迫り来る『美と殺戮の魔女』
ヨハンたち一行がヴィデトの塔へ向かう際に立ち寄った宿屋。
主人のガレスは夕暮れ時の空を見上げながら、くちゃくちゃと煙草の葉を噛んでいた。
右手には斧を持ち、左手にはインガドル河川で釣った魚が大量に入った桶を掲げながらの帰路。
ふと前方に視線を向けると、ガレスは辟易してため息を吐いた。
行き帰りを合わせてこれで八匹目の魔物。
足元に魚の入った桶を置く。
「全く、こう次から次へと魔物が現れたら、商人たちはおちおち行商に出られねえだろうが、よ!」
勢いよく振り下ろされた斧により、魔物は脳天を割られ一撃で息絶えた。
「ったく、うざってえ」
ガレスは桶を手に取った。その時。
「うふふっ、見つけたわよ」
空から女の声が響いたのだ。
ガレスは反転して上空を見上げると、そこには宙に浮く女の姿があった。
へその部分からV字に裂けたボンテージはその女の豊満な胸を辛うじて隠す程度に纏われており、すらっと伸びる長い足は膝上まであるロングブーツを履いている。
胸元から背中に至るまで艶めかしい青白い肌を露出し、首からは禍々しい悪魔を模ったような首飾りをしている。
高い鼻にしゅっとした顎、背中まで伸びた豊かな金髪。
ガレスはこの世の者とは思えない絶世の美女の姿に生唾を飲みこんだ。
それは最早、女が宙に浮いている現実離れしている光景すら凌駕するほど。
その美しさの中、妖艶な瞳だけが氷のような冷たい光を帯びているが、それすらもこの女の魅力を引き立てる要因なのかもしれない。
女はガレスには気付いていない。
北東の方角を眺めながら、薄紫色の唇の口角をきゅっと引き上げ微笑している。
「抜かったわねエルザエヴォス。あなたの思念、捉えたわ。こんな辺鄙な場所に現れたということは、うふふ。そういうことよね」
性別を問わず虜にするような色気に染まった微笑み。
だが冷静な心で見れば、邪悪が顔を覗かせているのに気付くだろう。
この美貌に抗える者などそういるとも思えないが。
ガレスもまた心を奪われ呆然と見つめていた。
その間、女が何やらぶつぶつ口を動かしていることすら気付かない。
異変に気付いたのは既に尋常ならざる事態に陥ってからだった。
黒い渦を巻いた異界の門が女の真下に現れたのだ。
ガレスからは空間に黒い巨大な穴が開いたように見えたが、驚愕すべきはその先にあった。
穴からは次から次へと魔物が姿を現し、それら全ての魔物にガレスは見覚えがなかった。
明らかに倒してきた魔物たちより凶悪。
そう感じ戦慄するガレスの手から斧が滑り落ちた。
「あら?」
女の妖しい眼差しがガレスに向いた。
ふわりと地面に降り立った女はガレスの目の前まで歩んでくる。
一歩を踏み出す度に大きな胸が上下に揺られ、あまりの官能的刺激にガレスの目は釘付けになった。
「ごきげんよう」
全てを魅了するような微笑みが向けられ、ガレスは目眩がする心地に陥った。
理性がとろけそうになりながらも、ガレスは魔物の軍団が北東へ進軍している光景を見て我に返った。
「ごきげんようって、あんた、あの魔物たちは一体!?」
「私の可愛い下僕たちよ? ところでおじさま。最近この辺りに黒衣のローブを纏った魔道士のような人物が現れなかったかしら?」
魔物が下僕? 何を言っているんだこの女は?
混乱と驚愕で次の言葉を紡げないガレス。
女はそんなガレスの顔を覗き込む。
「知らないかしら?」
「あ、ああ、魔道士? そんな怪しいやつは見ていない」
それを聞くと女はにっこりと微笑んだ。
「そう。ありがとうおじさま。自己紹介がまだだったわね。私はオルフェリアっていうの。覚えておいてね」
オルフェリアと名乗った女は手にしている杖の宝玉部分をガレスに向けた。
すると紫色の宝玉が光を帯びたかと思うと、次の瞬間爆発がガレスを襲った。
爆発の直撃を受けたガレスは吹き飛ばされ地面に叩きつけられた。
血みどろのガレスは既に意識を失っている。
「さて、エルザエヴォスの思念跡を追いましょうか」
オルフェリアは再び宙に浮くと、進軍する魔物たちの後を追った。




