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慟哭の丘

「貴方のその強情、どこまで保つか見ものね。女、子どもを殺されても平静でいられるかしら」


 ローラ・ロッサの額を汗が伝う。

 暑さだけのものではない、恐れの感情が隠れているのをオルフェリアは敏感に感じ取っていた。

 すくっと立ち上がるオルフェリア。

 直後。


「長老ぉ!」


 叫びとともに左右の立ち並ぶ民家の奥から、剣や槍を手にした人々がオルフェリアに向かって突撃してきた。


「あら、ずいぶん少ないと思っていたらやっぱりまだ隠れていたのね」


 一切焦りを見せないオルフェリアは、不意打ちのつもりで襲い掛かった人々の姿を見てむしろ嬉しそうに笑う。

 オルフェリアが口の中で何かを唱えると、突撃する民たちを拘束する光の縄が現れた。


「【貪り戒める鎖(グレイプニール)】」


 突撃した民の両手足が、瞬く間に光の縄に縛られる。

 まるで人間芋虫になったかのような姿で、何も出来ない自分たちの無力さを呪うゴルゴダの民たち。


「長老! ご安心を!」


 そんな中でも一人の若い精悍な男が、顔に笑みを浮かべてローラ・ロッサに告げた。


「女と子どもたちは無事に裏の搦手より脱出させました! 今頃は護衛と共にジール大公国を目指し、進んでいることでしょう。我らの血脈は確実に後世へと伝わります!」


 それを聞き、ローラ・ロッサの表情も胸を撫で下ろしたものに変わった。 

 ここにいる者たち全員が、恐怖を抱きながらも脱出に成功させた事を誇りに思っているような、そんなやり遂げた雰囲気が蔓延していた。

 自分たちの命はオルフェリアの一挙手一投足で虫けらの如く消されるというのにである。


 残虐で冷酷な魔女は、邪悪に笑った。


「貴方達はとっても立派な心の持ち主だわ。愛する者の為に自らの命を散らすなんて、私には考えられないもの」


 白々しく賞賛の言葉を並べるオルフェリアが、(おもむ)ろに杖を振りかざす。

 すると、女たちが脱出したことを告げた青年の身体がふわりと持ち上がり、ゴルゴダの民たちを燃焼源としている巨大な焚き火の上に吊るされた。


「くっ! 殺すなら殺せ! 覚悟はできている。皆と共に神々の下へ参ろう!」


 恐怖に打ち震えながらも、青年はそう言ってのけた。

 それを聞いたオルフェリアは「格好良いのね」と呟くと、青年の身体を火の中に落とした。足だけが火に触れるように。


「ぐあぁぁっ! 熱っ! 熱いぃ! やめてくれぇ!」


 【貪り戒める鎖(グレイプニール)】に縛られた足だけが火に炙られるようにされ、じわじわと肉体が焼かれる苦痛を味わわされる青年。

 唯一自由に動く頭だけを滅茶苦茶に振り乱し、涙と鼻水と涎を撒き散らし泣き喚く。


「そんな無様に喚かないで? 貴方は立派に役目を果たしたのよ? 最後まで絶望しないで、誇りを抱いて逝きましょう」


 哀れみの表情で諭すオルフェリアの何と残酷なことか。

 死を覚悟していた彼らでも、凄惨な拷問の末なぶり殺される覚悟はできていない。

 そもそもそんな覚悟ができていたとして、一体誰が貫き通せるというのだ。


 足から胴体と徐々に火の中に沈められていき、許しを乞いながら絶命した青年もまた、猛る炎の原料として焚き火の中に落とされた。


 恐怖に戦慄するゴルゴダの民たち。

 その恐怖を喜びの糧とするオルフェリア。


「さあ、貴方たちも逝きましょう。誇りを抱いてね」


 慟哭。慟哭。慟哭。

 ゴルゴダの町に地獄の絶叫が響き渡り、空には遠い異国からも視認できる程の黒煙が立ち昇る。


 絶叫が轟く間ずっと、オルフェリアはローラ・ロッサに質問をしていた。

 強情な老王も、遂には自らの命と引き換えに他の者たちは助けてくれと懇願するに至った。

 しかし、オルフェリアは「私の質問に答えてさえくれればすぐにでも止めるわよ?」と、殺戮の手を緩めようとはしない。


 やがて、絶叫が聞こえなくなった頃、幾度目かも分からぬ同じ質問が繰り返される。


「さあ、三種の神器は何処にあるのかしら?」


 項垂れるローラ・ロッサは歯が砕けるほど食いしばり、天を仰いだ。

 天空の神々よ。貴方様たちは我々ゴルゴダの民をお見捨てになられたのか。

 一体何の罪があり、我々はこの様な地獄に落とされたのか。


「だから! 知らぬと言っておろう!!」


 答えられぬ質問であると知りながら、『美と殺戮の魔女』は永遠と繰り返すのだった。

 

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