恐るべき魔王ゲノシディオ
一方、天空騎士ローレスと鬼神軍軍団長【虐殺の魔王】ゲノシディオの闘いは、舞台を城外に移していた。
二本の大剣を自在に振るうゲノシディオの攻撃を、ローレスは巧みな身のこなしで躱す。
「ふんっ!」
ゲノシディオが燃え盛る大剣を振るうと、ローレスを中心に円を描く形で炎が巻き上がった。
「破滅を呼ぶ枝か」
「ほう、知っていたか」
レーヴァテイン。破滅を呼ぶ枝の意味を持つ燃え盛る大剣。
太古の昔、魔界を舞台に行われた大戦があった。
その戦いの中で炎の魔神スルトルが手にし、戦争に終焉を齎したとされるのが破滅を呼ぶ枝であり、その破滅を呼ぶ破壊力は戦地を根こそぎ荒野へと変えてしまうほどだったという。
「破滅を呼ぶ枝はその後、獄炎の大陸ムスペルに封印されたと聞くが、なぜ貴様が……」
「ふん! どうということはない。ムスペルの獄炎も俺にかかれば温湯に過ぎぬということだ。ぬぅん!」
ゲノシディオが更にレーヴァテインを振るう。
遠巻きにローレスを囲んでいた炎が大いに猛り、全方位からローレスに向って襲いかかる。
「【殺戮の獄炎】! 燃え尽きろ! 邪神どもの犬めが!」
ゲノシディオの得意とする属性は炎。
膨大なマナを炎に変化させることを得意とし、火炎系魔法と特技を極めている。
四方八方から巨大な大津波のように押し寄せる大炎は、中央にいるローレスの頭上で一体化し、天をも突く火柱となる。
最初の炎に取囲まれたが最後、内側にいる者たちは何人居ようとこの火葬から逃れることはできない。故にこの技は大量殺戮の名が付けられたのだ。
「他愛もない。これがエルザエヴォスの放った刺客とはな」
轟々と燃え盛る炎を見ながら、面白くなさそうに呟くゲノシディオ。
「何処を見ている?」
背後からの突然の声に白目だけの目を見開き振り向くと、そこには眼前に跳躍し、剣を構えるローレス。
甲高い音とともに交錯し、着地したローレスの身体からはぶすぶすと煙が立ち昇っている。
「なるほどな。全身にマナを纏い防御幕を張り、勢いを付けて炎の中を突き抜けたわけか。だが」
振り向きざまに大剣を振るい、ヨハンの奇襲を受け止めたゲノシディオは笑みを漏らす。
「そんな無謀な回避方法で無傷でいられるほど、俺の炎は温くあるまい」
「ぐっ、属性付与か」
火属性の与える効果は持続する熱傷であり、今のローレスの様に技自体を切り抜けたとしても、追加で受けるダメージは増していく。
ローレスは全身を蝕むようにダメージを与える属性付与を打ち消すべく、属性打ち消し魔法を詠唱し、回復を図る。
「属性打ち消し魔法か。だが、おいそれと回復できるほど俺の獄炎は甘くはないぞ。無論、回復するのを傍観するほどお人好しでもない!」
襲い来るゲノシディオの剣乱を、身のこなしと片手剣で防ぐ事を強いられる。
属性打ち消し魔法を唱え続ける為には、片手を放すわけにはいかないが、ゲノシディオの圧倒的な膂力を保って振るわれる剣撃は、片手で受けるには余りにも重く強烈だった。
如何にローレスが手練であろうとも、この防戦は長くは続かない。
「そこだ! 喰らえ!」
大剣が唸りを上げて襲い掛かってくるのを、ローレスは往なすように受けた。が、衝撃を吸収するには至らず、身体ごと城壁に叩きつけられる。
崩れる瓦礫の下敷きになったローレスに、ゲノシディオはマナを纏わせた大剣を投擲した。
一直線に飛来した大剣は瓦礫の山に突き刺さると、その衝撃波によって大きな瓦礫をまるで砂利のように粉砕した。
ゲノシディオが突き立つ剣を回収すると、そこにローレスの姿はない。
跡形もなく吹き飛んだか。もしくは。
足下に伸びていた自身の巨大な影が塗り潰された。
そのことに気が付くのに、数瞬も要さぬゲノシディオは流石に魔王と言う他ない。
刹那、上空の黒雲から轟いた落雷を、今し方投擲した大剣で受ける。
剣を伝い身体を襲う電撃も、直撃を回避したゲノシディオには涼風同然。
「ふんっはぁっ!」
帯電した電流を咆哮とともに放出し、ぎろりとローレスに目を向ける。
「躱したのは流石だが、それだけよ。見よ」
ゲノシディオが促したのは、ローレスの使った雷魔法を帯電した大剣と、燃え盛る破滅を呼ぶ枝。
「炎と雷、この二つの属性が合わさった時何が起こるか知っていよう」
ローレスは咄嗟に躱そうとしたが、回避するのは既に不可能と悟り、マナの防御幕を最大にして身構える。
二本の剣を十字に振るうと、炎と雷が一体となりローレスに伸び、身を固めるローレスを爆雷が襲った。
防ごうとするローレスの防御幕とぶつかり合った爆雷は、強い力に圧縮され、限界を迎えた瞬間に大爆発を起こした。
ローレスは空中に投げ出され、戦場となっている訓練庭の地面には巨大なクレーターが出来上がる。
ローレスは宙を舞いながら、魔界の王たちの実力を甘く見ていた事を認めていた。
強い。俺達は魔神軍を侮っていたと。