オルフェリアVSユリアとパウル
パウルとユリアがやって来た事に格別の喜びを感じているオルフェリアは、狂気の笑みを顔に貼り付けている。
二人にとってはその恐ろしい顔も然ることながら、オルフェリアが手にする杖の先にある光景こそが驚愕の根源であった。
四肢のない老人が貫かれ絶命している地獄絵図。それは故郷であるハーキュリーズの村の惨劇を彷彿とさせる。
この女が現れる所に、必ず地獄が訪れる。
オルフェリアがいる限り、自分たちと同じ苦しみや絶望を味わう人々は跡を絶たない。
パウルは何としてもこの残虐な魔女だけは止めなければならないと、手にする剣を強く握りしめた。
「貴方たち二人だけかしら? 坊や、私を倒そうと勇ましいのは結構だけど、実力差を測ることができていないんじゃなくて?」
「う、うるせぇっ! こちとら皆の無念を背負ってんだ。てめえだけは刺し違えてでもぶっ殺してやる!」
「だから、それが測れてないって言ってるのに、貴方見た目通りのおバカさんね。刺し違えることができるほど、私と貴方の実力は伯仲してないわ」
せせら笑うオルフェリア。
「そんなに私を殺したいというなら、まずはこの子たちを倒してご覧なさい? さあ、行きなさい」
オルフェリアの命令を受けた二頭の女面鳥が奇声を上げながら襲い掛かってきた。
醜悪な老婆の外見をした一頭の女面鳥は、空中からパウル目掛けて三叉の鉾を突き出す。
「うおっと!」
地面を転がり鉾を躱したパウルの目の前に、今度は若い女の顔をした女面鳥の鉤爪が迫る。
膝立ちの体制のまま、剣で防ぐパウル。
スメロスト砦で新調したこのロングソードは、幾多とあった戦闘のお陰ですっかり手に馴染んでいた。
この間にパウルの後ろに回り込んでいた老婆面は、空中から滑空して、両足の鋭い鉤爪で鷲掴みにしようとする。
しかしパウルの肩にその爪が食い込もうとした瞬間、人の頭程の大きさがある火の玉が、女面鳥の背中に直撃した。
マナを収束させていたユリアの火炎魔法だ。
「私だっていることを忘れてもらっちゃ困るわ!」
羽根を燃やされのたうち回る女面鳥の首を、パウルがロングソードを振るい斬り落とした。
「助かるぜユリア!」
「まだよ! 気を抜かないで!」
「へっ、一匹になっちまえばどうってことねえ。行くぜ!」
仲間がやられた事に激しい怒りの感情を顕わにする女面鳥。もしかしたら今殺したのは母親だったのかもしれないと、そう思わせる程の激高振りだった。
だが、怒りの感情という点ならパウルに勝る者はそうそういない。
互いの感情がぶつかり合うかの様に、鉾と剣が金属音を響かせる。
徐々にパウルの剣が女面鳥の鉾を制し、後手に回る女面鳥は流れを変えるべく、鉤爪のついた足で蹴りを見舞おうとした。
「見切ってんだよぉ!」
蹴りの動作に対して即座に反応したパウルは、蹴りが襲い来るより早く女面鳥の足の付け根から先を斬り飛ばした。
「ギィィィィィッ!」
足を斬り落とされた女面鳥は、羽根を羽ばたかせて高く飛翔しようとしたが、足を失った事でバランス感覚が損なわれたのか、上昇することができていない。
パウルはその隙を逃さず、胸に剣を突き刺した。
露わになっている女性らしく膨らむ乳房に剣刃は侵入し、そのまま背中まで貫く。
ぐぷっと口から青い血がこぼれ、まるで涙に濡れているかのような瞳には強い憎悪の感情が宿っているようだった。
その瞳を受け止めたパウルは、腕に力を込めると一気に剣を引き抜いた。
蓋を失った裂傷からは血が噴水の様に吹き出し、若い女面鳥は前のめりに崩れ落ち絶命した。
「ちっ、後味が悪りぃ」
魔物とはいえ、家族を斬った様な今の心境は何とも気持ち悪い。
少なくとも最期に見せたあの表情は、言語の壁を突き破って心に罪悪感を刻み込むものだった。
だが、これが戦争。戦いというものだ。
オルフェリアがハーキュリーズの村や、ここゴルゴダで行った虐殺行為とは訳が違う。
「おらぁ! 舐めてるとお前もこうなるぞ! これでも余裕かませっか!?」
「凄いわ! あの時の情けなく死にかけた坊やとは思えないわね。見かけによらずいいセンスしてるのね」
素直に賞賛の言葉を述べるオルフェリアにパウルの気分はさらに悪くなる。
分かりきっていたことだが、この女は例え仲間や部下が殺されても、悲しみも怒りも抱かない。
使い捨ての駒が一つ二つ、或いは何百なくなろうと構わないのかもしれない。
「いいわ。それじゃあ、私が相手をしてあげようかしら」
オルフェリアは一歩踏み出すと、杖を横に払うように振るった。
突き刺さっていた遺体がずるりと抜け、轟々と燃える炎の中にゴミのように放られる。
「なっ!?」
一瞬その残酷な行為に目を奪われた。条件反射で視線が燃え盛る炎に向き、しまったと思った時には目の前にオルフェリアが迫っていた。
「うふふっ、よそ見は駄目よ?」
杖の先端がパウルの腹部に添えられた。
「っ!?」
しかしオルフェリアが魔法を放つより一瞬早く、ユリアが放った火炎魔法が襲い、間一髪後方へ飛び退いて躱すオルフェリア。
この間にオルフェリアから離れるパウル。
以前ハーキュリーズの村でその姿を見た時より、明らかにマナの扱いに習熟しており、短い期間に飛躍的な上達を遂げたユリアに感心するオルフェリア。
ユリアは考える。
いくらマナの扱いに多少慣れたとはいえ、練度も威力もマナを扱える絶対量もオルフェリアには到底かなわない。
パウルとの連携に勝機を見出すしかないが、オルフェリアはマナを纏ったヨハンとすら、互角の接近戦を演じるほどの強者だ。いくらパウルが強くなったとしても、長く相手をするのは難しいはず。
となれば、短期決戦に全てを懸けるのが上策。
そう判断したユリアの周囲に大量のマナが煌めき、魔力が高まっていく。
ユリア得意の精風系魔法が渦を巻き出した。
「【翡翠の突風】」
螺旋状の先端を鏃の様に尖らせ、また周囲の斬撃性の緑風はオルフェリアを包み込む。
鬼神軍の幹部、ディエゴに一撃で大打撃を与えた魔法がオルフェリアに炸裂する。
「随分高度な魔法を扱うのね」
翡翠の突風に囲まれてもオルフェリアの余裕は崩れない。
しかし、それでも動きを止めるくらいの効果はあるはずと、ユリアはパウルに目配せする。
目配せを受け、頷くパウルは風に動きを封じられているであろう敵を見据えた。
「うおおぉぉっ!」
剣を構えオルフェリアに突進するパウル。翡翠の突風の効果範囲に入っても、この風はユリアの自由意志であり、パウルに影響を及ばないようにするのは造作もない。
パウルが更に隙を作り出せば、放たれる直前の矢の如く引き絞られた螺旋の一撃がオルフェリアを穿つだろう。
「【魔法分解】」
オルフェリアを包み込んでいた風が、突然かき消された。
マナによって作り出された緑風は、世界に遍く存在する形に姿を戻し、オルフェリアの周囲に大量に拡散した。
「え?」
何が起きたのか理解が追い付かないユリアは、大きな瞳を見開き唖然とする。
その表情を楽しんでいるかのように、妖しく笑う魔女の何と恐ろしいことか。
「覚えておくといいわ。マナは形成するだけじゃなく、分解し魔法を消すこともできるわ。最も、この教えを活かす機会はもうないけどね」
「ぐふっ!?」
オルフェリアのすらっと伸びる足から放たれた膝蹴りが、パウルの腹部を襲った。
鳩尾に入り、くの字に身体を曲げて呼吸困難に陥ったパウルの顔面に、更に回し蹴りが直撃する。
「があっ!」
仰向けに吹き飛び、鼻から血が吹きだす。
そこへ容赦無く馬乗りになり顔面に右、左、右、左と連続で拳を叩きつける。
一思いに殺す事など容易いはずなのに、マナすら纏わずひたすら生身の拳を振るうオルフェリアの顔は狂気に歪んでいた。
「見なさい! 神に認められし勇者がこのざまよ! こんな坊やが本当に勇者成り得るのか知らないけれど、どう? エルザエヴォス! ガイア! ゼスタシア! ラシリス! 貴方達もいずれ同じ目に合わせてやるから!」
「やめて! パウルからどきなさい!」
魔法が駄目ならと、ユリアはレイピアを抜きオルフェリアに斬りかかった。
しかし、突こうとした剣は二本の指であっさりと受け止められ、手首をねじり上げられて投げられる。
「ああっ!」
地面に倒れるユリアを愉悦の笑みで見下ろし「黙って見ていなさい! この坊やの次は貴女の番だから!」と言い、拳を更に振り落とす。
パウルのそれなりに整っていた顔は別人のように腫れ上がってしまい、オルフェリアはパウルの首を締めて固定すると、振りかぶった拳にマナを纏わせた。
明らかに今までと違う、とどめの一撃を打ち込むつもりなのだ。
「さようなら。哀れな坊や」
「くそっ、た、れ」
「嫌っ! パウルー!」
ユリアの中にゾッとする冷気のような、悪寒が走った。




