哀れな宰相
インガドル王国の宰相、デイブ・トローンは扉にピタリと背中を貼り付け、眼前の常軌を逸した闘いに戦慄していた。
王だと思い仕えていた人物は魔族が化けた仮初の姿であり、本物のレオニダス二十三世ではなかった。
デイブ自身はとても宰相になれるような人物ではなかった。
伯爵位ではあったが辺境の小領主に過ぎず、政略手腕も統治能力も凡庸。
立場が上の者には媚びへつらい、下の者には高圧的で理不尽な態度で接する狭量な小人物。
そんなデイブが宰相の地位を得たのは、あの忌々しい災の日の直後の事である。
魔物の侵入を許し、国宝である太陽石が奪われた責任を当時の宰相や、政治的発言力の強かった文官たちに押し付け粛清したのが国王であった。いや、国王に化けた魔物だったのだ。
そして偽の王直々の推挙によって、デイブは宰相の地位を与えられた。
言ってしまえばデイブはソリテュードにその無能さを買われた訳だが、デイブ自身は己の才覚が認められる時がきたと、ただ喜ぶばかりであった。
この愚人は自らの能力を把握することすらできなかったのである。
事ここに至り、デイブにもインガドル王国が魔神軍によって既に乗っ取られていた事を悟るが、それでもデイブが考えていることは愚かだった。
王に化けていたとはいえ、この狼藉者たちが現れるまではその存在が魔族であるとは気付かれていなかった。
ソリテュードと名乗ったあの魔族が討たれれば、自分もせっかく得た宰相の地位を失う。
ならば。
デイブは懐に備えていた短刀を抜き、そろりそろりとヨハンに近付く。
大丈夫。あ奴は背中を向けている、刺せる!
駆け出そうとした瞬間、背後から轟音が響いた。
「ひゃあっ!」
デイブは情けない声を上げ、尻餅を付き振り返る。
玉座の間の扉が粉々に崩れ、その奥に四、五メートルはあろう巨大な何者かが立っている。
その巨大な影が動いた。
「あ、あっ! やめ!」
ズン!
巨大な足がデイブを踏み抜いた。
哀れ、愚かな宰相は腹部から顔面にかけてを踏み潰され即死した。宰相になって、僅か二ヶ月後の悲劇だった。
ローレスもヨハンも突然現れたその巨人を睨み付ける。
ソリテュードは敬意を払う様子で、あの恭しい礼をする。
「ふん、道中やけに手応えがないと思えば、ダーマフリートめが裏で手を回しておったか」
地鳴りの様に低い声は、腹の底まで響いてくる威圧感があり、角の生えた髑髏の面のような顔の中、白目だけの吊り上がった眼がぎらりと光を帯びる。
筋骨隆々とした身体、丸太のように太い二本の腕にはそれぞれ剣が握られている。
ツヴァイハンダーを更に巨大化させたような大剣を右手に持ち、左手には燃え盛る炎の剣を握っている。
「到着お待ちしておりました。ゲノシディオ様」
魔神軍において凶暴凶悪な鬼神軍団を束ねる、破壊と殺戮の魔王ゲノシディオの来襲だった。