不条理の道を行く男
ヨハンとローレスは、インガドル街道にでると王都インガドル城を目指して東へと向かっていた。
西へ向かうパウルとユリア、グレン、クリストと別れと再会の約束を交わしたのは既に昨日のこと。
王都へ向かう道中に、北へ行けば寂れながらも船の停泊する港へ伸びる道があり、一人ドミディ大陸へ渡るシルアともそこで別れた。
「ヨハン、そんなに急ぐな。馬があっという間にバテるぞ」
気がはやり、先を急ごうとするヨハンをローレスが窘めるが、ヨハンは緩みない速さを維持して前方を見据える。
「そんな悠長な気持ちにはなれないな。俺は軍人だ、国家の危機となれば切り払うのが役目。それに王都に急襲を掛けられでもして、万が一のことがあれば俺達の目的も遂げられない」
「一理はあるが、間違いもあるな。魔神軍は王都に急襲など掛けては来ない」
「根拠は?」
「この世界は元々精霊神アテナが聖なる力で邪悪から守ってきた。その聖なる力は、アテナが封印された今でも結界として世界中に残っている。その結界の中にあっては魔族や魔物は力を発揮することができないんだ。特に王都のような中枢には、昔から強力な結界が張られていて、魔神軍がいきなりやってくるということはない」
「つまり、奴等は結界を破るため外側から徐々に攻め込むしかない。焦って向かえば逆に外側の戦乱に巻き込まれるって訳か」
「そういうことだ。俺達の目的は神器の確保だ。それも迅速のな。余計な戦いには……」
「ならば尚更急ぐ必要ができた。その戦端に駆り出される兵士たちの中には、俺の部下や仲間たちもいるだろう。ローレス、悪いが俺には目の前で戦っている仲間たちを見捨てて先に進むことはできない。王都へ最短で向かいたいならば、すまないが一人先に行ってくれ」
ヨハンはそう言うと、再び前を見据えて加速した。
ローレスはそんなヨハンの後ろ姿を見て、小さくため息を吐く。
不条理な道を行く男だ。
神に勇者と見込まれた唯一無二の存在であることを全く自覚せず、仲間を救うために自ら辺境の戦いに身を投じようとは。
個々にはそれぞれ役割があり、それを成せるのは一人しかいないという状況でも、ヨハンは仁義や人情を優先し、遠回りをする男なのだと、ローレスは分析した。
そして恐らく、ヨハンにこの手の説得を試みても効果が無いであろうことも予想がつく。
ローレスは馬の腹を蹴り、ヨハンと並んだ。そのユーモアに富んだ眼差しを向け笑ってみせる。
「将軍の説得にはお前が必要なんだ。俺だけ向かっても意味はないさ。わかった。仲間たちを助け、その上で王都を目指そう」
「ローレス、ありがとう」
ローレスは笑顔の下で、やれやれと頭を掻いた。