偽りの攻勢
ビフレスト教国の聖騎士軍と魔物の軍勢が、激しい戦いを繰り広げている。
聖騎士軍は主に重装歩兵と重装騎兵からなる軍隊で、得意とする戦法はランスを装備した騎兵たちが横陣を組んでの突撃。
魔物を相手にしても一歩も怯まぬ士気の高さの所以は、無論アテナの加護が守ってくれているという絶大な安心感だった。
更にアテナに認められし聖域を、邪悪な者どもに蹂躙させてはならないという強烈な矜持。
「押し返せ! 魔神軍など神に反逆せし暴徒ども。アテナ様の加護を受けし我等の敵にあらず! この何もない草原を奴等の血で群青色に染め尽くしてやれ!」
聖騎士軍隊長、チェーザレ・ドミンゴは檄を飛ばし、兵たちを鼓舞する。
騎兵たちの度重なる突撃は、魔神軍に多大な損害を与え、徐々に何もない草原に魔物の屍が晒されていく。
アテナの加護を得ている聖騎士軍は、士気の高さだけに留まらず、その自信が実力にも反映されているようだ。
気が付けば魔神軍は後退を始めている。
突撃から戻り、再び横陣を敷く騎兵たちだったが、辺りには俄に霧が立ち込め、後退する魔物達の姿も霧の奥に消えて行く。
チェーザレ・ドミンゴの傍らに侍る騎士が、不可思議に首を傾げ問いかける。
「突然にこれほどの濃霧が発生するとは……。視界が効きませぬが、追撃致しますか?」
「無論だ! 神聖な我等が領土を侵した愚行。魔物どもに思い知らせてやれ!」
視界が効かぬ中で突撃を敢行するチェーザレ・ドミンゴ。
当然、勢い任せの命令ではなく、彼には逃げ惑う魔物の背を討つ勝算があった。
それがここ何もない草原という戦場だ。
騎兵にとって有利となる平坦な草原であり、地の利が効く彼らは視界が効かずとも何もない草原の地形を熟知している。
そう、突撃を妨げるものが一切無いことを知っているのだ。
「掛かれぇっ!」
号令とともに突撃を開始する聖騎士軍。歓声をあげ、ミルクの様に濃い霧へと突き進む。
後方で指揮を取るチェーザレ・ドミンゴからも、突撃して行く騎兵たちの姿が霧の中へと消えていった。
「――! ――! ――!」
「――! ――っれぇ!」
「止まれぇ! 押すなぁ!」
歓声が悲鳴、絶叫に変わった。
「何事だ!」
「はっ! 只今、伝者を放ちました!」
チェーザレ・ドミンゴの叫びに側近の騎士が、素早く応じた。
一体何だ? 何が起こったのか?
前方へ物見に赴いた伝者が見た光景は、我が目を疑うものだった。