団欒
「ユリアまだかよ」
「ちょっと待ってよ、何人分作ってると思ってるの?」
お腹を空かせたヨハンが犬のように食事をねだる。
軍事訓練から帰ってくるのは久し振りだし、ごちそうを思いっきり振る舞ってあげたい気持ちはあるが、全ての準備を一人でやっているのだから大人しくしてもらいたいものだ。
とりあえず繋ぎにと野菜と木の実のサラダを出したが、ヨハンはあっという間に食い尽くしてしまった。
「はっはっは! ヨハンよ、よほどユリアの食事が待ち遠しいようじゃな。焦らずとももうすぐ出てくるわい」
雑貨屋の老主人が不機嫌そうなヨハンを窘める。
ヨハンは別にそんなんじゃねえよと、木の実を口の中に放った。
「しかし、ヨハンはさすがだな! ヨハンの勇名はこの村まで届いてるよ。噂じゃアスタード大陸無双の騎士大将だとか」
今度は魚屋の主人がヨハンを持ち上げる。
「それは大袈裟だ。将軍のガフォスター様やシルキード様はとてつもなく強いし、アスタード大陸で言ってしまえばジール十勇士もいる。まぁ、騎士大将としてなら最強かもな」
まんざらでもない様子で戯けて笑いを誘うヨハン。葡萄酒も飲んで機嫌も上向きのようだ。
弱冠十八歳にして騎士大将に任ぜられるのは異例の大抜擢であり、ヨハンの勇名は広く伝わっている。その出世の経緯は一五歳の初陣まで遡る。
インガドル王国と古くから犬猿の間柄である北方の大陸を支配するドミディ王国。
大陸同士を隔てるフリーオ海に浮かぶ、貴重な鉱石を採掘できる島の利権を巡って、両国は頻繁に小競り合いを繰り広げていた。
その戦いの一つで、ヨハンは単騎にて敵陣を崩す活躍を見せたのだ。勝利する要因となったその大武功によりすぐさま百人を率いる隊長に出世し、その後も同島や領内の暴動などで抜群の成果を挙げ、昨年の王の月。インガドル城で行われた論功会議において、将軍シルキードの推薦を得て、正式に国王から騎士大将の称号を授かったのだった。
「はい! お待たせ」
熱々に焼けた魚と、鴨肉入りのシチューがヨハンたちの前に並べられると、嬉々としたヨハンの顔。
「言っておくけど、一人で全部食べないでね」
「わかってるって」
「ほとんどっていうのもなしだからね?」
「だからわかってるって」
ヨハンはシチューの皿を手に取ると物凄い勢いで腹の中に下していく。
あっという間に空になった皿をユリアに差し出しおかわりを頼み、次の瞬間には魚を大きく切り取っていた。
豪快にかぶりつき本当に美味しそうに咀嚼している。
ユリアとしては呆れてため息の一つも吐きたい気分だが、ここまで美味しそうに食べてもらえると作り手冥利に尽きる。
食べだしたヨハンは周りの会話には耳も貸さずにばくばくと飯を食べ、がぶがぶ葡萄酒を飲み干した。
一息つきようやく。
「そういえば、パウルのやつはどうしたんだ? てっきり来るもんだと思ってたが」
すっかりお酒も回り赤ら顔の魚屋の主人がヨハンの問いに答えた。
「パウルゥ? あのうつけ者なら最近村の外に出掛けて行ってるよ。何をしてんだか知らないが、全く同い年だってのにヨハンとパウルの出来の差は何なんだ」
「まだお前たちが鼻垂らしのガキんちょだった頃は、ヨハンとパウルどっちも相当な悪ガキだったのお。ユリアのことで揉めては二人で決闘と言いだし、時には大怪我して帰ってくる。全くどうしようもなかったわい」
「よせよ、じっちゃん。そんな昔話するなんてらしくないぜ。それに、あのアホは軍役も無視して、今じゃすっかり怠け者だ。本当にどうしようもなくて笑えもしない」
ヨハンが、不機嫌そうにも葡萄酒を呷る。
洗い物を片付けながら、そんなやりとりを聞いていたユリアはパウルのことで心当たりがあった。ユリアが村の入口近くで馬の世話をしていた時、パウルがやってきて。
「ちょっくら仕事してくるぜ」
と言っていたのだ。
その時は呆気に取られて曖昧に見送るだけだったが、わざわざ村の外に出てする仕事とは何なのだろう。
「それじゃ、そろそろ帰ろうかね。ユリアちゃん、ごちそうさま。本当に美味かったよ」
「喜んでもらえたなら良かった。気をつけて帰ってね」
魚屋の主人と雑貨屋の主人が帰り、ユリアとヨハンの二人きりになる。
「ユリアちょっといいか?」
「ん?」
「外の空気でもう吸いに行こうぜ。少し酔っちまった」
二人は家を後にした。
民家の明かりも消えたハーキュリーズの村は月光がなければ、闇に包まれるような田舎である。
発展著しいインガドル王国内にあってもその影響を殆ど受けることはなく、豊かな自然だけが取り柄の村だ。
ヨハンとユリアは馬小屋へと赴き、そこにある梶の木でできた椅子に腰掛けた。
ここは昔からの遊び場で、子供の頃にはかくれんぼをしたり、将来のことを話し合ったり思い出を語るならば尽きることがない場所。
それは今でも変わらず、こうして事あるごとに足を運んでいる。
「昼間のことだけどよ」
ヨハンは立ち上がり、馬房で大人しく藁を食んでいる栗毛の牡馬に近づいた。首筋を優しく撫でるヨハン。馬も安心して藁を食み続ける。
「もう一人で村の外には出るなよ。ていうより一人じゃなくても出るな。どうしても出たい時は俺がいるときだけにしろ」
「ふふっ、なぁに? そんなに私のことが心配なんだ?」
背中を向けているヨハンにいたずらっぽく訊く。
一瞬、反発しようとする気配があったが、言葉を飲み込み。
「当たり前だろ。幼馴染みなんだからよ」
と早口にヨハンは言った。
撫でる手の動きがやや荒くなり、動揺しているのがユリアにはわかった。
本当に心配してくれているのは伝わるし、そのことがユリアはとても嬉しかった。ヨハンの背中に「わかったよ」と一言だけ添える。
撫でるペースが落ち着いたものに戻った。
「俺が訓練に行っている間、何か変わったことはないか?」
「何も」
「大地震の影響も大丈夫か?」
「崩れるような建物はこの村にはないよ」
「それもそうだな」
淡々と会話が進む。
沈黙になり、奥の馬房で馬が一度嘶いた。
「そういえばパウルのことだけどね」
「ああ、あいつがどうかしたか?」
「さっき村の外によく行くって言ってたじゃない? パウルは仕事に行くって言っていたんだけど、村の外でやる仕事って何かしら?」
ヨハンは振り向きユリアの顔を見た。目を丸くして驚いている。
「パウルが仕事? 頭でも打ったのかあいつ」
「ふふ、かもね」
「大方、ギャンブルに負けて借金返すのに必死ってとこだろう」
ヨハンが冗談めかして、本当に思っていることを言った時。馬小屋の扉が勢い良く開けられた。
「言ってくれるぜ。ヨハン」
暗闇からの訪問ではあるが、二人には声と台詞で誰だかわかった。
「ギャンブルで負けて借金地獄ってか? 俺がそんな間抜けするかよ」
件の怠け者の幼馴染み、パウルだ。




