不穏な空気
街に人工的な明かりが溢れだす、スメロスト砦の夜。
宿屋のエントランスホールにある席に腰掛けていたパウルたち三人のもとに、珍しくグレンが歩み寄る。
いつもは帰ってくるなり自室に引き上げるのに、今日に限ってやってくるということは、共有すべき情報を得たということだろうか。
「珍しいわね。何か有益な情報でもあるのかしら?」
「団欒とするために来るわけがない。ここの領主と話してきた」
ユリアが座るように促すが、グレンは無視して続ける。
「太陽石を奪われてから、王の様子がおかしいらしい。王都では北方の大陸にあるドミディ王国侵攻の準備が進められ、ここスメロスト砦には同盟国のジール大公国攻撃を命じている」
「ただでさえ、魔物が現れて大変な時に他国への侵攻? それも同盟国すら標的にするなんて、確かに正気とは思えないわね」
クリストが顎に手を添えて考え込む。政に疎いユリアでさえ、インガドル王国が数百年に及び他国領を侵していないことは知っている。
ドミディ王国との小競り合いが度々起きてはいるが、それはあくまでインガドル王国が所有している島を奪わんとする相手から守る目的でのはず。
「それで、ここの領主はどういう対応を取っているのかしら」
「国王がそのような命令を下すとは信じられないらしく、早馬を送って真意を正そうとしているようだ」
クリストの問いに淡々と答えるグレン。
それを聞き合点がいったらしく、パウルが指を鳴らす。
「つまり王様は太陽石を奪われた失態を他国を攻め取ることで挽回して、国民の信頼を回復しようとしてんだろ?」
「黙れ、貴様は雑魚の上に頭も弱いのか。こんな国政も安定していない状況で他国に侵攻するリスクがどれほどのものか、想像がつかないのか?」
馬鹿にされ、見解も論外と決めつけられたパウルはグレンに詰め寄ろうとしたが、ユリアが袖を引き首を横に振った。
他ならぬユリアの静止を受け、パウルは苛つきながらも席に付く。
「国民の信頼を取り戻したいならこのタイミングでの軍事行動は逆効果よ。魔物の出現によって内情さえ落ち着かないこの時に、人間同士で争うなんて愚行の極みだわ。ましてやインガドル王国の国王は治世に優れた名君との噂。そんな人物がこの行動と命令は……臭うわね」
「ああ、王都へ向かうことが先決だが、そっちはローレスに任せるとしよう。俺達もジールへ急ぐ必要がありそうだしな」
「ええ。最悪のシナリオが選ばれないことを願いたいわね」
グレンとクリストは何か勘付くところがあるようで、二人で意味深に呟いている。
パウルは蚊帳の外に置かれていることを、面白くなさそうにしており、ユリアは遥か遠方、王都を目指して進む幼馴染の身を案じて、その華奢な両手を合わせた。




