惨劇の魔女
時はユリアがゴルゴダの丘山頂から、黒煙が昇っていることに気が付く前まで遡る。
都市国家ゴルゴダの王にして長老のローラ・ロッサは、目の前の現実とは思えぬ光景に憤慨していた。
そんな感情に至ったのは、自らがゴルゴダの民であり、神の祠の守り人を代々務めてきた、由緒ある民族という自負があるからに他ならない。
それでも、今ローラ・ロッサが置かれている状況を考えれば、絶望や哀願の感情に呑み込まれて然るべきなのだが、そうならないのはもはや盲信的なまでの矜持と言えよう。
「貴様、この様な真似をしてただで済むと思うなよ!」
両腕を身体に締め付けられ、跪くローラ・ロッサ。脇には三叉の槍を持った魔物二匹が控え、下手に動くことを制する。
そして、正面には両肩から両乳房の大部分を露わにした妖艶な美女が立ち尽くす。
魅力溢れるスタイリッシュでいて豊満な身体。その美しいラインを際立たせる様に纏う黒いボンテージと青白い肌の対比が、如何ともし難い官能的刺激を生み出す。
豊かな金髪を靡かせ、締まった輪郭に高い鼻とふくよかな唇。
性別を問わず虜にする、そんな顔と身体つきの中、二つの瞳だけは邪悪な光を湛えている。
魔神軍の妖魔軍団長、オルフェリアはその形の良い唇の口角をきゅっと上げた。
「この状況でそれたげ気丈に振る舞えるなんて、大したものね。でもいいの? あなたの国の民達がこんな大変な目に合ってるのよ?」
そう言って、オルフェリアはローラ・ロッサに背を向けた。
艶めかしい背中の奥に、大勢の民たちが自分と同じ様に戒められ、跪いているのが見える。
身体を拘束する光の輪も、同じ物が巻き付けられているようだ。
オルフェリアは手に持つ杖の先端を、一番前に座る中年の男に向けた。
次の瞬間、杖から迸る火炎が男を包み込む。
業火に包まれた男は絶叫を上げて地面を転げ回るが、その行為が周りにいる人々にも炎を移らせる結果となる。
「ぎゃあああっ! 熱い! 熱いぃ!」
「よせ! 来るなぁ! ぐあああっ!」
火は次々に燃え広がり、その場にいた人々全員に引火していった。
最初に火を付けられた男の身体は既に炭化し、黒煙が上空にもくもくと立ち昇る。
そんな地獄のような光景を目の当たりにしても、ローラ・ロッサは険しい表情でオルフェリアを睨み付けている。
そんな意固地な王に、オルフェリアは肩を竦めながら近付きしゃがむと、跪くローラ・ロッサの顔を下から覗き込んだ。
「貴方も冷酷な人ね。私だってこんな事を望んでしたいわけじゃないのよ? 私が求める情報を教えてくれれば、貴方達を解放して私は去るわ」
「貴様に我々を生かす気などない! たとえ私が要求を飲んだところで貴様はこの殺戮を止めぬだろう! 下らぬ問答は止めて、殺すならとっとと殺すがいい!」
慈悲深さを感じさせるオルフェリアの言葉に、ローラ・ロッサは憎悪を込めて吐き捨てる。
オルフェリアは、まあっ! と口を開き、悲しみの色を瞳に湛えて俯いた。
その背中が小刻みに震えている。
そして、次に顔を上げたオルフェリアの表情は、然しものローラ・ロッサですら戦慄を覚えずにはいられなかった。
美しすぎる顔の中、禍々しく、人を嘲り笑う顔。それはまるで、天使と悪魔が混合しているかのような、見るに耐えない醜悪さ。
低くドスの利いた声で。
「正解よ」
と、呟くオルフェリア。




