中枢に潜り込んだ魔神軍の刺客と、そこに付け込んだ魔神軍の一角である鬼神軍の攻撃を受け、あわや滅亡というところまで追い詰められた。
天空騎士ローレスと勇者ヨハンの活躍により撃退に成功し難を逃れたが、それは二人が国内にいてくれたという幸運があったからに他ならない。
他国では侵略を受け奮戦するも、魔神軍の猛威に及ばず滅亡していくのが殆どだったのである。
まず初めにこの月の十ニ日、ビフレスト教国が滅亡し、次いで都市国家ゴルゴダがオルフェリアの攻撃を受け滅亡。
ビフレスト教国を滅ぼした天魔軍軍団長ヘルガイアは、その後も東へ突き進み、湖に囲まれた都市国家アッシエパーレ、次いで東の南端にある長靴のような形をしたガンバレット半島に到着。そこを治めるミラマ国も王の月三十八日、王都一帯を焼け野原にして滅ぼした。
瞬く間にアスタード大陸南部一帯に栄えた国々を滅ぼした魔神軍ではあるが、実質的な戦果は乏しいと言わざるをえない。
ビフレスト教国、アッシエパーレ、ミラマとすべての国において、神器の確保はおろか情報すら得られず、更には天空騎士も勇者も排除できなかったからだ。
険しい山の上に築城され、天然の要害であったであろうミラマ城の城壁に、赤いローブを纏い、片方の手には巨大な鎌を携えた顔色の悪い男が立っている。
その人物、天魔軍軍団長ヘルガイアは、窪んだ眼窩の中にある無機質な瞳で北の空を見上げた。
この何処までも澄み切った青空の遥か彼方、神々が居座る天空世界を睨んだ瞳に憎悪の光が浮かぶ。
「何処に隠している、邪神ども。いや、そもそも貴様等が逃げも隠れもせず我等の前に立ちはだかれば、全て解決するのだ」
血色が悪く、ひび割れた唇から憎しみのこもった独り言を呟き、焼け野原となった城下を見下ろす。
「これらの犠牲を目の当たりにしても、貴様等が思う事は何もないのだろうな。……まあいい、我等は我等の本懐を遂げる為動くのみ。行くぞ、次は北上しジール大公国を落とす」
ヘルガイアは従者の堕天使に語り掛け、その地を後にするのだった。
こうしてアスタード大陸に割拠していた六ヶ国の内、インガドル王国とジール大公国以外の国は、永きに渡るラー大陸の歴史からその名を消したのだった。
だがこの一三五ニ年、悪魔の年、王の月の悲劇はこれだけでは終わらなかった。
アスタード大陸北の海、フリーオ海を隔てた先にあるドミディ大陸。軍事大国として有名な大国家ドミディ王国もまた、魔神軍の侵略を受け滅ぼされたのである。
五〇〇年前の平和条約締結の際にも国家同士の輪に加わらず、独自の国家路線を貫いてきた強国ドミディ王国。
そして、天空騎士シルアが赴いた国でもある。




