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序章

 人間が住まう世界ラー大陸。

 この世界の最北西に濃霧の大地と呼ばれる大きな島がある。

 その島は年中濃い霧に包まれており、上空を覆う黒雲からは絶えず鋭い光が轟いている。

 周りの海洋は荒波が唸りを上げ、怪物たちが破壊神として君臨し近づくものを拒んでいる。


 この島には決して普通の人間は渡れない。渡れるのは悪に魂を売り、その実力ちからが認められた者のみ。

 この濃霧の大地こそ、ラー大陸を恐怖と絶望の世界に叩き落とした悪の権化、大魔神デストロイアルの根城だ。

 

 今日(こんにち)では毒の沼地から発生する瘴気に冒され、枯れ果てた草木だけが立ち並ぶ死地として知られている島だが、もとを正せばこの濃霧の大地、決して邪悪な島ではなかった。 

 むしろ神々しい輝きを放つ聖地として、ラー大陸の人々に認知され敬われ、そして親しまれていた。

 

 本来の名はシャインガーデン。

 ラー大陸の守り神、精霊神アテナを祀るギルガメシュ神殿が聳え立っていた神聖な地。

 八年に一度訪れる精霊の年、精霊の月、精霊の日には世界各国の国王が参拝する行事も存在した。

 

 かつて魔王がラー大陸を支配していた時代があった。

 アテナは封印され、全世界が闇に陥れられたとき。

 天空そらより舞い降りた若者、後の英雄ボルグはかの悪を打ち倒し、アテナの戒めを解き世界に平和を取り戻した。

 このときにボルグは地上のすべての魔物を討ち滅ぼし、完全なる平和が五〇〇年間続いた。

 ボルグが魔王を倒した際に使用した太陽石は、当時ラー大陸内で最も支配力の強かったインガドル王国に受け継がれることとなり、その神秘の力はラー大陸を守る伝説の道具として堅牢な扉の奥にある太陽の台座に納められたという。

 そして、その後のボルグの消息については何もわかっていない。

 

 現在では昔話としてしか語られなくなった英雄ボルグと魔王の死闘。

 現在いまが平和な理由わけを伝えるための語り継ぎであり、ボルグの完全勝利を謳う喜劇の物語。

 魔物が地上から姿を消したことで永遠の平和が訪れるのだと、当時のラー大陸の人々は思ったことだろう。

 しかしその喜びと幸せの裏では、知られざる闇の歴史も静かに頁を刻んでいた。

 ボルグと魔王が激突した場所はシャインガーデンに聳え立つギルガメシュ神殿だった。

 戦場と化した神殿は半壊し、平和が訪れた後に修繕、改築がなされ美しい外装を帯びた本来の姿を取り戻した。

 しかしその改修工事の最中、二人の工事従事者が行方不明となる事件が勃発。

 懸命の捜索が続けられたが二人の足掛かりとなる証言や痕跡は得られず、当時の状況から考えられる可能性として、誤って崖から海に転落したという不慮の事故として真相は闇のまま事は片付けられた。

 このとき、誰一人として気がつくことはなかった。

 いや、気がつくはずもない。

 幾多とある崩れた足元の内の一つ。人一人がやっと通れる程度の小さな穴が、地下へと永遠に伸びる虚空となっていることなど。

 ましてやその穴は二人を呑み込んで間もなく完全に塞がってしまったのだから、知る術もない。

 そして、その先にはラー大陸の人々が想像するに及ばない別世界が広がっていることなど無論、知る由もない。

 

 五〇〇年という長い、いや平和な世界においては短い時が過ぎ、闇は加速して世界を蝕んでいった。

 濃霧の大地がシャインガーデンと呼ばれていた頃までは、ラー大陸は平和を謳歌していた。

 そう、デストロイアルの現れる一三五二年までは……。


 ラー大陸歴一三五二年。悪魔の年、竜の月。

 世界各国から選りすぐられた賢者、高僧、予言者たちおよそ三〇〇人が、インガドル王国の王都であるインガドル城の儀式の間一室に集められ、毎年恒例の占いの儀が厳かに執り行われていた。

 ラー大陸では年の始まりである竜の月の一日に、その年の吉凶を占うのである。

 賢者が吉凶を占った後、結果が悪ければ予言者が災いの種を予言し高僧が神の使いとなりアテナに祈りを捧げ、ラー大陸の人民が三日間断食すれば大運良吉の結果に変わるとされている。

 この年の占いの結果は大運良吉であり至上の結果だった。

 占いの儀が行われている時間帯は閉店していた肉屋も酒場も御触れを聞くと店を開け、歓喜に沸く国民が一同に集う。

 祝宴の準備を命じる国王。占いの結果が良い年には国内は静寂から愉快な喧騒へと変わる。

 だが、予言者たちの占いなどは役に立たなかった。

 誰も知らないところで、既に恐ろしい災いの手が伸びていた。

 

 禍々しい真赤な三日月がインガドル城の尖塔にかかった時、突如として魔物の軍団がインガドル城を襲撃し、宝物殿からラー大陸の至宝である太陽石を奪い去ったのだ。

 五〇〇年前伝説の勇者ボルグが神より授かり、魔王を打ち倒す際に用いたといわれるあの太陽石を――!

 

 城内は騒然となった。

 だが、その直後である。想像を絶する大地震がラー大陸全土を襲ったのは。

 凄まじい鳴動とともに大地は裂け、山間の村は瞬く間に地底へと飲み込まれた。

 幾つもの火山が怒り狂ったように轟音を立てて噴火し、赤黒い溶岩は近隣の街や村を一掃。

 跡形もなく消し去ってしまった。

 地鳴りは遠く海を隔てた南国まで響き渡り、上空を覆った噴煙は遥か東に浮かぶ孤島からも見えたという。

 

 特に震源地であるシャインガーデンは酷かった。

 ラー大陸の平和の象徴と云われたアテナを祀る神殿は無残に崩壊し、大津波は島中の命あるものを根こそぎ地獄のような海へと連れ去った。

 かつてラー大陸が平和と栄華を謳った象徴とされる歴史的建造物の姿は、どこに求めようもなかった。

  

 三日三晩続いた地震が収まった頃、震源地シャインガーデンの南に位置する大大陸ヴィーグリーズでは、美しかった森林や広大な草原、田園地帯の殆どが砂漠や荒野に姿を変えた。

 また地鳴りにより大陸のあちこちに亀裂が生じ、海水が競うようになだれ込んだ。  

 亀裂は海峡と化し、ところによっては辛うじて大陸の原型を留めているに過ぎない。

 各大陸には魔物が何処より出でて、各国収拾のつかない深刻な事態に陥った。

 

 そして、変わり果てたシャインガーデン、いや濃霧の大地から不気味な、それでいて威厳ある声が響き渡る。

 声の主は自らを大魔神デストロイアルと名乗り、言い放った。

「聞け! 愚かな人間どもよ! アテナは封印し太陽石も我が手中に収めた。この世界は我が支配下とする! もがくがいい弱く哀れな人間どもよ。貴様等の苦しみは我が喜び。死に逝く者こそ美しい。全世界を征服する王の礎となって死ねることを誇るがいい!」


 ――これが、一三五二年。悪魔の年、竜の月の出来事である。

 ここから物語は始まる。

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