神様と科学 その3
目覚めの朝を彩る、曙の空は、広く澄み渡っていた。朝もやの幻想に心躍った昨日と比べて、こちらの方が穏やかだと感じるのに、特段と理由はなかった。
隆吉の姿は既になかった。その代わり、食卓の上に、遅くなる、という書付が置かれていた。
「頑張ってくださいね。お父さん」
隆司は独り、そう呟いた。
通い慣れた路をいつものように歩く。新緑の季節を待ちわびる森の木々は、今しばらく、灰色の日々を送らねばならない。ただ彼らにも人間と同じ、寒い、という感情があるらしく、お互い、風に揺られて、その肌を重ね合う姿を見ると、何か呟いているようにも見える。
相変わらず、部活に精を出す後輩たちの姿を横目に、校舎へ入る。三年生のクラスが集う棟は、見渡す限りもぬけの殻で、教員の姿すら見えない。一番上の階にある五組の扉を、いつものように開ける。やはり、誰もいない。
「今日も隆司だけか」
それでも、かずさんは、始業の時刻になるとやってきて、朝の会を始める。教員からの連絡事項を一通り伝え終わると、
「今日はどうするんだ」
と問いて来るので、
「適当に時間を潰して、後輩の顔を拝みに行きます」
と答える。
「そう言えば、昨日喧嘩したんじゃなかったのか」
かずさんは言った。
「別に喧嘩というほどのことじゃないですよ。デリカシーが欠けていたんです」
「潮、って言ったっけ。あの女子生徒は」
「女子?あれは歴とした男ですよ」
隆司は、かずさんの妙な勘違いを正した。最も、かずさんに限った話ではないのだが。
「世の中全ての現象が数学で表現できればいいのに……」
「全くだ。そうすれば、何も苦労せず、自分にとってベストな選択をすることが出来るのに」
かずさんでも、人生について悩むことがあるのか。
潮に何て声をかければいいのやら……。
隆司は、何を考えたところで結論が出ないことを知っていた。
言ってはいけないと気付くのは、大抵言った後。何人も泣かしてきた。いちいち、どうして、と質問することが止められない。理論のない慣習は隆司の脳に刻まれない。
絶対に踏み越えてはならない一線を示したのは父の隆吉。庭で飼育していた動物を数匹、見世物のように陳列した。
隆吉は、小型の拳銃を一つ取り出した。隆司は、何か面白いショーが始まるのではないか、と期待した。
銃声が高らかに響いた。その瞬間、隆司の目の前で確かに生きていた動物たちが、息絶えた。
隆司は、最初何も感じなかった。隆吉は、隆司の手を取って、
「よく目に刻むんだ」
と言った。その後、聖書の一節を読んで、彼らの死を憐れんだ。
隆吉は決して悪魔ではない。隆司はそう感じた。
「命の灯を吹き消すことは存外簡単なことだ。お前だって、この拳銃を容易に握ることが出来る」
「命を決して粗末にしてはならない。人の命を奪ってはならない」
隆吉は言った。
部室に通じる道が暗く、長く感じた。隆司は、歩みのペースを少しづつ下げて、終いには、一端止まって、再び動き出すという感じだった。
この道が永遠に続くとしたらどれほど楽なのだろう。決して終わりのない、長く険しい贖罪の道であるとしたら……。




