魔神軍の目的
「まずは自己紹介といこうか。俺はローレス、よろしくな」
青髪の男、改めローレスは屈託ない笑顔をヨハンたちに向けた。
意志の強そうな澄んだ目の中にも、ユーモアを感じさせる寛大さが滲み出ている。
「……グレンだ」
壁に寄り掛かった赤髪の剣士、グレンが独り言のように名乗った。
口元を黄色いスカーフで覆い、常に睨み据えているかのような鋭い眼光の持ち主で、一匹狼のような孤高な雰囲気を醸し出している。
「魔法使いのクリストよ」
切れ長で睫毛の長い目、高い鼻に貴婦人を思わせるほっそりとした輪郭。
ユリアのあどけなさの残る可憐な美しさとは違う、大人びた凛とした美しさ。
「初めまして。僕はシルアと言います。これから共に闘う仲になりますので、どうぞよろしくお願いします」
目鼻立ちがはっきりした美少年。
お辞儀から入る謙虚な物腰、恐らく一番の年少者で話し方も他の三人に比べて丁寧で好感が持てる。
「ヨハンだ」
ヨハンは短く名乗り、後ろを振り向く。
憔悴しきったパウルは項垂れて、抜け殻のようになっており、ユリアはそんなパウルに寄り添ってやっていた。
「……パウルとユリアだ」
代わりにヨハンが紹介し、ローレスは頷いた。
「なぜ、俺達の村が襲われたんだ?」
前置きはなしだ。
ヨハンには聞きたい事が山ほどある。
納得いく答えなどあるはずがないが、理由も謎のまま故郷が滅ぼされたなど、それこそ死んでも納得がいかない。
「まあ、待て。その前にお前たちは黒衣のローブの人物に会っているよな?」
「ああ、エルザエヴォスだろう?」
回りくどい訊き方だとヨハンは思う。
ローレスは縦に首を振る。
「そうだ。質問には答えるが、順序立てて話すから聞いてくれるか? 理解に苦しむ内容かもしれないが、とにかくまずは聞いてくれ」
ヨハンの厳しい視線は変わらない。
まだ心を許す気にはなれないからだ。
それでも今は真実を知るため、ローレスの言うことを聞くしかないだろう。
「わかった」
にこりと微笑み、ローレスが語り出した。
「まずはヨハンたちが会ったその人物だが、あの方は神だ。天空世界、スティルヴァースに座する全知全能の神エルザエヴォス。そして俺達もその世界からやってきた天空からの使徒だ」
いきなり突拍子もない話を繰り出すローレスだが、ヨハンはここで驚いている場合ではないことを悟っている。
「エルザエヴォス様が、ヨハンたちの前に現れたということは、このラー大陸において、お前たちが大魔神デストロイアルと闘う勇者に選ばれたということ。残念ながら、どうして選ばれたかは俺達にもわからないから聞いてくれるな」
理不尽な運命に投げ出された理由を知ることができないのかと、ヨハンは苛立った。
魔物と闘うことが嫌だとは思わない。魔王だろうが魔神だろうが、立ち向かう宿命にあるのだとしたらそれも受け入れよう。
だがしかし……。ローレスの話は続く。
「エルザエヴォス様はヨハンたちと俺たちを合流させる為に思念波を残された。場所は恐らくヨハンたちとエルザエヴォス様が初めて会った場所だろう。村から出て南に少し下った草原だ。その思念波に導かれ、俺達はやってきた。合流を急いだ理由は、魔神軍が集結しつつある今、先にこちらから行動を起こす為だ」
ローレスはここでため息を吐く。
「だが、思いがけないことが起きた。それがこの村を襲った女、オルフェリアの出現だ。恐らくオルフェリアのあの行動は独断によるものだが、奴も俺たちと同じく思念波を追ってきたに違いない。まさかエルザエヴォス様も、こんなに早く魔神軍が動くとは思わなかったのだろう」
「なるほど。やっぱりな」
俯き加減に聞いていたヨハンが口を開く。
顔を上げたその目には明らかな怒りの感情が宿っている。
「要するにエルザエヴォスのうっかり落とし物をあんた等より先に魔物に拾われたってことだろう?」
ヨハンは立ち上がった。
ローレスは口を閉じ、ヨハンの険しい視線を静かに見据えている。
「こんなに早く動くとは思わなかった? 間抜けなミスだろう! 何が全知全能の神だ、笑わせるな!」
「ヨハンさん……落ち着いて下さい」
激高するヨハンをシルアがなだめるが、この怒りが簡単に収まるはずもない。
襲撃を受けた原因は、明らかにエルザエヴォスの失敗だ。
「そのミスの為に何が起きた……? パウルは家族を失い、俺達は故郷を失ったんだぞ!」
「違うな」
ヨハンの怒声の合間を縫うように、静かな声が狭い家の中に響いた。
視線が壁に寄り掛かって立つグレンに集中する。
「村を救えなかったのは単純にお前たちが弱かったからだ。お前たちが村に到着した時、村人たちはまだ生きていた。違うか?」
「何だと!?」
食ってかかろうとしたヨハンだったが。
「そんな言い方は理不尽だわ! 私たちが村を空けた理由だって、エルザエヴォスの言葉を受けたからよ!」
ユリアが叫んだ。
温厚なユリアがこんなにも感情を爆発させるのは珍しい。
その大きな瞳が涙に揺れていた。
「同じことだ。仮にお前たちが村に残っていたところで、オルフェリアには勝てない。俺から言わせれば、なぜお前たちがあの方に選ばれたのか不思議でならんさ」
グレンの傍若無人な態度に我慢がならず、ヨハンがツヴァイハンダーを鞘から抜き放とうとした時。
「ヨハン!」
機先を制するように叫んだのはローレスだった。
ヨハンの鋭い視線を真っ向から受け止める姿勢は変わらないが、ローレスの瞳にも厳しく諌める意志が宿っている。
「手を離すんだ、ヨハン。俺たちはこれから強大な敵に立ち向かって行く仲間だ。グレンの非礼は詫びよう。エルザエヴォス様が犯した過ちも、俺達の到着が遅れたことも、心から申し訳ないと思っている。だが、俺たちを斬ったとして死んでいった村人たちの無念は晴れるのか? お前の心は満たされるのか? 本当に倒さなければならない敵は他にいる。それが分からないような馬鹿な男じゃないだろう?」
怒りに支配されつつある頭でも、ローレスの言っていることが正論であることはわかる。
ヨハンは自らの感情とは逆流するように、やるせない思いを押しとどめ、何とか剣から手を離した。
「ありがとう、ヨハン」
ローレスは再び笑みを湛えたが、直ぐに真剣な表情に戻る。
「オルフェリアが村を襲った理由だが、それは間違いなくヨハンたちの抹殺が狙いだ。奴等が目的を果たす上で障害となり得る芽を摘みに来て……村は奴の残虐な性格の犠牲になってしまったんだ」
心苦しそうに告げるローレス。
ユリアは唇を噛み締め、項垂れるパウルは丸めた背を震えさせている。
ヨハンは波立つ心を静めて「奴等の目的って何なんだ。災いの日、デストロイアルは声高に言っていた。全世界を征服する王の礎となって死ねることを誇るがいい、と。目的はやはりラー大陸の征服か?」と訊いた。
「その通りだが、デストロイアルの言う全世界の征服とはラー大陸を指すものじゃない。気を悪くするかもしれないが、奴にとってラー大陸の征服は通過点に過ぎない。真の目的はスティルヴァースの支配、神々の抹殺だ」
ヨハンは絶句した。
その余りにも巨大すぎる野望に理解が追いつかないのだ。
ただ、神をも殺そうと目論む魔王にとって、人間が住まうラー大陸の征服なんて黙殺しても構わないような小事ではないのか。
ローレスはその疑問を埋めるように続ける。
「通過点とは言ったが、デストロイアルがラー大陸を蹂躙しようとするのには、理由がある。この世界にはラー大陸とスティルヴァースを繋げるために必要な秘宝が三つある。一つは既にデストロイアルによって強奪された太陽石。あとの二つもこの世界のどこかにある筈だが、その在り処は俺たちは勿論、デストロイアルにもわからない」
「つまりデストロイアルはその秘宝の在り処を知るために、ラー大陸を蹂躙しようとしているということね」
ユリアの回答にローレスはそうだ、と頷く。
「デストロイアルが狙ってくるのはラー大陸各地を治める国々だ。その地に伝わる伝説や歴史は、古くからその土地に根付いている者が詳しいのは言うまでもないからな。そこで、俺たちも各地の国に手分けして向かい、魔神軍を迎え撃つ。秘宝はなんとしても死守しなければならない」




