戦いの幕開け
パウルとユリアが家に上がると、既に天空の使徒たちは全員集まっていた。
「全員揃ったな」
「一人余計だかな」
ローレスの言葉に被せるようにグレンが呟く。
明らかにパウルを邪険にした態度は、本人だけでなく、周囲の者たちにも不快感を与える。
しかし。
「あーん? そりゃあ俺のことか? ってか、何いつもすかしてんだよ、このキザ野郎。口元までスカーフで覆いやがって。あ、死ぬほど口が臭いとか? それとも鼻から下は不細工っ、てか?」
歩み寄りながら、止まらぬ速射砲のように言葉を連ねるパウル
。
更にはスカーフに手を掛けてずり下ろす。
「なっ、貴様っ」
「ちっ、何だよ。普通にイケメンかよ」
グレンの放つ敵意と殺気などどこ吹く風で、パウルは飄々とした態度で面々を見渡し、今度はクリストに歩み寄った。
「あんたには礼を言っとかねえとな。ありがとよ」
「別に、大したことじゃないわ。元気になってよかったわね」
興味なさそうに一瞥しただけで、素っ気ない態度でクリストは言った。
そんなクリストの手を不意に掴み、パウルは手の甲にキスをした。
そっぽを向いていたクリストが、血相を変えて手を引っ込める。
その顔は突然の無礼に対する怒りの為か紅潮し、パウルを睨む瞳が鋭く光る。
「何をする! 無礼者!」
口づけされた手の甲を擦り、半歩下がって身構えるクリストを前にしても、パウルは落ち着き払い両手を広げて見せた。
「おいおい、そんなにムキになることじゃないだろ? 感謝の気持ちを込めた挨拶みたいなもんだ。それとも天空の方々には刺激的だったか?」
「くっ!」
挑発とも侮蔑とも取れるパウルの言動にクリストはぎりっと歯を食いしばる。
「ふっ、ははっ! 鉄仮面二人をそんなにムキにさせるなんてやるな! パウル、お前面白いやつだな」
手を叩いて笑うローレスに、パウルに向いていた四つの鋭い眼光が突き刺さる。
「ローレス、貴様も死にたいのか」
「誰が鉄仮面よ」
パウルはしてやったりと言わんばかりの表情を浮かべ、ヨハンとユリアに目配せをした。
特にあの冷静冷徹なグレンが、パウルのペースに嵌り、手玉に取られている様は痛快で、溜飲が下がる思いだ。
そして何よりもパウルが悲しみの縁から舞い戻り、いつもの調子を取り戻したことが嬉しかった。
愉快そうに三人のもめ合いを眺めるパウルを尻目に、ヨハンはユリアに微笑して頷いてみせ、ユリアも微笑みを返す。
やはりあの時二人きりにさせたのは正解だったようだ。
ユリアになら、パウルも心の内を吐露できるだろうと思い、場を離れたヨハン。
実力的には遥かに及ばないと認めつつも、ヨハンとはライバル関係でありたいと願う気持ちがあることはひしひしと伝わってきている。
故に弱っている姿は見せたくなかったはずだ。
そして何より、果たすべき誓い。
それを再認識させるには最善の方法だったろう。
「やめましょう! 今はそんな事でもめてる時じゃありませんよ。これからの方針を決めて、早急に各国へ向かわなければ行けません!」
やはりこういう場を執り成すのは年少のシルアが役目のようだ。
物腰も柔らかで、落ち着いた雰囲気の少年はこの面子において非常に頼もしい存在だった。
もしシルアの存在がなければ、個性の塊のような他の三人と協調していくのは、難しいようにヨハンには思えた。
「失礼しますよ」
シルアは床に地図を広げる。
地図は床を埋め尽くすほどに大きく、細かな地形や村など、実に念密に描かれていて、それはヨハンたちからすれば初めて目にする世界地図であり、ラー大陸の壮大さを感じずにはいられない代物であった。
「ここが今いるハーキュリーズの村です」
シルアが指し示した場所は、南東の大大陸アスタード北西部の山奥だった。
わかってはいることだが、周りに大都市などはなく辺鄙な地にある、有り触れた田舎の村だ。
「おいおい、ヴィデトの塔ってここだろ? 地図で見たら大した距離じゃねえじゃねえか!」
パウルが驚きの声を上げるのも無理はない。
この村とごく近場の町しか知らなかったのだから、到着に三日を要したヴィデトの塔は、遥か遠い場所に思えていたのだろう。
だが蓋を開けてみれば、インガドル領内の北西部域内だけで収まる程度の道のりでしかなかったのだ。
東にはその十倍はあろう先に、インガドル王国の王都があるし、南のスメロスト砦を抜け、西に進んだ先にはゴルゴタの丘、更に西へ行けば広大なアリオーソ平原。その先の大橋を渡ればジール大公国と、果てしない世界が広がっている。
そこまで見てもまだまだ所詮アスタード大陸の半分程度なのだから、クリストの述べた移動手段の問題は確かに大きい。
「じゃあ、ローレスさん向かうメンバーと行き先をお願いします」
「ああ、先に言っておくがわがままは受け付けないからな。真っ当な意見があれば言ってくれ」
そう前置きすると、ローレスの表情が真剣なものに変わった。
「まず、ヨハンの提案したインガドル王国王都に向かい、国王に謁見し情報を得る作戦。ここには当然交渉役のヨハン。そして俺の二人で行く。魔神軍は既にインガドル王国から三種の神器の一つである太陽石を奪取している。恐らく本格的な侵攻はないだろう。俺達はここで情報を得たら、すぐに西のヴィーグリーズ大陸に渡る。そして、シルア。お前には単身北方のドミディ大陸に渡ってもらいたい」
ローレスの指し示したドミディ大陸とは、アスタード大陸の北のフリーオ海を隔てて位置するラー大陸第三の大きさを誇る大陸だ。
その大きさはアスタード大陸の約半分程度で、その中に王国はドミディ王国のみであり、完全支配されている大陸。
その為閉鎖的な国風であり、昔ラー大陸で平和条約が締結された際には、大国でありながら条約に加わらなかった経緯を持つ。
インガドル王国とは犬猿の仲であり、度々小競り合いも起こしている。
ヨハンが赴いていた戦地は専らドミディ王国との戦いである。
そんなドミディ王国の風土をヨハンが説明すると、ローレスは「やはりそうか」と呟いた。
「ラー大陸に降り立つ際に、各国の情報は一通り目を通したが、ドミディ王国とは自尊心が非常に強い国柄のようだ」
「つまり、余所者である僕達が交渉して情報を得ることは難しい。別の方法を模索して接近を図れ、ということですね?」
聡明なシルアが後を引き継ぎ、ローレスは頷く。
「そういうことだ。お前は思考が柔軟だし、処世術に長けている。俺たちにはできない奇抜な発想を考案できるのはお前しかいない」
「了解しました。期待に応えられるよう努力します」
「あとの皆は一路ジール大公国を目指して……」
「おいおいおい!」
パウルが挙手してローレスを遮る。
「あとの皆って、ユリアはともかく、他は鉄仮面二人じゃねえか! 俺への当てつけか!?」
ローレスは笑いながら、手を顔の前で横に振った。
「何で俺がお前に当てつける必要がある? 理由を聞かなきゃ納得できないって云うなら説明してやろう。パウル、お前とユリアはこれから先の戦いの為に修練が必要だ。勿論それは俺たち全員に言えることだが、お二人はまだ土台となる基礎が出来上がっていない。ユリアは魔法使いとしての才能があるのが一目で分かるから、その才能を開花させる為にクリストと行動を共にしてもらう。クリストは俺たち四人の中きっての大魔道士だ。魔法使いとして成長するにはこれ以上ない手本となる」
パウルは腕組みをして鼻をふんふん鳴らし、頷きながら「で、俺は?」と訊ねる。
「パウルは……一番グレンと気が合いそうだと思ってな」
「おい! やっぱり嫌がらせじゃねえか! 何で気が合いそうだと思うんだよ。俺は傍若無人な俺様な態度の格好つける奴が一番嫌いなんだよ! だったら誠実そうで穏やかなシルア君の方に行きてえや」
「話した通り、シルアの任務は人数を必要としない。それどころか一人だけのほうが都合が良い可能性もあるんだ。それに安心しろ。グレンはそんな嫌なやつじゃない。不器用で人付き合いが下手くそな、可愛いやつなのさ」
グレンがローレスを鋭い眼光で睨む。
パウルが下ろしたスカーフも、元通り口元を覆っていた。
「ローレス、やはりお前も死にたいのか。……俺としても雑魚が紛れ込むのは御免だが、決定には従おう。貴様、危なくなったら助けてもらえるなんて思うなよ」
パウルも観念したようにため息を吐くと、ずいっとグレンの前に立ち塞がり、お互いの厳しい視線が交わる。
「貴様じゃねえ。パウルだ。これからはお互い仲間として戦っていくんだから名前くらい呼びな。グレン」
そう言うと、パウルは握手を求め手を差し出した。
グレンは差し出された手に視線を落としたが、ふんと鼻を鳴らし顔を背けた。
「やっぱりイケ好かねえ」
ローレスはとりあえず挨拶を済ませた二人を見て笑い、続ける。
「四人にはジール大公国へ向かってもらい、そこで得た情報次第で向かい先を決めてもらいたい。そこからの判断は四人に任せる」
各々の向かう先が決まり、全員の表情が引き締まる。
「出発は早いほうがいいだろう。準備が整い次第、それぞれ向かってくれ。いずれまた、全員無事に再会しよう」
ラー大陸を、延いては天上世界スティルヴァースを救う戦いの旅が幕を開けた。




