起死回生
オーギュスタン砦は、兵士たちの奮戦によってなんとか持ち堪えていた。
だが、それもここまでのようだ。
城門は破られ、砦内部にまで魔物が押寄せて来ている。
指揮官ブラスト含む、生き残っている三十人ほどの兵士たちは、城壁の高台に登りそこで最後の戦いを繰り広げていた。
魔物の死骸は砦の周りや内部にも散乱しており、如何にブラストたちが決死の戦いに身を投じ、善戦していたかがわかる。
もし援軍があれば、或いは駐屯しているはずの部隊がそこにいれば、ブラストたちはこの猛攻を凌ぎきれたのではないだろうか。
いや、それは驕りというものだろうか。
砦から少し離れた何も無かったはずの空間から、ニ十メートルはあろうかという巨体の魔物。鬼獣王が姿を現した。
「隊長……」
あれを相手にどう戦いますか? そう続くはずだった言葉は呑み込まれた。
鬼獣王を見るブラストの顔に、微笑が走る。悲壮感漂う、静かな笑みだった。
ブラストは剣を持つ腕を天に突き上げた。
「我らこそ、誇り高きインガドル王国の戦士なり! 皆の者! ここに死すとも我らが大音声、地の果まで響かせようぞ!」
ブラストの激を受け、歓声を上げながら魔物に突撃していく兵士たち。
相討ちに倒れる者、今一歩剣が及ばず敗れる者。
次々兵は倒れていくが、ブラストは勇敢に立ち向かう部下たちを心から誇らしく思った。
そして、遂に鬼獣王の持つ巨大な棍棒が砦を射程距離に捉えた。
最早これまで。
ブラストが覚悟したその時、上空に突然湧き上がった雷雲から稲光が轟いた。
目が眩み、視界を奪われたブラストが次に目を開けると、そこには片膝を付き苦痛に悲鳴を上げる鬼獣王の姿があった。
その背後から黒鹿毛の馬に跨った人物が近づき、馬上から鬼獣王の巨大な背に飛び乗ったかと思うと、そこから更に跳躍して、城壁を飛び越えてブラストの目の前に着地する。
ブラストはその人物が背中に掲げる巨大な剣に見覚えがあった。
「まさか、ヨハンか!」
無事を確認するより先に、ヨハンは掲げた大剣ツヴァイハンダーを抜き、群がる魔物たちを斬り払う。
疾風の如く振りぬかれたツヴァイハンダーからは衝撃波が放たれ、直接剣が触れずとも魔物たちは吹き飛ばされ、城壁から落下していく。
「ヨハンさんだ!」
「騎士大将のヨハンさんが来てくれたぞ!」
生き残っている兵士たちが口々にヨハンの名を叫び、歓声を上げた。
無双の騎士大将は、魔物を相手取ってもその剛勇ぶりは健在だと、兵士たちの心に希望が一気に膨らむ。
そんなヨハンを前に魔物たちはジリジリと後退し始め、ここでようかく「ブラスト殿、よく持ち堪えてくれました!」と労う。
「ヨハン、感謝する! 色々と話さなければならない事があるが、まず先にあのデカイのを何とかせねばな」
ブラストは駆け付けてくれたヨハンに感謝の意を示したが、その言葉の裏にはあの化物がいる限り勝ち目はないということを告げていた。
「そのようですね。暫しお待ちを」
事も無げにそう告げると、ヨハンは城壁から鬼獣王に向かって跳躍した。
「なっ!? ヨハン!」
自殺行為ともとれるその行動に、ブラストをはじめ、他の兵士たちも一同驚愕する。
空に舞うように飛翔したヨハンは、剣を振りかぶり「ローレス!」と叫ぶ。
それに応えるように、砦下にいるローレスが天高く腕を突き上げ一点を指差すと、黒雲から雷が轟いた。
その稲光はヨハンの握るツヴァイハンダーに落下し、青い雷光に包まれたヨハンは空を蹴ると、頭を下にしてまるで弾丸のように鬼獣王に突っ込んで行く。
鬼獣王はその巨大な掌で向かい来るヨハンを握り潰そうとしたが、それは叶わなかった。
横薙に振りぬかれた一閃は四本の指のうち三本を斬り飛ばし、尚も勢いの止まらぬヨハンは、まるで己が雷と化したように、急降下しながら頭蓋から股下までを一気に斬り抜けた。
貫かれた鬼獣王は頭頂部から左右真っ二つとなり、轟音を立てて崩れ落ちる。
その光景を目の当たりにした魔物たちは、ヨハンに恐れ慄き、まるで蜘蛛の子を散らすかのように、逃げ出した。
「もうそんな芸当ができるとは、ヨハンは大したやつだな」
「いや、ローレスこそよく瞬時に俺の意図を察してくれたよ。さあ、今はとにかくブラスト殿のもとに急ごう。この異常な状況を説明してもらわねば」
ローレスは頷き、二人は半壊する砦を登った。




