託されし宿命
一応、第一章の最後になります。
読み難い所が多々あり心苦しいですが、お読み頂いて少しでも楽しんでもらえたなら幸いです。
ヴィデトの塔の屋上を目指し螺旋階段を登るヨハンたちは、各々が思案に耽っていた。
エルザエヴォスが何者なのか分からないが、魔法の研究が廃止されたことを語っていた辺り。
まるで当時を生きていたかのような口振りだとヨハンは感じた。
そして自らはそこに存在しないのに、思念で分身を作り出す超能力。
エルザエヴォスとは人を惑わす魔術士か、それとも導く神のような存在なのか。
答えはわからないが、とにかく今は前に進むしかない。
その為にも意図は不明だが、ウラノス島をこの目に焼き付けるとヨハンは心に決めた。
ユリアもまたエルザエヴォスが言っていたことに考えを巡らせていた。
自分が魔法を使ったこと、魔法を使う為の器が大きく天賦の才が備わっていること。
なぜ自分にそのような才能があるのかわからないが、無力だと悲観していた自らの力に一筋の光が差した気がしていた。
もし魔法を意思通りに扱うことができるのだとしたら、この先過酷な戦いがあったとしても、ヨハンやパウルだけに負担をかけることはない。
自分も二人を助ける力になれる。
ユリアは是が非でも魔法を扱う能力を手に入れると決意した。
二人とは違いパウルは焦燥に駆られていた。
それは自分の無力さへの焦り。
凶悪な魔物と対峙し、一人闘いを挑み互角に渡り合った末に討ち取ったヨハン。
エルザエヴォスと名乗った謎の男によれば、魔法を扱う能力は天才的で、現にディエゴに致命傷を与えるほどの魔法を放ってみせたユリア。
二人に引き換え、パウル自身は闘いを見守ることしかできなかった。
エルザエヴォスが傍観していたことを批難したが、裏を返せばそれは何も出来ない自分への怒りでもある。
二人に置いていかれることには慣れたつもりでいたが、決意を新たに自分自身を変えると誓った今では置いていかれるのは嫌だった。何でもいい。
自分にしか出来ない技を身につけなければ。
それぞれの思いを胸に秘め、三人はヴィデトの塔の屋上へ出た。
空は既に夕陽に焦がされており、日没までの時間はそう残されていないようだ。
それなりに大きな館がすっぽり収まってしまいそうな広さの屋上。
その片隅に方角を変えることができない固定された望遠鏡があった。
「これに間違いないだろう」
ヨハンは望遠鏡を覗かずに遠方に目を向けた。
遥か遠くヴィデトの塔と直線で結ばれる位置に島影が見える。
「あれが、ウラノス島……」
古より存在する前人未踏の島。
神々の国との架け橋と伝わる神秘の島でありながら、災いが出る場所とも言われる謎多き絶海の孤島。
ヨハンは望遠鏡を覗きこんだ。
鮮明に映る島は、確かに外から立ち入るのは不可能な形状をしている。
上陸地点がないばかりか、高い岩山に囲われたこの島は空を飛べでもしないと行けることはないだろう。
岩山に囲まれたウラノス島は望遠鏡を以てしても島内部の状況は殆ど明らかにならない。
それでもウラノス島を目に焼き付けよと言うくらいなのだから何か重要なものがあるはず。
ヨハンは常にウラノス島に降り注いでいると言われる厚い雲の切れ目から伸びる光の線を目で追った。
「ん? あれは?」
光が降り注ぐ地点はウラノス島で最も標高が高い場所であり、そこを目を凝らしよく見ると、何らかの紋章が浮かび上がっていたのだ。
その紋章を捉えた瞬間。
「うっ!」
ヨハンの視界が歪み、次元の狭間を思わせる混沌とした空間が渦を巻きだした。
視界のみならず意識や感覚もその渦に呑み込まれたようで、ヨハンの身体はまるで時空の歪みを突き進んでいる感覚に陥っていた。
やがて混沌の先に光が広がった。
視界が一瞬真っ白になり、その次に広がった光景は世界が色を失っていた。
◇◆◇◆◇◆
ここは一体……。
見覚えのない場所だった。
鬱蒼とした森の中に一人佇む自分自身。
ヴィデトの塔に向かう際に通った森と似ているが、そもそも森を見分けるということ自体が不可能だろう。
左右を見渡しながら何処に向かうかもわからず歩いていると、突然前方から叫び声が上がった。
それを皮切りに怒号のような叫びが後に続き、由々しき事態だと判断したヨハンは走り出す。
その先には森の出口があり、そこに広がる光景にヨハンは息を呑む。
一〇〇人ほどの軍隊が小山程もある巨大な魔物を相手に戦いを繰り広げていたのだ。
「駄目です隊長! 我等だけではとても討ち取ることはできません!」
「ここは退きましょう! 各国の援軍も時を置かずやってくるはずです!」
「駄目だ! アテナ様の力により弱体化した奴を討ち取る好機は今を置いてない! 怯むな、我等にはアテナ様の加護がついている。我に続け!」
隊長と呼ばれた男は先陣を切り、巨大な魔物に斬りかかる。尻込みする部下たちも。
「隊長を守れ! ヨハネス様に続け!」
と、自らを奮い立たせ向かって行く。
決死の突撃は魔物の振るった太い腕の一撃で半数が戦闘不能に陥るという結果に終わる。
ヨハンはツヴァイハンダーを抜き、ヨハネスの隣に立った。
「俺も助太刀するぞ!」
「お前は?」
ヨハンとヨハネスの視線が噛み合った。
するとその時再び世界が光に包まれ、一切の視界が効かなくなる。
「……ハン。……ヨハン。私の声が聞こえますか?」
頭に直接響く、透き通った女性の声。
「誰だ!?」
ヨハンは見渡す限り白い光の世界で声の主を探すが、姿はどこにも見えない。
「ヨハン。運命に導かれし者よ。私はアテナ。この世界を創造し、この世界を見守るものです。残念ながら、今の私は封印された身。ウラノス島の記憶の祭壇を通じて、時空を超えた世界でのみこうして言葉を交わすことができます。しかし、その時間も長くは続きません。正面をご覧なさい」
アテナの声に従い目を向けると白い光は消えており、そこに身じろぎもしないヨハネスの姿がある。
ヨハネスだけではなくこの世界の時そのものが止まっているようで、巨大な魔物も周りの兵士たちも何一つ動くものはなかった。
「ヨハネス……あなたの名前と似ていますね。これも運命でしょうか」
アテナはくすりと笑い、続ける。
「その者はこの世界に初めて現れた魔物、今対峙しているユミールの討伐を果たした英雄です。マナの扱いに長け、この時代随一の剣の使い手でした。さあ、ヨハン。ヨハネスの肩に触れてみなさい」
とにかく言われた通り人形のように固まったヨハネスの肩に手を置いた。途端にヨハネスの身体が発光し、泡のようになったヨハネスはみるみる内にヨハンの体の中へ吸い込まれていく。
ヨハネスの魂を宿したヨハンは自分の中で今までになかった能力が目覚めたことに気づいた。
世界に遍く存在するマナをその身に感じ、両手で握るツヴァイハンダーに意識を集中する。
するとツヴァイハンダーの刃はマナを纏って光り輝き、更にヨハンの身体もマナの淡い光の膜に包まれた。
世界の時が動き出す。
巨大な魔物、ユミールが大地を砕くには十分過ぎるであろう拳を振り上げる。
ヨハンは高く跳躍した。
これもマナのなせる技なのか、その高さは巨大なユミールすらも越え、ヨハンにはユミールの広い頭頂部が見えている。
全身全霊を込めたひと振りがユミールの頭部に炸裂した。
額を割った斬撃の威力は凄まじく、ユミールの大きな身体は中心から左右真っ二つに切り裂かれ、霧のように霧散する。
すると世界は再び歪みだし、時空の狭間に投げ出されたヨハンは流されるように異空間を突き進んで行く。
「ヨハン。これであなたはマナを感じ、その身に宿す能力を得ました。ですが、慢心してはいけません。今しがたユミールを倒した力はヨハネスの力を拝借したものです。もとの世界に戻れば、あのようにマナを自在に扱うことはできないでしょう。あなたはこれから自らの力を磨き、強くなってラー大陸を救う英雄にならなければなりません。そう、さあ、お行きなさい。デストロイアルを討ち果たし、この世界に平和と光を取り戻して下さい」
アテナの声が途切れたのと同時に、時空の狭間の先に光が溢れヨハンはそこから飛び出した。
◇◆◇◆◇◆
はっと覚醒したヨハンは辺りを見渡した。
後ろにパウルとユリアが立っていて、紅い夕陽が西の空に沈もうとしている。
「どうだヨハン。何が見えるんだ?」
パウルのなんの変哲もない質問からして、ヨハンが体験したのはこの世界において一瞬のことらしい。
二人はヨハンの変化に一切気付いていない。
「俺にも見せろよ」
ヨハンを押しのけウラノス島を臨むパウルだったが、首を傾げて、何も見えねえな、と呟き、ユリアに望遠鏡を譲った。
ユリアも芳しくない表情で望遠鏡から離れて首を横に振る。
自分にだけ起きた不可思議な現象をヨハンは胸に秘め、世界に目を凝らす。
燦々(さんさん)と煌めくマナの輝きが、今のヨハンにははっきりと見えるようになっていた。
お読み頂きありがとうございます。
何も知らないヨハンたちが少しずつ宿命に導かれている所で第一章終了です。
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