鏡
隆司は、破綻しつつある論理の河を堰き止めようと思考を巡らせることにした。
一度、状況を整理しよう。まず、非科学的現象は完全に否定する。これが大前提。
嘗て、地下に通じる道が確かに存在した。それが一日で無くなった。
一番理解しやすいパターンは、老朽化の著しい地下が崩落し、きれいさっぱり消滅した。通路は塞がれた。潮はどうなる?
潮は死んだのでは。
待ってくれ。何かが変だ。
何が変なんだ?
潮が死んだと仮定すれば、部室が消滅したことの手がかりになりえる。大掛かりな建築用クレーンで、部室棟ごと破壊し、地下の様子を見てみることで、証明は完遂する。
非常に大胆な仮説だけに、このゲームの達成感は大きいはず、だ。
だから、それでは何かが駄目なんだ。
何が駄目なんだ?
理由は説明できない。ただ、なんとなく駄目なんだ。
隆司くーん。君は、自分の論理構成を、ペットのように可愛がるそうじゃないか。五歳の時に証明した円積問題のペーパーを金庫に入れているんだろう。
昔からずっとそうじゃないか。君の行動は、全て、体系化した論理に基づいている。そう、まるでロボットのように。君の人間的感性は、精々、人を殺してはならない、ということくらいしかインプットされていない。
今回だってそうだ。科学的見地から導いた結論は、破壊と滅亡。物体が跡形もなく消える手段として担保された唯一の方法だ。
人間の死が恐ろしくなったのか。なるほど、確かに、その情報だけはインプットされているんだった。
でも、今回のケースは、非常にシンプルだ。思考の迷い何て存在しえないんだよ。
さあ、隆司。君の頭には、結論がうごめいている。それがベストな答えなんだ。
ああ、なるほど。君は潮の死が受け入れられないんだね。
潮は君の何なんだ? 友達? 後輩? それとも……。
違う。 そういうわけではない。僕は科学を……。
君の拠り所は、科学と同時に聖書だ。
そういうところが僕は嫌いなんだ。
僕のことが嫌いか……。 僕は僕に嫌われているんだ。
「あの、大丈夫ですか」
安風の声がふと耳に入った。
「すごい汗ですね。しかも冷や汗だ。これはショックの予感がしますな」
ああ、安風が羨ましいよ……。 病気か?
振り向くと、安風の華奢な背中を映し出す大きな鏡があった。
「この鏡、前からあったっけ」
「そう言えば、もっと小さかったような」
隆司は、鏡の前に立った。やつれた表情が、そのまま跳ね返ってきた。
「鏡って不思議だと思わないか。自分と全く同じ物体が映った世界。これもまた、あらゆる意味で調和のとれた三次元だ」
隆司は、鏡面を薄っすらとなぞった。
「鏡を見ると、どれだけひねくれていても、次第に笑ってしまうことがあるだろう。鏡は、自分の内面を描き出してくれるんだ。鏡の姿に嫉妬してしまいそうだ」
鏡の中が本当の世界なのか?
鏡の外にいる僕は、偽物?
鏡面をなぞる手が、少しばかり、反対側の世界に入ったことに、隆司は気付かなかった。




