0.プロローグ
闇のように黒く見上げるほど巨大な扉の前に立つ。中からは禍々しいオーラが流れていて、これからの戦いも厳しいものになると予想される。
「この先に、魔王がいるんですね…」
私の呟きにローブ姿の女性と鎧を着た兵士が頷く。輝く剣とマントを付け、金髪が輝く美少年はただ目の前の扉を見ていた。
「みなさん、中に入る前に少し私の前に来てください」
すぐに集まる…と思いきや2人しか来てくれないので動かない奴の所へ3人で行く。残り少ない魔力を込めて癒しの演唱を唱える。
「ちょ、あんた、今こんなことしたら…!」
「いいんです。私にはこの位しかできないのですから」
ここまで守ってもらったのだから、聖女として当然だ。貧しい家に生まれた私が聖女になって勇者と旅に出るなんて思ってもいなかった。最初は初対面の人ばかりでギクシャクしていたけど、今はもう大切な仲間。生きて3人で帰りたいと思っている。
「勝利をお祈り申し上げております」
「聖女様の祈りがあれば、当然勝てますぜ」
「そうだね、負けないよ」
頼もしい笑顔に私も頬が緩む。2人がサポートしてくれればきっと……
「魔王!俺はお前を倒しに来た!!」
感動的なシーンをガン無視して扉を開けるのは我が一行のリーダー勇者様。
「いやだから、いつも空気読めって言ってるだろうがああ!」
自分の叫びで飛び起きると、夢の中の出来事に頭を抱える。アイツまじでなんなんだよ、普通こう、皆で士気を高めるて作戦立ててから行くだろ普通……魔王だよ?最終決戦だよ?毎度の事ながらアイツ本当に勝手すぎる……
ブツブツと夢の中の残念イケメンに文句を言いながらも身体はいつも通り朝支度をする。最近頻繁に見る聖女になった夢。器用貧乏で断れない性格やなんか苦労してる感じに親近感が湧いて密かに応援している。
「いってきます」
まぁ、誰もいないんだけど。
何連勤目か数えるのすら面倒になっている今日、珍しく終電より前で帰れる。効率が悪い私がダメなのかもしれないけど、ダメとわかってるならあそこまで仕事を振らないでほしい。お前の仕事じゃんか……まぁいい。今日はいつもより多めに寝られそうだ。バカ勇者がどうなったか見届けないと。
ホームで電車を待つ。帰宅ラッシュなのか人が多くザワザワとしている。いや、それにしても騒がしくない? 前を覗き込むと、線路内に飛び込もうとする中年サラリーマンが見えたは?ばかじゃないの?もう電車来るんだけど!!
考えるのが早いか、動くのが早いか、私は手を伸ばしてサラリーマンの腕を掴み力いっぱい引っ張った。彼をホーム内に連れ込むことに成功したが、その反動で今度は私の体が投げ出される。
あ、終わった。世界がスローモーションになっている。ゆっくりと電車が近付いてくる。死が迫ってくる中で頭に流れる走馬灯。
“馬鹿野郎…!なんで勇者を庇うなんて”
“魔王倒して、3人でまた旅に出ようって約束したじゃぁねぇですか…!”
“おのれ魔王…!良くも俺の仲間を”
……ここでも夢かい。しかも死んでるし、縁起悪…
なんかガッカリした直後、強い衝撃により私は意識を失った。
◇◇◇
気が付くと、私は森の中にいた。中央にある湖も、地面に生えている草花も、生い茂る木の葉も、光が反射して優しく輝いてどこか幻想的な所。
「きれい……」
ここは天国みたいな所なんだろうか、見たことの無い場所のはずなのに、どこか懐かしい気がする。あのまま死んだんだろうなぁ私。そしてあの聖女も。生まれ変わったら今度は自由に生きてくれ。私はここでのんびりしますから。
「こんっの馬鹿者!!」
「ひぇっ」
さっきまで誰もいなかったはずなのに目の前に女の子が現れた。
「だ、だれ…?」
小学生くらいだろうか、頬を膨らませて怒っているのが、不謹慎ながら可愛い。大きな瞳と綺麗な髪、そして白いワンピースから覗く手足は綺麗に伸びて健康的な美少女に見える。色合い以外は。
「わしはパルテじゃ。世界の輪廻転生を司っておる神である。お主は死んだのじゃ、電車に引かれての」
美少女、もといパルテの肌は陶器のように青白くも見える真っ白で滑らかな肌、目が血のように紅く、髪も純白で光を反射させて輝いていた。神秘的な姿が幼い容姿に似合わない古めかしい口調と相まって、普段なら信じないであろう言葉も信じられてしまう。
「まったくお主は人がいいにも程がある!2回も無駄死にしおって……」
パルテは腕を組んで大きくため息をついた。2回?無駄死?どういうこと?私の頭のハテナに気がついたのか、呆れ顔で答えてくれる。
「1度目、お主は聖女じゃった。貧しいながらも優しい家庭に生まれたお主は、聖女としての能力が開花すると家族や村の者達の期待に答えるべく、勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に出た……」
パルテが話したのは夢の内容と全くおなじだった。勇者に振り回され予定より遅れながらも魔王のいる城へたどり着き決戦に至る。
「油断してよそ見をした勇者を庇い、お主は死んだ」
「それじゃ、勇者を庇ったんだから無駄ではないんじゃ……」
「いや、あの後勇者達は負けた」
「まじか……」
これはマジかしか言えないでしょ。犬死じゃんか。こっちの落ち込みようなんて関係なく、パルテは話を続ける。
「その後、わしはお主を転生させた。あの世界だったのは気分じゃ。わしら神は基本的に人には干渉しない存在だからのぅ」
「じゃあ、今この状態もおかしいのでは」
「最後まで聞け馬鹿者」
叩かれた。地味に痛い。
「でじゃ、地球で生まれたお前さんは、一人っ子共働きの家庭でコミュ障。運悪く就職したブラック企業で仕事だけの日々。断れない性格から仕事を押し付けられ疲労困憊」
地味にディスられている。しかし反論出来ない。
「このままでは過労死とかまたくだらない死に方しかせんじゃろうと思って、記憶をおしえてやったのに、また人助け空回りじゃ!」
「え、空回りなんですか!?」
「お前が助けた男は別に死のうと思ってたわけでもない!ただフラっとしただけじゃ!お前が引っ張らんでも生きてたわあ!」
パルテに指を刺され、頭に雷が落ちたかのような電撃が走った。これは本当に、言い訳のしようがなく、無駄死にだ。もう嫌だ。もう行きたくない。天国でも地獄でもいいから捨てておいてほしい。
「情けない……情けなすぎる……!!こんな生き方しか出来んやつは天国はおろか、地獄にも連れて行けんわ!
いいか、お前はこれからまた別の世界へ送る。わしが満足出来るような生き方をせんかったら、また転生させ続けるから心せよ。普通人間はもっと好き勝手生きるものじゃ!」
「は?え、いや、もういいですから、十分ですから!」
「うるさい!特別にどっちの記憶も持って言っていいから、さっさと行けぇええ!」
華奢な身体からとは思えない力で蹴り飛ばされ、私は池に落ちた。
◇◇◇
(蹴ったよ、あの暴力神…って、ここどこだろう……)
真っ暗な世界。ふわふわとどこかに浮かんでいるような感覚。暖かくて心地よい。
「奥様、もう少しですよ!」
「うっ…は、ぁ」
「ソフィア…!」
外から声が聞こえる。そして向こうから光も見えてきた。あそこに行けばいいんだろうか。光に近付くに連れ、道はどんどん狭くなる。しかし後ろから押し出される感覚があり、そのまま身体を外に出す。強い光と息苦しさを感じる。
「おぎゃあああああ…ぎゃ、(息できない!? ん?)」
「まぁ、奥様!可愛らしい女の子ですよ」
私、生まれました。