ヨハンとユリア
ユリアの一方的な怒りも収まり、ヨハンたちはハーキュリーズの村への帰路に着いた。
ヨハンがユリアを見かけ、あわやのところで助けたのは軍事訓練の帰り道。
遠目ながらも草原に腰を下ろす幼馴染の姿を見間違えるはずもなく、背後から近付いて驚かそうかと思い立った時。自分とユリアとの間に、草原の緑に擬態しているゴブリンを発見したのだ。
暢気な悪戯気分から一転、急いでクロスボウに矢を番え、ゴブリンに標準を合わせようとしたときには、ゴブリンはユリアに襲いかかっていた。
もはや一か八か、ユリアを攻撃する瞬間に狙いを定め、射撃した。
それが何とかうまくいき、ゴブリンを仕留めることができたのだ。正に間一髪であった。
「そっか。じゃあ、あの時背後から殺気を感じたのは、ヨハンからだったんだ」
「いやいや、それは違うだろ」
「ふふ、嘘。ヨハンありがとね。まだお礼言ってなかったわ」
「あん? 別に構わねえよ」
ぶっきら棒に返事をするヨハン。
髪の毛を掻きながらユリアとは目を合わせようとしない。
ヨハンが髪の毛を掻くのは癖だ。
気恥ずかしかったり、照れたりしたときには必ずその仕草をする。
久しぶりに見た幼馴染の何気ない仕草に、ユリアは微笑ましくなり、口元を綻ばせた。
実は先ほどにも一回その仕草をしているのだが、その時はユリアも茫然自失としており気がつかなかった。
笑っているところを横目でじろりと見たヨハンの口元がムッとする。
「何笑ってんだよ」
「ふふ、なんでもないよ? そういえば次の訓練はいつからなの?」
納得いかない様子のヨハンだが、すっと斜めに走る眉の下、はっきりとした二重瞼の目を細めて思い出しているようだ。
「次は来月の頭から二ヶ月くらいだ」
「そんなに早く? 強制じゃないんだし、もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「そんな悠長なこと言っていられないだろう。砦での訓練ならば実戦形式だから効率の良い修行になる。それに今となっては魔物との実戦も視野に入れなきゃいけないしな」
「……そう」
「そんな心配そうな顔するなよ。俺が魔物なんかに遅れを取るわけ無いだろ? それとも俺とすぐに離れるのが寂しいとかか?」
なんとなく気まずい空気を嫌って、おどけるヨハン。
「体に十分気をつけて。無理しないでね」
「お、おう」
軽い突っ込みを期待していただけに、神妙な面持ちでこうも真面目に返されると、ヨハンは調子が狂う思いだった。
しかし、その心配する気持ちを嘲笑ってもう一度冗談を言う気にもならず、曖昧な返事を返すに留まる。
しばしの沈黙が流れ、馬蹄が地面を蹴る音と、風にそよぐ草花のさわさわという音しかしない。
「あのさ、ユリア」
またも気まずい空気を嫌ったヨハンだったが、
「ぷっ、あはは、なに焦ってるの? 早く納得するだけ強くなって村を守る英雄になりなさいよ」
「てめえ、図りやがったな」
悔しいがあっさり騙された。
ヨハンは引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。
陽もだいぶ西に傾き、夕焼けが空を赤く焦がした頃、ヨハンたちはようやくハーキュリーズの村へと帰ってきた。
民家では夕食の準備がされているらしく、白い湯気が空に向かって伸びている。
「ユリア」
「ん?」
「腹減ったな」
にかっと笑ってお腹をぽんぽんと叩くヨハンに対し、ユリアはふふっと笑い、薄紅色の唇をきゅっと引き上げ。
「直ぐにいっぱいごはん作ってあげるよ」
と、励ました。