不可解な説明
ローレスは一つ溜息を吐き、「喋り疲れた。クリスト、続き代わってくれ」と言った。
クリストは迷惑そうに眉を顰めたが、仕方が無いと口を開く。
「各国に出向いて魔神軍を撃退する。口で言うのは簡単だけど色々と問題もあるの」
クリストが細くしなやかな指を一本立てる。
「まず一つ目に移動手段に乏しく、各国に向かうのに時間が掛かること。瞬間移動魔法はあるけれど、それは目的地の情景を的確に頭の中でイメージできないと使えない。当然、私たちが知るはずもないから使うことはできないわ」
二本目の指が伸びる。
「二つ目に、国の王都に到着したとして、どうやって中枢に入り込むかという問題。世界を守る為に私たちを信用して下さい、なんて戯言が聞き入れられるはずもない。所詮は余所者に過ぎない私たちが確かな情報を得る手段を探さなければならない」
更にもう一本指が伸びる。
「そして三つ目は、重複する内容かもしれないけど、秘宝の在り処を私たちが知らないということ。可愛く言えば魔神軍との競争ということになるけれど、この競争は絶対に負けられないから、闇雲に各地を巡るのは正直得策じゃない」
クリストが指を折り曲げる。説明はこれで終わりという意味らしいが、余りにも腑に落ちない内容である。
「ちょっと待てよ。今の説明だとお前たちもその秘宝の在り処を知らないことになるよな?」
「そうだが?」
ヨハンの当然と思われた疑問に対して、ローレスはその問いを不思議に思ったのか、目を瞬かせた。
ヨハンは呆れた調子で続ける。
「魔神軍より必ず先に手に入れなければいけないのに、お前たちが在り処を知らないのはおかしくないか? そもそもその秘宝はエルザエヴォスたちが天空世界への鍵として作ったものなんじゃないのか?」
「まあ、その通りだがあの方たちがその所在を教えてくださらなかったのだから、探し当てろということだろう」
「バカな! 子供の使いじゃないんだぞ!?」
「そう声を荒らげるなヨハン。先に見つけ出せばいい。それだけのことだろ?」
あっけらかんと言い放つローレスとその言葉に一切の疑問を抱いていないらしい他の天空の面々。
圧倒的な実力を有しているが故の余裕の表れなのか、はたまた妄信的なまでのエルザエヴォスら神々への忠誠なのか。ヨハンにはその理由は図りかねたが、この四人の思考が自らの理解の及ばないところにあることは理解できた。
「……二つ目の問題なら何とかなるかもしれない」
これ以上は不要な問答になると捉えたヨハンは、溜息を一つ吐いてから彼らの提示した条件の中で解決できそうなものを打診する。
「と言うと?」とローレス。
「インガドル王国の二人の将軍と俺は顔見知りだ。そのどちらか一人にでも事情を説明して、国王への謁見を取り付ける。二人の将軍はインガドル王国軍の象徴ともいえる人物だ。その二人の要求ならまず通るだろう」
「その将軍とやらにお前の話はちゃんと聞き入れてもらえるのか?」
言葉の裏に見下す雰囲気を醸し出すグレンの問いに、ヨハンは皮肉をもって返す。
どうもこの男とは上手くやっていけそうにない。
「ああ、生憎これでも軍の中じゃ顔は効く方でな。心配するな」
グレンはふん、と鼻を鳴らし、それ以上は何も言わなかった。
「よし! ならヨハンを含めた数人はインガドル王国の王都へ向かう。その他にもあと二組ほどに別れて、他の国を目指そう」
「ちょっといいかしら」
「どうしたクリスト?」
クリストは首を傾げ、項垂れるパウルを指差した。
「私たちはこれから戦いに行こうとしている。その中に戦意のない者、力のない者はいらないわ」
厳しくも正論である。
これからの戦いは本格的に魔神軍と対峙していくのだ。パウルのような一介の村人の力が及ぶ所ではない。
だが、クリストの歯に衣着せぬ物言いにユリアは憤りを覚える。
今しがた故郷の村と家族を同時に失ったばかりだというのに、思い遣ることもしないのかと。
ユリアには目の前にいる天空から来た人たちが、自分たちとは全く違う生き物なのではないかとすら思えた。
「足手まといはいらん」
グレンもクリストに同意を示し、流石にユリアが反論しようとしたが。
「まあまあ、今日はこの辺で休みましょう。明朝、それぞれ向かう国と人数を決めるということで。いいですよね? ローレスさん」
シルアが場の雰囲気を保たせるように提案する。
迅速な行動な辺り、普段から調停役を務めているのかもしれない。
「ああ、そうしよう。ヨハンたちも疲れているだろう。とりあえず今日は休むとしようじゃないか」
ローレスも賛同し、天空からの使徒たちは、ヨハンの家から出ていった。
慣れ親しんだ三人だけになった静かな空間。
気付けば雨が屋根を叩く音もしなくなっており、沈黙は静寂を生む。
パウルがふらりと立ち上がった。
「パウル?」
心配そうなユリアの呼び掛けに、小声で「みんなを……弔ってやろう」と呟いた。