奥義『天空の闘気』
「お前たち魔神軍の実力、どうやら甘く見ていたようだ」
ローレスは口元を伝う血を拭い、乱れた青髪をぐいと掻き上げた。
強烈な攻撃を受けたローレスだが、全開にした防御幕は確かにローレスを守り、致命的ダメージを負うには至っていない。
「実力の違いも分からぬ貴様が、この俺と対等に渡り合えるなどと思うな。だが、惜しいと思わぬでもない。貴様程の実力があれば、この俺の片腕くらいにはなれよう。どうだ? 今からでも我等魔神軍に加わらぬか? 貴様の実力、そして魂を我等とともにすれば、種族は問わぬぞ」
「勧誘のつもりか? お前たち魔族と魂をともにするなど、未来永劫あり得ぬことだ。不要な問答は控えろ」
奥歯を噛み締め、苛立たしげな表情に変わるゲノシディオ。
「それだ。その鼻にかけた態度が昔も今も貴様等天空人の気に入らぬところよ。自分たちだけが特別、選ばれし種族と思い込む傲慢さ」
「傲慢? この世に仇なす存在の魔族を蔑むは当然の事。お前たちは神聖な神の国に攻め入らんとする悪逆の徒だ。根絶やしにすべき忌むべき存在」
突進から大剣を叩き付けるゲノシディオ。
ローレスはその一撃をがっちりと受け止め、強烈な気迫のこもった目で見上げる。
「話をしていても埒が明かぬな。所詮はコインの裏表、交わる事などあり得ぬのだ」
「不要な問答だと、初めにそう言ったろう」
当然の如く決裂した交渉。
のしかかる様に力を込めるゲノシディオを、ローレスは弾き返してみせた。
すぐさま破滅を呼ぶ枝が横薙ぎに振るわれたが、それも受け止める。
燃え盛る剣を受け、ローレスの剣が灼熱色に染まった。
「俺達天空世界の戦士だけが持つこの力を知っているか?」
ローレスの身体から金色の闘気が迸り、包み込んだ。
「天空の闘気か。噂には聞いていたが、そうこなくては殺しがいがない」
「もう殺せないさ」
天空の闘気とは技、力、速さ、更には魔法力を増幅させる他に、全属性に対する耐性を得る異質の闘気。
天空騎士といえども、体現できるのはほんのひと握りだけで、今回ラー大陸に降り立った四人の中で扱えるのはローレスのみである。
「知っているだけで対処できるなら苦労はないだろう?」
「面白い。どう変わるのか見せてもらおうか、ぐぁっ!」
「もう始めているぞ?」
目にも止まらぬ速さ、そう表現するのでは物足りぬ、目にも映らぬ速さでゲノシディオに攻撃を見舞うローレス。
対してゲノシディオは腹部に衝撃を受け、そこを守れば次は足。足に気を向ければ背中と、対応が全く追い付かず次々に傷を負っていく。
「おのれぇ! 邪神の犬めがぁ!」
破滅を呼ぶ枝から炎が迸り、ゲノシディオを中心に据えて火炎の渦が巻き起こる。
攻防一体のこの技を使う事はプライドの高いゲノシディオにとって苦渋の選択だが、他に今のローレスの速さに対応する術がないのも事実。
「今の俺には炎など何の役にも立たないさ」
地獄の炎と揶揄される破滅を呼ぶ枝の炎をいとも容易く突き抜け、ローレスの剣がゲノシディオの腹部を貫いた。
「【雷霆】」
そして間髪入れずに雷系最上位魔法の【雷霆】を唱え、激しい雷を立て続けに落とす。
更には炎と雷が属性変化を起こし、凄絶な大爆発を巻き起こした。
「ぐあああああっ!!」
爆音の中で、ゲノシディオの断末魔を思わせる叫びが響き、呑み込まれる。
立ち込めた黒煙がゆっくりと晴れると、そこには先程できたクレーターの五倍はある巨大な穴が空いていた。
その穴の奥に、もう金色の闘気を纏っていないローレスと、大の字に倒れるゲノシディオの姿があった。
「惨めな姿だな。地に背中を付ける屈辱の味はどうだ?」
剣先をゲノシディオの首筋に突き付け、愉快そうに問う。
身体のあちこちを破損し、戦闘不能に陥ったゲノシディオは、最早恨めしく睨みつけることしかできない。
天空の闘気の破壊力はゲノシディオの想像を絶していた。
余りにも飛躍的なパワーアップ。もし、その能力を無尽蔵に使えるのだとしたら、このローレスという男は、魔神軍にとってとてつもない脅威となるだろう。
だが、どうやら無尽蔵ではないようだ。むしろ、持続する時間はごく僅か、数分。
「それを知れただけでも収穫としよう」
「むっ!?」
ゲノシディオの握る大剣が光り輝きだし、そして砕けた。
砕けた剣刃は煌めく結晶となり、瀕死のゲノシディオに降り注ぐ。
すると、驚くべき事に全身のありとあらゆる傷が癒え、たちまちのうちに全回復を果たす。
立ち上がるゲノシディオ。
「いざという時の切り札よ」
「復活の剣か、今までにお前が殺してきた者たちの生気を吸いに吸って、膨張した剣だったのか。しかし、己が敗れた時の事を想定した武器を使うとは、大した魔王様だな」
「天空の邪神どもを抹殺する日まで俺は死ぬわけにはいかぬ」
「ふっ、ならば今ここで引導を渡し、その分不相応な野望に終止符を打ってやろう」
「ほざくな若造が、天空の闘気が尽きた貴様など恐るるに足りぬわ」
互いにクレーターから飛び出し再び相対する。
戦塵を巻き上げ一合、二合と打ち合う両者だったが、そこへ駆けつける一つの足音が近付いていた。




