神様と科学 その2
歴史上、最も難解と言われた証明を咀嚼し終えたのは、八時を回った頃だった。人間の業績に敬意を表し、まるで自らが成し遂げたかのように、亢奮を覚えた。
どれほど平凡な家庭よりも、明らかに貧相な夕食がこの日ばかりは華やいだ。普段気難しい顔を浮かべる隆司の頬がいつになく緩んでいて、時折覗かせる人懐っこい笑顔が、ステント硝子に映り、あちらこちらと反射していた。
教会に模した鐘の音色が室内に響き渡った。隆司は、青藍に模られた灯がちらつく紫黒の夜をガラス越しに見つめた。見慣れた人影が、灯に導かれて次第に大きくなり、その輪郭を次第に表した。
「お帰りなさい。今日もお勤めご苦労様です」
父親の隆吉は、いつも通り、疲れ切っていた。国立情報局長として、国家機密の保安、並びに、諸外国の情報収集を統括する重責を担う異常仕方のないことではあるが。
「来週の受験は大丈夫そうか」
食卓についた隆吉は、こう切り出した。
「お前のことだから、特に心配する必要はないと思うが……」
「ご安心ください。父さんの顔に泥を塗るようなことは致しません」
隆司は、先ほどまで熱中していた四色問題の証明を、隆吉に見せた。隆吉は、
「人間がやっと追いついたか」
と、一言漏らした。
情報セキュリティーの観点から、人間は常にパソコンより秀でていなければならない。隆吉もまた、隆司と共通の認識を持つ数少ない科学者であった。
「今日はもう寝ることにするよ。明日の朝、大事な会議が入っているからね」
隆吉は、食事を速く済ませて、自室に引き上げた。
「お休みなさい。父さん」
隆司もまた、食事を済ませて、後片付けまで早めに終わらせた。
自室に戻ると、翌日の準備を軽く済ませ、数冊の本を携えて寝室に向かった。
月が金糸雀のように黄色かった。薄墨の雲に隠れたかと思うと、すぐさまその光を現して、静まり返った庭を照らした。
「ここまではっきりと月の姿を見た日はいつ以来だろう」
隆司は、月光に導かれて、バルコニーに立った。それは、母なる太陽の温もりと対照的に、冷徹で寒々しい夜を彩っていた。




