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ラグナロククエスト 『神々に翻弄されし運命』  作者: 風花 香
第一章 宿命を背負いし者たち
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覚醒するチカラ

 回転しながら宙を舞い、それは草むらの上に落下した。

 断末魔を思わせる叫びが辺りに響き渡り、森林から鳥の群れが一斉に飛び立つ。


「こんな、バカな」

 

 魔獣ディエゴはフレイルを握っていたはずの右手の肘を左手で抑えている。

 見れば鮮血が滴り、草の上に濃密な青が広がりつつある。

 なんとディエゴが抑えている右腕は肘から先が消失しており、先程落下した物体は紫色の太い腕と、その手に握られたフレイルであった。

 

 完全に隙を突いたディエゴからしてみれば、自分が手傷を負ったこと、それも腕を切断されるほどの一撃を受けたことが信じられなかった。

 ヨハンは両手でツヴァイハンダーを握り、下から斬り上げた体制のまま肩で大きく息をしている。

 頬に傷を負い、赤い筋が顎へ伝って音もなく地面に吸い込まれる。

 

 あの一瞬ヨハンは振り下ろされるフレイルに自ら向かっていったのだ。

 一歩間違えれば顔面に直撃を受け粉々に砕かれていたであろう局面で、下半身のバネを使い身体を跳ね上げ、両手剣の破壊力を乗せた渾身の強襲。

 頑強な肉体を持つディエゴといえども、この一撃には無事ではいられなかった。


「やりやがったヨハンのやろー!」


 歓喜の叫び声を上げるパウル。

 実力的にほぼ拮抗しており、どちらかといえばヨハンが押され気味な戦況で、腕一本斬り落とした戦果はとてつもなく大きい。

 隣に立つユリアも同じ考えのようで安堵の表情を浮かべパウルと頷きあう。


「覚悟はいいか?」

 

 ヨハンはツヴァイハンダーの剣先をディエゴに向け問う。

 ディエゴは残った左手をヨハンに向けて伸ばした。

 手放した右肘の断面からは止めどなく鮮血が溢れ、血塗れの掌を相手に向ける姿は遠目から見れば、待ってくれ。と命乞いをしているように見える。

 

 しかし対峙しているヨハンはディエゴの戦意が失われていない事に気付く。

 俯き加減にこちらを見る目には、憤慨の念が篭っているのがひしひしと伝わってくる。

 とはいえ武器も持たず重傷を負ったディエゴは何を狙うのだろうか。

 不気味な沈黙を警戒し、飛び込めないでいるヨハン。

 

 突然ディエゴの掌が眩しく光った。

 直視したヨハンは目が眩んでしまったが、直前にオレンジ色の光が自分に向かって伸びてきたのを認識した。

 咄嗟に危険を察し、横っ飛びをしたヨハンだったが右足に灼熱を感じる。


「ぐっ!?」

 

 眩む目を開け右足を確認すると、履いている革のブーツが炎に包まれていた。 


「ぐああっ!」

 

 必死に地面にブーツを叩きつけ消火を試みるヨハンだが、火の勢いは強く、容易には消えない。

 両手を使い何とか燃えるブーツを脱ぐ事に成功したが、ヨハンは右足と両手に火傷を負ってしまった。

 

 このディエゴの放った火炎こそが、山賊たちを燃やし尽くした技に違いない。

 ヨハンは考えが至らなかったことを悔いたが、大きなダメージを受けてしまった後では後の祭り。

 両手は比較的軽度の熱傷で済んだようだが、右足にはジンジンとした灼熱感が鋭い痛みを突き上げてくる。


「手間を掛けさせおって! マナも扱えぬ脆弱な虫ケラがこのディエゴ様に何をしたぁ!」

 

 激昂するディエゴの掌が再び発光し、火球がヨハン目掛けて飛んで来る。

 これを何とか回避したヨハンだが、足を襲う激痛は長くは闘えないことを自らに告げていた。 

 火球は火柱を上げ草花を燃やし尽くし、瞬く間にその地を不毛地帯へ変える。

 

 マナ。

 ヨハンはその名を謎の予言者も言っていたことを思い出した。

 マナとは一体何なのか? ディエゴの放つ火炎もそのマナの力によるものなのか。

 今はその答えは導き出せない。

 

 パウルとユリアは一瞬にして絶望を感じていた。

 ヨハンが有利になったと思った矢先の衝撃的な攻撃。


「反則だろ! そんなのよー!」

 

 パウルは地団駄踏む。

 そのパウルを嘲り笑うディエゴ。


「はあっ!」


 痛む足に鞭打ち、斬りかかるヨハンだったが本来のスピードは影を潜め、ディエゴはふわりと浮き上がりその攻撃を避けた。

 そして空中から次々と火炎を発射した。

 直撃こそ避けるヨハンだが、火炎が地面に接触した瞬間に広がる火柱の飛火は回避しきれず、今や顔や身体にも熱傷を負っている。


「パウル! ユリアを連れて逃げろ!」

 

 ヨハンは叫んだ。

 それは敗北を悟ったからに他ならない叫びだった。

 自らが時間稼ぎの犠牲になるから今のうちにここから逃げろと。

 

 ヨハンの悲痛な覚悟を聞いたパウルは目の前が暗くなる思いだった。あのヨハンが負けるのか? あのいつだって自信満々で余裕たっぷりのヨハンが。

 幼い頃からヨハンを知っているパウルには信じられなかった。

 いや、それ以上に信じたくなかった。


「そんな。ヨハン嫌よ」


 ユリアは目に涙を潤ませ、よろよろと闘いの渦中へ足を踏み出していく。

 茫然自失としていたパウルもはっとなり、慌ててユリアの腕を掴んだ。

 ユリアは腕を振り回し抵抗する。


「嫌よ離して! パウル、ヨハンを助けないと! 逃げるなら三人一緒じゃなきゃ嫌よ!」

 

 普段は飄々として朗らかで冷静なユリアが取り乱している。腕を掴むパウルを、その紺碧の瞳で睨みつける。

 パウルは一瞬たじろぐが唇を噛み締め、ユリアの細腕を更に力を込めて握った。


「ぐあっ!」


 ヨハンの呻き声に二人は振り向く。

 火球を紙一重で躱したヨハンに、空中から滑空したディエゴがその太い足で蹴りを見舞ったのだ。


「これでとどめだ。死ねぇ!」

 

 うつ伏せに倒れるヨハンに火球を放とうとするディエゴ。

 ヨハンは避けられない、万事休す。

 その時。


「いやあぁぁぁぁ!」

 

 ユリアの金切り声が辺りに響き渡ると同時に、凄まじい突風が巻き起こった。

 突風はユリアを起点に発生し、腕を掴んでいたパウルはその勢いに手を放し尻餅をつく。 

 

 突風は螺旋を描き吹き荒れ、一弾となった緑風りょくふうはヨハンとディエゴが闘う戦場へ一直線に吹き抜ける。

 まるで風そのものが意思を持つかのようにヨハンを避け、その奥でまさに今、業火を放とうとしているディエゴを襲った。

 螺旋の先端を尖らせた風はディエゴの胸部を穿ち、接触した瞬間に竜巻となって包み込んだ。


「ぐあぁぁぁっ!」

 

 竜巻の中からディエゴの絶叫が轟き、吹き飛ばされたディエゴが地面に叩きつけられた。

 ディエゴの胸は大きく抉られ、体中がずたずたに切り裂かれている。


「こ、こんなバカな! あんな小娘がこれほどの……」


 驚愕の表情でユリアを見やるディエゴ。

 覚束ない足取りで立ち上がるが、さらなる驚きに目を限界まで見開く。

 眼前に剣を振りかぶるヨハンの姿があったのだ。

 勝機はここしかないと判断したヨハンは、力を振り絞り一気に間合いを詰めていた。


「ま、待てっ!」

 

 ディエゴの制止の叫びとヨハンの一閃。

 そして首が刎ねられたのはほぼ同時であった。

 その叫びはもしかしたら宙を舞う首が発していたかもしれない。

 首を失ったディエゴの大きな胴体は、身体の至るところから青い血を流し、ゆっくりと前のめりに倒れた。

 落下した首は絶叫した表情のまま固まっており、横向きに倒れ転がった。

 

 勝った。

 一度は敗北を悟り死も覚悟したが、一瞬の勝機を逃さずこの強大な敵を辛くも倒すことができた。

 気張っていた神経が緩み、倒れ込みそうになるヨハン。

 剣を地面に突き刺し、それにしがみついてようやく立っているヨハンの右足は、もう歩くことも困難なほどの激痛に襲われている。

 赤くなった皮膚は裸足で動き回ったせいもあって、皮が剥けて更に赤い血肉が覗けている有様だ。


「ヨハン!」

 

 駆け付けたパウルはヨハンに肩を貸した。

 普段のヨハンならパウルの肩を借りることなどあり得ないが、今はそれを拒否する気力もないようだ。

 力無く体重を預けてくるヨハンの身体をパウルは力強く支えた。


「お前はすげぇ。すげえよヨハン」


「ヨハン! 大丈夫!?」


 ユリアは心配の色を顔中に広げてヨハンの前にしゃがみ込み、足の状態を確認した。

 思った通り状態は芳しくなく、早急に手当をしなければ、傷口から雑菌が入り破傷風になるかもしれない。


「とにかく塔の中に入りましょう!」

 

 ヴィデトの塔は聖なる力で魔物を寄せ付けないと宿屋の主人ガレスが言っていた。

 それに今しがた倒したディエゴの言葉の中にも結界が張られているというものがあったので、一先ず安全な塔内に入ることが先決だった。


「くっ、すまない。しかし、さっきの風の力は一体」


「今はあまり考えないで。私にもよくわからないわ」


 そう。先程の闘いで勝利するきっかけとなった突風。

 あれはユリアから発せられたように見えたが、あれが一体何だったのかは三人には判らなかった。

 だが今はその謎よりもヨハンの手当が第一。

 ヴィデトの塔の重厚な扉を押し開き、三人は中へと入った。


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