半分日常
部室棟に足を踏み入れてから、地下に通じる道が無くなっていることに気付くまで、数分の空白が存在した。隆司自身の迷いが、日常的光景に干渉したと言えば、それも一つの理由として考えられる。
「おや、珍しいお客さんがお越しで」
隆司が入り口でまごついていると、潮と同じように、授業を怠けていた佐藤安風が姿を見せた。相当の皮肉を交えた唄を読むのが得意な文学部長で、成績は、潮に次いで二位。将来は、革命勢力の扇動に一役買うだろう。
「妙に難しい顔つきでいらっしゃる。受験に怖気づいているのかしら」
安風は隆司の方をちらっと見て、皮肉な笑いを浮かべた。
「優秀な先輩に限って、どこぞやの馬鹿とは違うと思っていたのに……」
「その馬鹿って言うのは誰のことだい?」
隆司は、思わず聞き返した。
「言うまでもありません。先輩御贔屓の写真部部長ですよ」
隆司は、
「何だ、潮のことか」
と言った。
「あいつだって十分頭いいのに、何ですか。来年の受験が心配だから?先輩と一緒の高校に進学出来るように、今から勉強するですって。本当に意味が分からない」
でも、潮にとって、本を読むことは生甲斐なんだよな……。
「それはそうと、今日はそいつの顔拝んでないな」
「いつも会うのか」
「それはそうですよ。部室に二十四時間籠っているのは、あいつと私と、いじきたないゴキブリぐらいなものですから。なのに、教員たちは、文化部のやつら全員が不良行為を働いているだなんて、レッテルを張るんだから」
隆司は、苦笑いと同時に、かずさんの顔を思い浮かべた。
確かに、教員の中でここのことを理解しているのは、かずさんくらいだからな。
「昨日の夜、トイレに行こうとして、部室棟を出かけた時、ちょうどあいつと鉢合わせになって。それ以来会ってないんだよな……」
安風が首を傾げるのにならって、隆司も、この不可解な謎を考え始めた。
「一時的に帰宅した、ということはないのか」
「それはないと思いますよ。あいつの家、なんかの理由で消えたらしいですから」
「嫌いな割には随分と詳しいんだな」
隆司は言った。安風は、それは当たり前のことです、とでも言いたそうな顔をした。
「麻雀の世間話として恒例ですからね」
「あ、そうなんだ」
家が消えた。 物理的に消えたのか、それとも家族の事情で帰る家がなくなったのか?
そういった素振りを見せたことはなかったよな……。
そもそも潮の姿が見えないのは何故だ?
部室棟の地下にいるから? そうだ。写真部室は地下にある。ここは、地上。だから、あの薄暗い路を通らなければならない。
あれ、何かが変だ。
地下通路の入り口、無くなってない?




