試しの立ち合い
そして、仕合の日は来た。
尚之丞の病が癒えていないので、名代として後藤家からは美和が検分に出ることになった。
美和は自分の未来を決める仕合の場所に、自らが立ち会えることを幸せに思った。
信茂が江戸から連れてきた男の名は嶋田一角。
髪は総髪で顔面全体を髭が覆い、古の剣豪を思わせる風貌である。
一方の佐々一徹は髭も月代も綺麗に剃り上げ、爽やかな中にも精悍さと力強さを全身から滲ませている。
仕合の場に設けられた条雄流の席には、実父の格兵衛の姿もある。
仕合の前にひとつ奇妙なことが起こった。
審判役の条雄流師範代の久遠玄播が、開始の掛け声を掛ける前に嶋田一角の髭面をまじまじと眺め回し、その時なぜか一角は俯いてその視線を避けたのだ。
女子ゆえに後方で仕合の様を見ていた美和は、その兵法者としてあるまじき柔弱な態度を見て、見てくれは押しの強い髭面のくせに、存外気の弱いこの嶋田一角という男に、後藤家の将来を託すことになるのかと不安を覚えた。
藩主の御前で二人の試合が始まった。
「勝負初め」
玄播の声が掛かり、ふたりは木剣構えて相対した。構えは共に正眼。
暫しの対峙の後、試合場の近くにある椚林から聞こえていた小鳥の囀りがピタリと止まった。
転瞬、ふたりは同時に前に踏み出し、木剣のぶつかり合う乾いた音を響かせてすれ違う。
初太刀では勝負がつかなかったらしく、ふたりは素早く振り向いて再び向かい合った。
一徹は泰然とした様子で再び木剣を正眼に構える。
一角は肩を喘がせながら、木剣を上段にあげた。
上段は攻撃一辺倒の攻めの構えである。
一角は勝負を急いているようにも見て取れた。
初太刀は互角でも、その後のふたりの様子から、勝負の行方は明らかのように見える。
だが、一角は気息を整えると活火山のような激しい闘志を漲らせて前に出た。
一徹は一本の氷柱のように、静かに切っ先を一角のほうに向けたまま一歩も動かずに迎え撃つ。
潮合が極まる寸前に、一徹は切っ先を僅かに上げ、一角の顔面のあたりまで突き出した。
上段の構えはこの位置の攻撃に対する防御の術はない。
さらに、視界が切っ先に遮られるため、恐怖により構えが崩れる者が、上級者の中にも多かった。
だが、一角は怯むことなく必殺の一撃を一徹の脳天目掛けて振り下ろす。
一徹は自分の仮撃ちが効果を生まなかったことを悟り、咄嗟に木剣を下げて胴撃ちを入れた。
二人の木剣が互いの身体に届く寸前でピタリととまる。
「勝負あり」
審判の声が掛かり、ふたりが木剣を引く。
互いに礼をして、一徹と一角は審判を待った
藩主、信茂も美和も凄まじい立ち合いの結果を、息を飲んで待っている
「勝者、嶋田一角」
この瞬間、後藤家の次の主人が決定した。覚悟を決めていたこととはいえ美和はやはり落胆を覚えずにはいられなかった。




