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ラグナロククエスト 『神々に翻弄されし運命』  作者: 風花 香
第三章 インガドル王国の戦い
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『魔導騎士ソリテュード』

 インガドル城の玉座の間。

 赤い生地に金の刺繍が施された絨毯が、大理石製の床の上を玉座の奥まで伸びている。

 左右の純白の壁には歴代インガドル国王の壁画が掛けられ、天井からはきらびやかなシャンデリアが光の氷柱の様に輝いている。


 そこへスメロスト砦からの早馬の使者がやってきており、玉座に腰掛ける国王、レオニダス二十三世の前に跪き、使者としての役目を果たそうとしている。


「何度も言わせるな……急ぎ軍を纏め、ジール大公国を討てと伝えよ!」


「お、恐れながらジール大公国とは同盟を結んだ間柄。誠に侵攻を開始してよろしいのですか? それに、王都までの道のり、魔神軍の侵攻をかなり奥深くまで受けているようでしたが……」


 次の瞬間、使者の前を一筋の光が横切った。

 それを認識した時、使者の視界は暗転した。


「こちらから早馬を送れ。急ぎジールを落とさねば、スメロスト砦の領主、貴族、兵士に至るまで一族郎党皆殺しだとな」


 すぐ側に控える宰相にそう言い放ち、抜き放った血に濡れた剣を鞘に収める。 

 使者の首は胴体から離れ、真っ赤な絨毯に真紅の血が染み込んだ。


 王の命令を受けた宰相は、もつれる足で転びそうになりながら、玉座の間を後にしようとする。

 急ぎ使者を立て王の命令を遂行せねば、今度は自分の首が飛ぶ! 全力で行動していることを証明しようと、必要以上に足の回転を速める。

 使者の遺体を越え、長い絨毯を進み玉座の間の扉に手を掛けようとした時、逆側からその扉は開け放たれた。

 二人の男が挨拶もせず、崇高な玉座の間へと足を踏み入れるのを見て、宰相はぎょっとする。


「お、お前たち! ここを何処と心得る! 国王レオニダス二十三世の御前であるぞ!」

 

 宰相の必死の叫びは国王に対する無礼に怒ってのものではなく、あくまでも機嫌を損ねた王が、この狼藉者だけに留まらず自分までも処罰するのを恐れてであった。

 しかし二人の男は宰相には一瞥もくれず、淡々と王の前に進み出た。

 玉座から見下ろす冷酷な瞳がその二人、ヨハンとローレスを捉える。

 

「なんだ、貴様ら?」


「分かるか、ヨハン?」


「ああ、人間にこんな禍々しいオーラは放てない。何より以前会った王とは全く違う」


 容姿こそレオニダス二十三世のそれだが、異質な雰囲気を身に纏った目の前の王は、生気と活力に溢れた以前の姿からはかけ離れていた。

 頬杖を付き、二人を見下すその顔が邪悪に歪む。


「なるほど、くくっ、そうか。貴様らが天界の神々が見込んだ勇者どもか」


 正体が知れていることなど気にする素振りもなく、一部の隙もない。

 王に化けるこの魔物は、非常に強い実力(ちから)を有していることが伺える。


「油断するな、ヨハン。今までにお前が戦ってきた中で恐らく最強の敵だ」


「ああ、毛色の違いってやつをひしひしと感じてるよ。手加減などするつもりはない」


 ツヴァイハンダーを抜き放つヨハン。煌めく刀身がシャンデリアから落ちる光を反射する。

 玉座から立ち上がる王に扮した魔物。こちらも剣を抜くと、その刀身には先程使者を斬った時に付着した血が、べっとりとこびり付いている。

 


 突然室内に高く響き渡る金属音。

 音の正体はヨハンと魔物の剣が激しく衝突したものだった。

 一瞬にしてヨハンとの間合いを零距離にまで縮める速さは、常人の目には見切る事は不可能なレベル。


 不意を突いた一撃目を受け止められた魔物は、その速さを保って距離を取り、左右へ高速で撹乱する動きを見せる。

 そして再び高鳴る金属音。

 背後を取られたその一撃も、冷静に受けるヨハン。


「人間にしてはできるな。流石は神に認められし勇者といったところか」


「正体を現さず王の姿のまま闘うとは余裕のつもりか? それとも王に扮していれば、斬ることを躊躇うとでも思っているのか? だが生憎と」


 ヨハンは纏うマナを一気に増加させる。

 互角に鍔迫り合いを演じていたのが一転、高く両手を弾かれる王の姿をした魔物。


「魔物と知って斬れない俺ではない!」

 

 ヨハンの胴斬りが閃光の様に走り、上半身と下半身を両断した。

 驚愕の表情を浮かべたまま、赤い絨毯の上に倒れ事切れる魔物。


「名前すら名乗らず逝くとはな」


 ヨハンが剣を収めようとすると「ヨハン、まだだ」とローレスが戦闘態勢の解除を制止する。

 真っ二つになり、明らかに死んでいるはずの二つの肉塊が、突然浮き上がり白い煙に覆われた。

 ややあって煙が薄れていくと、そこには黒いタキシードを着た紳士然とした姿の魔物、いや魔族が現れた。


「これは失礼致しました。どうやら相手を侮っていたのは私の方だったようですね」


 先程までの厳かな響きを含む声色が、やや掠れた高めの声に変わり、口調も丁寧さを帯びる。

 仮初(かりそ)めの姿でも、邪悪な闘気(オーラ)が隠し切れぬ牙の如く顔を覗かせていたが、本来の姿からは戦慄するほどの禍々しい闘気(オーラ)が溢れ出ている。

 

 ヨハンはびりびりとひりつく波動を全身に感じながら、ツヴァイハンダーを構え、更に速さを増すであろう攻撃に備えるが、相手は胸に手を添え(うやうや)しく頭を下げた。


「自己紹介が遅れて申し訳ありません。私の名はソリテュード。魔神軍が一角、魔闇(まおん)軍の末席に籍を置く者です。名も知らぬ者に殺されるのは気分が悪いでしょうから覚えて下さいね」


 先程のヨハンの台詞に対する皮肉のつもりか。ヨハンは鼻で笑う。


「末席に籍を置く者か。軍団長ではないのだな」


「とんでもない。団長は私など足元にも及ばない偉大なお方ですよ」


 腰に挿した鞘から細身の長剣を抜くソリテュード。

 その刀身は闇の魔力をたっぷりと蓄え、美しいほどに妖しく、アメシストのように煌いている。


「それでは、参ります!」

 

 初速から残像が見えるほどのスピードで一気に間合いを詰めるソリテュード。

 しかしそこは用心していたヨハンが、距離を潰される前に横薙ぎにツヴァイハンダーを振るう。

 ソリテュードも読んでいたか、その一振りをバックステップで躱し、大剣の弱点である戻りの遅さを攻め立て、速く鋭い刺突を連続で見舞う。


「くっ!」

 慌てて後方に飛び退いたヨハンだが、ソリテュードはボルトで固定したかの様にぴたりと間合いを詰め、斜に構えた姿勢からしつこく突きを繰り出す。

 それらの突きを剣で弾き、足を使ってなんとか躱しているヨハンだが、回転のいい攻撃に防戦一方で攻撃に転ずることができない。

 

 それでも、同じ攻撃を繰り返し受ければヨハンは瞬時に対応することができる。

 並外れた洞察力はソリテュードの突きの軌道を徐々に見切り、素早く身を仰け反らせて躱すと、カウンターで相手のお株を奪う突きを繰り出した。 

 

 後手に回ったソリテュードも再び突きを放ち、互いの得物が交錯する。

 刹那の攻防であるが、ヨハンは自分の剣が先に届くと確信していたし、最短を突いた自分に対して相手は躱す動作を交えての無理な攻撃。

 

 避ける事に徹するでもなく、攻撃も中途半端。悪手だ! と勇んだのは当然だったかもしれない。

 だが、次の瞬間、ヨハンは己の目を疑った。

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