パウルの男気
章タイトルの割に戦いはもう少し後になります。
今回はパウルが少しだけがんばります。
スメロスト砦に到着して数日が過ぎたが、特に有益と思える情報を得ることができず、ユリアは落胆していた。
そもそも三種の神器の存在を知らないことが一般的なようで、町人や旅人たちは首を傾げるばかり。
みんなはどうしているのだろうか。
毎日夜になれば宿屋で顔を合わせて現状報告をするが、昨日まではパウルもクリストも成果は芳しくないようだった。
ただグレンだけは宿屋に戻っても一人先に部屋に戻ってしまい、情報を共有できていない。
ローレスはグレンのことをシャイで人付き合いが下手な人物だと言っていたし、性格は人それぞれなのだから、協調性が無いことにいちいち目くじらを立てることもない。
深く知ることができれば、自ずと付き合い方も変わってくるだろうと、ユリアは前向きに考ることにしていた。
「おーい、ユリア」
自分を呼ぶ声に思考を中断したユリアは、雑踏の中から手招きするパウルの姿を見つけた。
「どうだ? 何か貴重な情報は入ったか?」
「ううん、全然だめ」
「そうか。俺も全然だめだ。ところでよ、ちょっと付いてこないか?」
ユリアが、どこへ? と尋ねるより先に、パウルはユリアの手を引いた。
雑踏を抜け、路地を一つ曲がり、そのまま直進すると人通りがだいぶ少なくなった裏路地にでる。
「ここだ」
「ここ?」
パウルが得意気に指差したのは、よりとりどりの服や装飾品が並んだお店だった。
店頭に衣服を身に纏ったマネキンが立っているが、そのどれもが魅力的で素敵に見える。
ユリアは思わず幼子のように目を輝かせていた。
「さあ、入ろうぜ。もっと色んな服を見よう!」
「え、だけど情報を集めなきゃ。私たちだけこんなところで」
「大丈夫だって! 別にサボってるわけじゃねえし、少しくらい休憩というか息抜きしたって構わねえだろうよ」
パウルが店に入るのを躊躇うユリアの背中を押す。
恐らくパウルは、スメロスト砦に到着した日、ユリアが羨ましそうに着飾った女性を見つめていたことを覚えているのだろう。
だからせめて衣料店に足を運んで、購入できずとも楽しんで貰おうと気遣ってくれているのだ。
ユリアはそんなパウルの気遣いをありがたく思い、「ありがとう。えへへ、じゃあ、ちょっとだけ」と店内に足を踏み入れる。
きらびやかな服を前に初めてする買い物は、ユリアにとってとても楽しい時間だった。
服やマント、ズボンにスカート、靴に至るまで、自分が身に付けた姿を想像しては、華やかに彩られた姿をまぶたの裏に思い浮かべ、頬を綻ばせる。
パウルもユリアが手に取る服の全てを褒めてくれて、絶対に似合うよ。可愛いよと、一緒に買い物を楽しんでくれているようだった。
「パウルありがとう。もう十分よ。とても素敵な時間だったわ」
満面の笑みを浮かべ、ユリアはパウルにお礼を述べる。
するとパウルは照れ臭そうに鼻を掻いて笑い、「これで終わりじゃないぜ!」と息巻いた。
ユリアがきょとんと目を丸くすると、そんな反応を期待して待っていたかのようにパウルは得意気に笑う。
「実際に着てみて買わないと本当に似合うか分からないだろう? 気に入った服を買おうぜ! まあ、低予算だけどよ」
「そんな、悪いよ! そのお金ってパウルが危険を冒して稼いだものでしょう? もっと他に使うべき時が必ず来るわ」
「俺がそうしたいんだよ。ユリアがもっと喜ぶ姿が見てえ。俺のわがまま聞いてくれないか?」
ユリアは下唇を噛み締め悩む。
パウルを見やると、優しい笑顔で深く力強く頷いてくれた。
ユリアは申し訳ない気持ちを抱きつつも、決心した。
「ありがとうパウル。とっても嬉しいわ」
「よし! じゃあ、早速買おうぜ!」
時間をかけて悩み、何着かの服などを手に試着室へと向かうユリア。
パウルはお金の出どころについて若干バツの悪い思いではあったが、危険を冒して稼いだ金。というのには変わりないので、無理やり自分を納得させた。
ややあって試着室の戸が開けられる。
「ど、どうかな?」
出てきたユリアの姿を見てパウルは眉を顰めた。
ユリアが選んだのは、白地に鮮やかな赤の刺繍が施されたフード付きのマントと、脛の辺りまでの高さがあるブーツのみだった。もともと着ていたブリオーはそのままだ。
「変かな?」
「あ、ああ! 変じゃねえよ。むしろマントもブーツもよく似合ってるさ。だけど、ユリア……俺に遠慮してるのか?」
ユリアは笑顔で首を横に振った。
「ううん、この服もね、お洒落ではないかもしれないけど、着心地が良くて、動きやすくて気に入ってるんだ。似合うって言ってくれてありがとう」
「似合ってるのは本当さ。うん、そうか。そうだな! ユリアが気に入ってるならそれが一番だ。思ったより金が余っちまったな」
「あら? じゃあ私も何か買ってもらおうかしら」
背後からの声にパウルは慌てて振り向くと、そこには魔道士のローブを纏った、桃色髪の美女が立っていた。
「く、クリスト、何でこんなところに」
予期せぬタイミングで、見つかりたくなかった人物に見つかり、パウルは思わず吃る。
「たまたま通り掛かったの。そしたら見た顔があったからちょっと入ってみただけよ。ユリア、よく似合ってるわね。素敵よ」
気恥ずかしそうにユリアははにかむ。
クリストは別に情報収集を疎かにして、買い物に興じていたことを咎める気はないようだ。
その事には安堵したパウルだったが。
「じゃあ、私はどれにしようかしら。このローブも飽きちゃったのよね」
鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌で、クリストはパウルの許可も得ず服を物色し始める。
高く付きそうな予感に顔が引き攣るパウル。
しかし、こんなに機嫌良さそうにしているクリストを見たのは初めてだった。
強くて知的で冷静な彼女が見せる、無邪気な人間らしい一面を垣間見たパウルは、どこか安心する思いだった。そして。
「こうなったらクリストも好きな服買いやがれ! 今日だけは特別だ!」
パウルは男気を見せ、盛大に振る舞ってみせた。