災いの日以来
国王レオニダスは地下牢の奥の奥、最深部に幽閉されていた。
救出されたレオニダスはふらつきながらも自力で立ち上がり、魔神軍が撃退された事を知ると、ほっと胸を撫で下ろしたようだった。
頬はこけ、みすぼらしい布切れのような衣服を纏い、靴も無く裸足。身体には拷問を受けたような傷もある。
その様な凄惨な目に会いながらも、レオニダスの目は力強く生気が溢れており、ヨハンは以前に一度目通りした国王は健在だと、こちらも胸を撫で下ろした。
食事をとり、正装に身を包んだレオニダスは、すぐさま玉座の間にヨハン、ローレス、ブラスト、シルキードを集めた。
玉座の間の扉は粉砕し、壁も崩れ激しい戦闘の跡がそこにはあった。
ソリテュードの遺体も変わらず残されており、ヨハンは「後で私が葬りましょう」と言ったが、レオニダスがそれを制する。
「よい。激闘に身を投じたそなたに魔物の遺体を処理させるなど、ブラスト代わりの者にやらせよ」
「はっ」
ブラストが迅速に命令を実行しようと玉座の間を出ようとしたが、ヨハンがそれを止めた。
「いえ、その者は私が弔いたいのです。国家を危機に追いやった張本人、悪逆の徒であることは理解していますが、どうかお許し下さい」
深々と頭を下げるヨハンの心情。それに対してレオニダスは、小さく二度顎を引き容認の意を示した。
「酷い有様ではあるが、話を進めよう。事の発端は『災いの日』前夜、話はそこまで遡る」
インガドル王国に起きた悲劇が当人たちの証言によって、何も知らないヨハンたちにも明るみとなった。
国王レオニダスの話によれば、『災いの日』の前日、自室で休んでいるところに突如ソリテュードと名乗る魔族が現れた。
何もする間もなく、気絶させられたレオニダスは地下牢に両手を鎖で繋がれた状態で幽閉され、そこからソリテュードの尋問が始まったという。
「ソリテュードは『太陽石』の他、残る二つの神器の在り処を執拗に知りたがっていた。それを教えれば翌日から始まる魔神軍のラー大陸侵攻を止めさせる事もできる、と言ってな。だが儂は何も答えなかった。故に今世界をこのような状況に陥らせたのは、儂自身とも言えるな」
「いえ、そこで国王が口を割ったとて、魔神軍の侵攻は始まっていたでしょう。奴等の欲する情報が入手されれば、その魔族はあのような回りくどい戦略は取らなかったはず。無謀な遠征も、同盟国の攻撃も、全ては国家を疲弊させ世界から孤立させるのが目的。国王の心を削り、自白を得る為の手段だったのでしょう」
シルキードの言は間違ってはいない。
それでもレオニダスは己の不甲斐なさを嘆かずにはいられなかった。
深く閉じていた目をゆっくりと開くレオニダス。
「ガフォスターやディートハルトは殺されたのか?」
「はい。将軍ガフォスターは偽りの王の命令に真っ向から対立し……。宰相ディートハルトは『太陽石』が奪われた失態を問われ処断されました」
シルキードは拳を握り締め、悔しそうに唇を噛んだ。
「私はその異常な命令に従ったふりをして、ドミディ大陸には渡らず北の盆地に駐留していました。ガフォスター殿の勇敢さに比べれば、私は卑怯者と罵声を浴びせられるべきでしょう」
「そんな事は! シルキード殿のその判断がなければ、魔神軍は撤退せず、今この時も城下は戦火に晒され、多くの国民が殺されていたはずです!」
ブラストが力強くシルキードの判断を後押しし、自嘲気味のシルキードの背中を押す。
「ブラストの言う通りだ、シルキードよ。しかし、そうか。国の柱石の多くを失ってしまったのか。……立て直しには時間が掛かるだろうが、全力を尽くさねばな」
「ところで、国王よ」
全員の目がローレスに向く。
救国の英雄であり、天空人の騎士であることも知れている今、ローレスの無礼を咎める者はいない。
僅かにブラストが顔を顰めたが、ローレスは続ける。
「俺達が必要とするのもまた、神器の在り処なのだが、どこにあるのか、知っていることがあれば教えて欲しい」
いつになく真剣な表情のローレスの瞳を、レオニダスは真っ直ぐに見据える。
「天空騎士か。神話の英雄ボルグもまた、天より舞い降りし若者だったとされるが、正に再来だな」
感慨深げに呟く国王。
「話が逸れたな。残念ながら『三種の神器』のうちインガドル王国に伝わっているのは、奪われた『太陽石』だけなのだ」
明らかに落胆するローレスは、ため息混じりに言葉を吐き出した。
「では、何も知らない。という情報を魔神軍に隠していたと?」
「いや、そうではない。確かに残る二つの神器の具体的な所在は分からぬが、在り処を示す言い伝えならある。西の果ての魔導を志し地に『闇水晶』を託しけり。南の果ての生命溢るる力強き地に『草薙の剣』を託しけり。とな」
「西の果てと南の果てか、これだけでは全然情報が足りないが、最低限の向かうべき方向は決まった。ヨハン、俺達は予定通りこれから西のヴィーグリーズ大陸へ渡る。南の果ての方はグレン達が上手く情報を得て向かってくれる事を期待しよう」
「何か伝える方法はないのか?」
「残念ながらない。グレン達が向かっている方向の都市に俺は行ったことがないから移動魔法で先回りする事もできないんだ」
レオニダスは伸びた顎髭を撫でながら「国家間を繋ぐ通信手段がある。片言の情報を送るにも数日を要するが、各国に三種の神器の在り処に対する警鐘を鳴らそう。魔神軍に神器の情報与えるべからずとな。何としても魔神軍より先に神器を入手せねば」と、協力を約束した。
「国王様、感謝致します」
「ヨハンよ、そなたの騎士大将としての任を解く。天空騎士たちと力を合わせ、神器の確保、そして魔神軍討伐を果たすのだ!」
「御意」
「明日の朝出発する。準備をしっかり整えるぞ」
ローレスが玉座の間を後にしようとすると、レオニダスがその背を呼び止めた。
「待つのだ。一つだけ神器の情報、いや、噂の域を出ないが耳に入れたいことがある」
足を止め、振り返るローレス。
「『神器とは移動するもの。それは人に宿りて、人とともにある』という言い伝えがあるのだ。だが、我が国に伝わっていた『太陽石』は受け継いでから五〇〇年間、一切太陽の台座から動くことなく保管されていた。それを踏まえるとどういう意味なのか理解に苦しむが、念の為心の隅に留めておくといい」
ローレスは頷くと踵を返し、ヨハンも王に一礼するとソリテュードの遺体を抱え、玉座の間を後にした。
「国民たちは救国の英雄たちの姿を一目見たがっているでしょうね」
シルキードが苦笑を浮かべ、戦勝に沸く国民たちをどう納得させようかと頭を悩ませる。
しかし、その顔はどこか満足そうな雰囲気が漂っていた。
「致し方あるまい。彼らの戦いはまだ始まったばかりなのだ。我々の都合で足を止めさせるわけにはいかん。戦勝パレードはそなたとブラストが引っ張り盛り上げよ」
「何を他人事のように。陛下にこそ目立っていただきますぞ」
玉座の間に『災いの日』以来の談笑が漏れ出した。
インガドル王国が、悪夢からようやく覚めた瞬間であり、ここからの復興とさらなる発展を誓いあった瞬間だった。
三章完結です。
ここまでお読み下さっている皆様、本当にありがとうございますm(_ _)m




