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1.これからの方向性

シンプルながら職人の技が光るベビーベッドから天井を見上げる。豪華絢爛、とは行かないがさり気ないながらも美しい細工が至る所に施された品のある室内。前世の私にもましてや聖女だった私ですら、別世界に思える場所、あ、本当に別世界か。


生まれて数日が経つが、羞恥プレイと拷問の日々である。だってもう、曲がりなりに2度も成人してるのにオムツ替えされ授乳まで……泣きそう。


「うーあぁ」


その上、ベビーベッドの上で可能な動きといえば、眠っているか、手足をパタパタさせてあ行の言葉にならない声を発するのみ。赤ちゃんってこんなに暇なのね。


「起きたの、ミリアン?」


穏やかな小川のせせらぎの様な優しい声が聞こえると身体に浮遊感があったあと温かなものに包まれた。この世界での母、ソフィアに抱きしめられている。


「あう、あー(おはよう、お母様)」


「ふふ、おはよう」


おっふ。今日もとてもお美しいです。


緩いウェーブの掛かった豊かなバターブロンドの長い髪、長く伸びる睫毛に縁取られたエメラルドグリーンの瞳は上品なジュエリーのように輝いている。きめ細かい肌は滑らかで、形の良い唇はいつも優しい笑みを浮かべている。スタイルも素晴らしく、いわゆるボンキュッボン。しかし下品には全く見られない。まさに女神。いくら完璧に花開いた大輪の薔薇も彼女の前では恥ずかしくて閉じてしまいそうな美貌。パルテも綺麗だったが、お母様もまた違う方向性を持った美しい女性である。


え? 褒めすぎ? いやいや、生まれてから日が浅い私にとって母親は世界の殆どを占める存在。あながち女神といっても過言ではない。それが絶世の美女ならば、崇め奉るでしょう。ええ、もう。水色の牝鹿なんて見えてないよ。


『ねぇソフィア、アーサー出迎えにいくんじゃないの?』


喋った。鹿が。


「あら、そうだったわ」


鹿は落ち着いた少し低めの女性声をしていた。お母様はとても温かな優しい声だけど、彼女?は少し冷たいようにも聞こえる。お母様は私をベッドに下ろした。


「お父様をお迎えに行ってくるわね、ミリアン。ハーゲル、ミリアンを少し見てて貰えるかしら?」


『任せて』


え、ちょ、お母様!? 私は鹿さん、もといハーゲルさんと二人きりですか? あれ、1人と1匹!?


こちらの戸惑いなんて知らないようで、お母様は部屋を出ていってしまった。どうしよう……ハーゲルさんはお母様が出ていってから1言も話さない。


「あーう、あー(ハーゲルさん)」


声を掛けてみても、こちらを見るだけで声を掛けてくれることはなかった。ハーゲルさんは声の感じと角がない事からたぶんメス?女性? 凛とした綺麗な顔立ちの鹿さん。修学旅行で行った奈良の鹿を思い出す。しかしあの時と違うのは毛色とまわりに纏う気のようなもの。毛色は全体的には空色だけど足元は純白でまわりにキラキラと小さな粒が光っていて少しひんやりしている。


明らかに普通の動物ではない。まぁ、喋ってたしね、うん。聖女の時の世界にいた使い魔のようなものなのかな?でも、お母様が魔法使いだなんてあんまり思えないし……そもそも魔法がこの世界にあるかも分からない。


寝返りもまともに出来ない赤ちゃんの私にはこの世界について調べられることなが無さすぎる。


「あーぁう」


これでも、教会で聖女として働いたり、魔物を倒したり、魔王との戦いを経験したり、普通に会社で働いてそれなりにやっていたのに。そんな記憶の中の経験値なんて、今の体じゃ何も活かせない。この世界はきっと今までとは全然違う所なんだろう。記憶なんて、なんの意味があるんだろうか。


美しいシャンデリアに手を伸ばす。手も腕も、柔らかくて白いパンのようで短くすぐに折られてしまいそうに弱い。


パルテが私に求めている人生って、一体なんなのだろうか。英雄として名を残す? それとも世紀の大発見!とか見つけて名誉を得るとか? そんなの嫌だ。絶対苦労するもん。また言われもない変な噂建てられて虐められたり、勝手に仕事押し付けられたり絶対するんだ。またそんで過労死か業務上過失致死だ。冗談じゃない。


きっと、いや間違いなくこの家はお金持ち。もしくは貴族なのかもしれない。聖女の時に憧れていたあの貴族。そうならきっと、それなりの家に嫁いで夫を支えながら子供を育てる、そんな当たり前の人生を容易に遅れるような気がする。素敵な殿方と大恋愛なんてしなくていい、むしろ男に興味はない。ただ穏やかな人生を送ろう。


私が急に静かで動かなくなったので心配したのかハーゲルさんが顔を出して覗き込んできた。


「あーうぁ」


大丈夫だよ、という意味を込めて手を伸ばす。すると頭をこちらに下げてきた。撫でていいのかな……? 恐る恐る触ってみると以外と硬い毛質。そして纏う空気と同じくひんやりとしていて気持ちいい。そういえば、パルテは好き勝手に生きろって言ってたっけ……


なら、好きにさせてもらえばいいんだ。私の望む、平凡で平和な日々を目指せばいいのか。


「あい、おー(ありがとう)」


ひんやりしたハーゲルさんのおかげで頭がスッキリした。そうだよ。好きに生きればいいんだ。

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