美和と道代
「お道、これからは家の者一同で力を合わせて暮らしていかねばなりません。なんでも、私に手伝わせてくださいね」
美和は道代に家事を習い始めた。
しかし、茶華道や小太刀の稽古はしたことがあっても、皿ひとつ洗ったことのない上級武士の家のひとり娘である。
野菜を切っては指を切り、米を研ぐといっては五合のうち一合も流してしまう。
「奥様、台所は私にお任せください」
道代は迷惑気に溜息をついたが、美和は譲らなかった。
「すみません。慣れないことで失敗も多いと思いますが、私だけが何もせぬというわけにはいきません。なるべく早くうまくできるようになりますから、何事も辛抱して教えてください」
美和は道代に、師弟の礼を取るかのように頭を下げた。
「お、奥様、そのように頭をお下げにならないでくださいまし。お手伝いいただければ、もちろんありがたいことです。ただ、私は奥様がご不憫で……」
道代はどこにでもいるありふれた中年女性である。
奉公人である自分に対する丁寧な美和の態度と、不幸な境遇にもめげないその明るさに、思わず感動を露わにし、美和の手をとった。
「いいえ。私は龍之進の妻。夫の不在に家を守るのは当然です。奉公人であるあなた達に、不自由を掛けてしまうことを申し訳なく思っています」
美和が強く道代の手を握り返す。
「奥様……」
この時から道代はこれまで以上に家の仕事に励むようになり、奉公人が減った家の中でも、美和とふたりで何とか不自由なく家事をこなすことができるようになった。
それでも、美和が急に家事の達人になるわけではない。
水仕事で手はひび割れ、包丁で指を切り、掃除をすると、翌日足腰がひどく痛む。
美和にとって、体を使ってなす仕事は初めての経験であったが、それぞれの作業は楽しいものであり、また必死で仕事をなしている間は、辛い現在の状況を一時忘れることができた。




