クリストの叱責
クリストの回復魔法により、傷が癒やされ意識を取り戻したパウルは起き上がると辺りを見渡した。
相変わらず燃え続けるゴルゴダの民たちを火葬する大炎に悔しそうな表情を浮かべ、ユリアの無事を確認し安堵の表情を浮かべる。
クリストが側にいる状況から、また助けられた事を悟ったパウルは、向かい合い神妙に礼を述べた。
「また助けられちまったな。クリストすまねぇ、恩に着る。この恩は……」
ガッ! と鈍い音が鳴り、パウルの横っ面にクリストの拳がめり込む。もちろん、マナを纏ってはいない。
「えっ? ぐ、拳!?」
横倒れになり、起き上がったパウルの口角と片方の鼻孔から赤い液体がゆるゆると流れる。
ユリアは口元を覆って驚き、言葉が出ないでいる。
「これで二度目。自らの実力を理解せず、ただ無鉄砲に突っ走り死にかける。あんたは救いようのない馬鹿ね」
見下ろすクリストの目はいつも以上に冷たい。
視線同様、冷えきった怒りがパウルに向けられる。
「あんた、グレンの事を冷血で血も涙もない奴と思っているんでしょうけど、あんたと何か違うかしら?」
グレンに対して反発心を抱くパウルは、流石にこの物言いには頭に来るものがあり、口元の血を拭うとクリストを睨み付けた。
「くっ! 一緒にすんじゃねえよ! 助けられるかもしれない人たちを助けようともしねえで、誰が死のうが関係ねえって態度の奴と! 一緒にすんじゃねえよ!」
「じゃあ、あんたは誰を助ける事ができたの?」
「うっ、そ、それは」
クリストの問いに言葉を詰まらせるパウル。
人々が燃える炎を一瞥し、唇を噛み締め悔しそうに俯く。
「グレンは初めからこの人たちを助ける気はなかった。あんたは助ける気持ちはあった。違うのはここだけよ? 結果は全く同じ。いえ、同じじゃないわ」
パウルは情けない顔でクリストを見つめる。
「ユリアを死地に追いやったのはあんたよ。何か少しでも悪い方に傾いていたら、あんたはもちろん、ユリアも死んでいたわ」
愕然とした表情を浮かべ、わなわなと震えるパウル。
何よりも守りたい存在であり、誓いを交した友がいない今は、自分が何としても守らなければいけない存在。
そんな大切なユリアを、自分自身が死地に追いやった?
ユリアはバツが悪そうに、恐る恐るといった様子でパウルの擁護をしようと口を開く。
「何か一つでも違って私が死んでいたっていうなら、逆に一つでもいい方に傾いていたらゴルゴダの人たちを救えたんじゃ……」
クリストはじろりとユリアを睨み、頭を振る。
「生憎だけどね、実力が関わることで何かが変わるということはないの。ここの人たちが生きている時にあんた達が辿り着いたとして、何か変わる? 何も変わらないわ!」
珍しく声を荒らげるクリストに、パウルとユリアは気圧される。
「あんた達の村が滅ぼされた時、グレンは言ったわね。オルフェリアに勝てないのなら結果は何も変わらないと。残酷なようだけど、至って正論。むしろ馬鹿なあんたには、はっきり言わないとわからないでしょう? だから言ってあげる。今のあんたには誰も救えない!」
胸にナイフを突き立てられる様な言葉。
確かに自分はヨハンやクリストたちに比べたら弱い。いや、比べる事すらできないレベルだろう。
そんな事は分かりきっているが、その劣等感でひび割れた心を、抉るような一言にパウルの表情が強張る。
「じゃあ、皆が殺されるのを黙って指咥えて見てろってことかよ!」
「私はね、失いたくないのよ! これから闘っていく仲間、それ以上に初めてできた友達を!」
パウルのやるせない叫びに、クリストの感情の篭った叫びが重なる。
冷静沈着で、頭脳明晰。グレンほどではないにしろ、他人に興味がない、孤高な女魔道士。そして鉄仮面。
クリストに対して抱いているイメージとはかけ離れたその言葉に、パウルもユリアも唖然とする。
自分だけではない。ヨハンやユリアはもちろんだが、失う事を恐れているのはクリストとて同じなのだ。
その気持ちを理解した時、パウルは自分の行動と言動を恥じた。
そして立ち上がり
「クリスト……すまねえ。お前がそんな気持ちでいたなんて知らずに、俺はただがむしゃらに責任も取れねえ行動をしちまった。俺達の事をそんな風に思ってくれてたんだな。ありがとう」
深々と頭を下げる。
「は? 何のこと?」
顔を上げると、そこには呆れた表情のクリスト。
「いや、だから、俺達のことを友達って思ってくれてるんだろ?」
「あんたたちじゃないわ。私が友達だって思ってるのはユリアだけよ」
「は?」
「私にとってユリアは、初めてできた身近な存在の女の子なの。私の同僚三人はみんな男だし、あんたともう一人も男。それ以前にあんたは馬鹿で、私は馬鹿が嫌いだし」
鳩が豆鉄砲を食らったような呆けた顔をし、開いた口が塞がらないパウル。
「ほら、今もバカ面。とにかく、私はユリアを守りたいの。言ってしまえばあんたは死んだって別に構わないわ」
ここまで言われてはパウルも黙っていられない。激しい口論戦の開幕だ。
「い、言わせておけばこの鉄仮面女! 誰がバカ面だ! 好き放題吐かしやがって、スメロスト砦で装備品買ってやった恩を忘れたか!? この薄情者!」
「そんな過去の事を恩着せがましく堂々と言うなんて、小さい男。偽りの男気だったのね」
「ち、小さい……?」
「頭は弱い、力も弱い、芸もなければ器も小さい。あんた何もないわね」
「ふ、ふざけんな! 恩着せがましいって、お前だけでいくら買い物したと思ってやがる! そもそもはユリアの為の買い物だったんだぞ!?」
「へえ、自分の無能さを詰られるより、お金のことの方が腹が立つのね」
「え? ぐ、それはっ」
「はいはい、分かったわ。お金はそのうちちゃんと返してあげるから。それでいいんでしょう?」
パウルとの口論など面倒くさいとばかりに手をひらひらと振り、困り顔のユリアに優しい笑みを向ける。
「ユリア、あなたが無事で良かったわ。怪我もなさそうね」
「ありがとうクリスト。私の事をそんな風に思っててくれたなんて嬉しいわ。私も年の近い女の子ってクリストが初めてだったから、お姉ちゃんみたいに思ってたの。でも、ええと」
にっこりと柔らかい笑顔で応じるユリア。しかし、深い青色をした瞳がちらと、気遣うようにはパウルに向けられたことにクリストは気付く。
口をもごもごさせるパウルにクリストは溜息をつき。
「いいわ、あんたに修行をつけてあげる。確かに買ってもらったのは事実だし、返すにしても利子を付けないといけないしね」
口論に惨敗し、しょぼくれていたパウルが目を輝かせた。こういう変わり身が早いのは相変わらずだ。
「本当か!?」
「但し、どうあったって才能は必要よ。私ができるのはあくまでもあんたにあるかもしれない才能を開花させる手伝いだということを理解しなさい」
「ああ! 服もマントもハットもブーツ代もいらないぜ!」
「言ったわね」
口元に微笑を浮かべるクリスト。パウルの張り切りっぷりにユリアも微笑み、三人はゴルゴダの丘を後にした。
もう、もう絶対にこんな気持ちを味わいたくねえ。次こそは、俺の手の届く所で人々をこんな目に遭わせねえ! 必ず!
はしゃぐ表面上の裏で、パウルは悲壮な決意を新たに、強くなる事を誓った。
ゴルゴダの人々の無念の炎は、まだまだ燃え続ける。
ラー大陸歴一三五二年、王の月二十日。
アスタード大陸中央部で、『神の祠』を古より守ってきた都市国家ゴルゴダは滅亡した。