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秘計  作者: 大平篤志
8/19

後藤家閉門

 翌日、城より主無き後藤家に閉門のお達しがあった。

 これにより、後藤の家の者は外部との接触を一切禁じられ、棒給は停止される。

 門の前には藩から派遣された見張りが立ち、訪問者や外出する者を厳しく取り締まった。

 唯一、買い物に出る下男下女だけが、僅かな間の外出を許された。


 美和は、格兵衛と康右衛門からきいた龍之進の話を隠居の尚之丞にも伝えていない。


 後藤の家の者は突然の罪人扱いの処分に動揺しつつも、何をしてよいかわからずに戸惑い、ただ悲嘆にくれるだけであった。


 美和は終日居室で正座し、ただ慎んでいる。


 家の者は何も事情がわからぬまま、推測のままに龍之進と小夜を影で罵っている。

 中にはわざと幸助の耳にはいるように、賢しらに「龍之進と小夜の仲は昔から妙であった」などと話している人間もいる。

 幸助はその悪意ある噂話に唇を噛み締め、黙って耐えた。


 道代が家中の噂話を集めて逐一美和の耳にも伝えてくる。

 どの話も美和にとっては辛いものばかりであったが、自らが差配して後藤に家の危機を乗り越えねばならないという義務感から、美和は道代に全ての話を包み隠さず話してくれるように頼んだ。


 その後数日が経ったが、城からは新たな沙汰はなく、龍之進の行方も罪状も何も明らかにはならない。

 世間と隔絶された家の中は、どす黒い悪意が澱のように溜まっている。

 奉公人の間にも、影で不平不満を囁きあう声が増えてきていた。


 美和は奉公人の中で希望の者には暇をとらせることにした。


 尚之丞は、奉公人がいなくなった後の生活が不安がった。

 しかし、美和が「家事は奉公人に成り代わって私がいたします。慣れぬ事ゆえ不自由をおかけするかもしれませんが、精一杯お努めさせていただきます」と申し出るのを聞き、尚之丞も納得せざるを得なかった。


 人間ひととはそうしたものか……。

 すると、窮状にある後藤の家を見捨てるかのように、五人いた奉公人の中で三人もの人間が暇乞いを申し出た。

 美和はその三人に快く暇を出した。


 残った奉公人は、帰る場所も身よりも無い道代と、幸助だけである。


 美和は、残った幸助を呼び、事のあらましを伝えることにした。

 最悪の事態が訪れれば、当然小夜の命も無い。

 例えどんなに辛くても、幸助には事の成り行きを知る権利があると考えたのだ。


 美和は自分の居室に幸助を呼んだ。

 平時であれば美和の居室に中間の幸助が入り込むなどということはありえない話であったが、特殊な状況にある後藤家であれば、例外も罷り通る。

 美和は、しきりに恐縮する幸助を無理矢理部屋に入れ、二人きりで話を始めた。


 全てを聞き終えた後、幸助はあまりの事の重大さに、顔面を蒼白にし、震えだした。

 その様子を見て美和は、事件の重大さを悟った幸助が、後藤の家を捨て、逃げ出しても止むを得ないと思った。


「奥様、それでは小夜は旦那様と一緒に若君をかどわかしたということですか」


「まだ、そうとはっきり決まったわけではありません。早計はなりませんよ、幸助」


「はい、しかし……」


「不安な気持ちは分かります。私も同じように不安です。こうなってしまっては、無理にあなたを引き止めることもできません。今からでも遅くはありません。後藤の家を出ますか」


「いえ、奥様。ここでお暇を頂いてしまっては、結局何も分かりません。奥様が旦那様を待つように、私も小夜を待ちます」


 心の中に怖さはある。

 しかし幸助は、美和の毅然とした態度に励まされ、後藤の家で共に沙汰を待つ決意を固めた。

 美和はじっと幸助を見つめた後、静かに頷いた。




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