孤立無援
インガドル王国の王都、インガドル城はアスタード大陸北部中央に位置する。
東には秀峰インガドル山脈が連なり、天然の要害として、インガドル王国防備に深く関わっている。
北のフリーオ海沿岸と南のインガドル河川には、防塁が築かれ、水辺からの侵攻を阻み、唯一の陸路である西の街道には、幾多の砦が連なる防衛網が張られている。
インガドル王国は建国当初から、外敵の侵略には非常に強く、実際の所、連なる砦群は戦争で活躍した機会は一切ない。
陸路しか侵略行路がない上に、その砦群以前に不抜の大都市スメロスト砦を落とさなければならないからだ。
平和同盟を結ぶより以前には、ジール大公国との戦争でスメロスト砦目前まで攻め込まれたことがあったが、結局ジール大公国はスメロスト砦攻略を諦めて撤退している。
建国からこれまで戦火に晒されたことのないインガドル王国の王都一帯。
永久かと思われていたその不戦神話が今まさに崩されていた。
「守れぇ! 抜かせるな! 城門を死守するのだ!」
インガドル王国への道を守る十の砦群。
そのうちの王都インガドル城から見て最も手前に位置するオーギュスタン砦が、戦火に晒されていた。
王都目前の砦だけあり、その広大さと造りは、一目見て堅固な砦だとわかる。
しかし、魔物の軍勢の苛烈な攻撃を受け、砦のあちこちで崩落が起きている。
砦周辺を覆い尽くすほどの魔物に対して、オーギュスタン砦に篭もる兵士は僅か五〇〇人ほど。
この人数では魔物の攻撃にとても対応できない。
「王都からの援軍はまだか! 一体どうなっている!?」
指揮官の騎士大将、ブラストの怒号が響く。
城壁に立って指揮を取り、飛来する魔物を斬り伏せながら、この不可解な現状に思考を巡らす。
魔物の軍勢がインガドル領内に現れたのは五日前のこと。
王都から最も離れた砦にブラスト率いる部隊は駐屯していたのだが、そこに魔物が襲来し、戦いが巻き起こった。
もともとブラスト率いる一〇〇〇人の兵しかいなかったこともあり、そこでの戦いは避け、後方の砦へと撤退したのだが、次の砦に辿り着いた時ブラストたちは愕然とした。
なぜならそこに駐屯しているはずの部隊が全く見当たらず、砦はもぬけの殻だったのである。
戦備を整え、兵力も増えるだろうと当てにしていたブラストたちは、予期せぬ事態に困惑した。
とても戦える状態ではなく、その砦も戦わずして放棄した。
その後も夜を徹しての移動を繰り返し、砦に僅かな殿部隊を残すことで時間を稼ぎ、昨夜、何とか王都目前のオーギュスタン砦にたどり着くことができたのだ。
だが、やはりここにも部隊の姿はなく、もう幾度目かもわからない援軍要請の使者を王都に向けて放ち、ブラストたちは砦を枕に討死する覚悟で決戦に及んでいるのである。
一体国王様は何を考えている? 王都を最終防衛拠点にして、そこに兵力を集中しているとでもいうのか? いや、王都周辺ともなれば人口密集地だ。
そんな所を最初から戦場にしようなど正気の沙汰ではない。
やはり何としてもここで奴らを食い止めねばならぬ! だと言うのにっ!
「ご報告申し上げます!」
不可解かつ理不尽な状況に憤るブラストの元に、王都に向かっていた使者の一人が戻り進言した。
その顔は今にも泣き出しそうな、やるせなさをありありと浮かべている。
「王都ではドミディ王国侵攻の準備が進められ、こちらに送る援軍は一兵たりともないとのこと! 王都への道は、その方らで死守されたしとの下知に!」
「バカな!」
ブラストは歯を剥いて叫んだ。異常な状況に異常な命令。もはや国全体が常軌を逸してしまっている。
「将軍は、ガフォスター殿とシルキード殿はどうした!? その異常な命令に素直に従ってしまったというのか!」
「ガフォスター殿は誅殺されました!」
問答の間にも決して緩むことのない魔物の攻撃。
喧騒が支配するその空間が、一瞬全くの無音状態になったようにブラストは錯覚した。
それほどの衝撃的発言。
「……何?」
一匹のガーゴイルがブラストに攻撃を仕掛けてきたが、それを躱して、剣のひと振りで翼を切り離す。
翼を失ったガーゴイルは城壁から落下し、魔物に埋め尽くされた砦下に落下した。
見事な腕前で魔物を撃退したブラストだが、頭の中は今し方兵士が放った一言に埋め尽くされている。
「ガフォスター殿が誅殺されただと? 罪状はなんだ?」
この場に不釣り合いな静かな口調で訊ねるブラスト。
「反逆罪です。王の命令を無視し、この西方防衛の援軍に向かおうとしたことによる……」
「ふざけるなっ!」
兵士が言い終わらないうちにブラストは叫んだ。
「国を、民を守るための正義を果たそうとしたのが国王か、ガフォスター殿だったかなど言うまでもない! 王は……この国を! 民を皆殺しにする気かぁ!!」
無念の叫びは戦いの喧騒にかき消され、ブラストの淡い期待も打ち砕かれたのだった。




