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鏡の外の夢 鏡の中の現実 第1章  作者: 岡田 暁生
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神様と科学 その1

 「そんなに照れなくてもいいのに……」

 潮は言った。

 「別に、照れているわけではないよ。それに……、いや、何でもない」

 隆司は、目のやり場に戸惑ったため、辺りを見回した。隆司が部長として本格的に活動していた頃とはうって変わり、デジタル写真推進派の潮が整備した、パソコン機器が部室を占拠していた。

 「これは何だ」

 写真加工ソフト、と可愛く書かれた段ボールが二つ、潮の足元に置かれていた。

 

 「それは見ちゃだめ!」

 潮は慌てて、隆司の手を払いのけた。

 「……なるほど。年頃の趣味ってわけか」

 隆司が揶揄うと、潮は咄嗟に顔を赤らめた。

 「別に恥ずかしがらなくてもいいじゃないか。男の子なんだから仕方ない、仕方ない。でもね、そういうのは家で楽しむ方がいいと思うよ」

 

 「分かった、分かったから。たかさんのいじわる」

 潮は、隆司の肩をポンと叩いた。華奢な腕から繰り出されるため、その力は極めて弱い。

 「もう少し、太った方がいいんじゃないか」

 「……」

 潮は何も言わなかった。


 ああ、こういうのをデリカシーがないと巷では言うわけだ。人間の心を理解するのは難しい。淡い恋心が日に日に熟していくのを隠す方がよっぽど辛いのだけど。


 



 何をしに来たんだっけ?


 

 帰り際、隆司は、

 「また明日」

 と告げて去った。潮は相変わらず返事をしなかった。

 

 教室に戻ると、かずさんが読書に勤しんでいた。隆司の姿を認めると、本を机に置いて、

 「お帰り。早かったな」

 と言った。

 「後輩の機嫌がよくないもので」

 「また何か変なことを言ったのだろう。デリカシーがないからな」

 「図星ですね」

 隆司は、かずさんに帰宅を告げて、学校を後にした。

 

 朝方の霧は次第に薄れて言ったものの、小麦色に染まった太陽の木漏れ日がやっと届くくらいの明るさで、それさえも、すぐさま、白鼠の雲に飲み込まれようとしていた。

 

 隆司の住む家は、学校から歩いて二十分ほどの距離にある。威厳のある土色の門をくぐると、本館へ続く三百メートルほどのメイン通りと、そのサイドに広がる森が主人の帰りを快く迎えてくれる。草木、花、鳥、虫たちの遊びに耳を傾けながら五分ほど歩くと、敷地のちょうど真ん中に位置する噴水のしぶきを浴びる。勿論、冬の情景にはいささか不釣り合いと感じるかもしれないが、鳥や虫たちに言わせると、これは命の恵みなのである。

 

 「やあ、皆さん。今日も元気だね」


 自然の友に別れを告げて、本館に入る。廃墟、と言われればあながち間違いではない。数十とある部屋のうち、隆司が占有している五つの部屋と、父親が主に使う三つの部屋、そして共用スペースであるリビングと、地下に広がる書庫を除いて、その大半は、さながら化け物が住み着いていると言われても仕方がないほど朽ちている。


 「お帰りなさい、と言っても誰もいないか」

 隆司は、寝室に脱ぎ捨てた部屋着を回収して、自室に向かった。読みかけて放置していた科学論文、数学書、哲学書が、既に埃を被り始めていた。


 この感じだと、朝もやの方が健康かもしれない……。

 

 隆司は苦笑いを浮かべながら、数学書に目を通した。最近、話題になっている、四色問題の人間による証明に関する記事だった。科学技術万能主義を唱えたサイエンティストたちは、科学の全てをコンピューターに任せることとした。

 

 数千年間解けなかった難問をすらすらと解いてしまうコンピューターに対し、人間の能力は、限界を迎え、一定値に収束しようとしている。隆司はそんなコンピューターに贖うことが出来ないかと、必死に考える、所謂、時代遅れ人間であった。

 だって、コンピューターの上に立つ人間が、能無しではいずれ問題が起きるだろう。

 

 隆司の持論を受け入れる人間は、恐らくゼロに限りなく近かった。科学技術の発展で、その恩恵を得られたのは、国民全体であり、コンピューターを神と崇め奉る宗教が市民権を獲得するまでになっている。


 

 そんな隆司に同調する数学者が四色問題を解決した!

 一万の難問を解くコンピューターに対し、人間は数年かけて一問を解いた……。


 

 隆司は、すぐさま、ペンとノートを取り出して、証明を書き写すことにした。 

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