5匹目 漢気全開ツマツマ祭り!ヤマトヌマエビ
「なんか疲れたな・・・タニシがいた時間が妙に長く感じると言うか濃厚すぎたと言うか」
先の騒動も落ち着きを見せ始めた今日この頃。
誰に聞かせる分けでもなく利眞守は、いつものように生体達の世話をしながら呟いた。
さすがに4匹目ともなると疲れがドッと押し寄せてくるし、その全員が性格も違ければ願いも違う。
十人十色とはよく言ったモノだ。
だが疲れを感じさせる最大の原因は──
「ドリームタブを食えば願いが叶う・・・そんな噂が広まってるなんざ信じらんねぇけど、そうなのか長老?」
長老とは店を立ち上げた時からいる最古参の生体"アロワナ"のアダ名である。
彼が疑問を投げ掛けると、いつもはスローな長老が素早いターンを決めた。
声なき回答に利眞守はエサであるゴキブリを与えながらガックリと肩を落とした。
エサにゴキブリ!?と嫌悪感を覚えた人もいると思うが、アクアリウムの世界では古くよりアロワナのエサとしてゴキブリは知られた存在で、ゴキブリを与える事により鱗の光沢が増し綺麗に成長すると言われているだけじゃなく、コオロギやワームよりも大きく栄養バランスも良いゴキブリはアロワナにとって最も適したエサと言われている。
その為、店には常時ゴキブリがストックされている通称"Gの巣窟"とアダ名される、開けてはならないパンドラの箱がある。
この異名を付けたのはGファイル(中に何がゴキブリがいる事を知らないで、うっかり箱を開けてしまった人々のリスト)最初の被害者にして大のゴキブリ嫌い、千春である。
「はぁ・・・なんか水槽から物凄く視線を感じるぜ」
「だったら全員の願いを叶えちゃえば良いじゃん?」
「ずいぶん簡単に言ってくれますねぇプレ子さんよぉ。俺は何でも屋じゃねぇんだぞ?そりゃ俺の店にいるヤツらなんだから願いの1つくらい叶えさせてやりたいよ?でもさぁ──」
「オーナーが、みんなの願いを叶えてくれるって!」
利眞守の承認を得ずに、突然プレ子が大声でクレイジーな宣誓をし始めた!
慌てて彼女の口を押さえるが時既に遅し。
水槽の中の、ありとあらゆる生体達が一斉に騒ぎだした!
水面をパチャパチャと鳴らすモノ。
砂利をガサガサと散らかすモノ。
ガラスをガンガンと叩くモノ。
その異常とも取れる光景を見た利眞守は、一気に青ざめ恐怖する。
「いやあぁあぁぁ悪夢の再来じゃあぁぁ!!」
久々の逃亡を企てるがプレ子に捕まって逃げられない!
バタバタと踠くも、それが無意味な行動と分かると利眞守は次なる一手に移る。
「えぇい、こうなりゃヤケクソ全員まとめて、かかって来いや!この俺様がアクアリストの意地と誇りと面子にかけて貴様らが願い、片っ端から叶えてくれる!」
"バシャバシャ!──ガンガンッ!──ジャカジャカ!"
その一言に感化されたのか生体達は、さらに激しくアピールをする!
それは我先に!と言わんばかりの声なきメッセージ。
「よーしプレ子!紙とペンを持ってこい!それとサイコロか、なにかクジ引き的なヤツもだ!」
「ラジャー!」
それから数分後。
「よく聞きたまえ諸君!今からドリームタブ抽選会を行いたいと思う!ルールはこうだ!」
"──バサッ!"
店内全体を見渡せるレジ近くに陣取り、利眞守が取り出したのは人の手が入る程度の丸い穴が開けられた簡素な箱と、茶碗に3つのサイコロだった。
「この箱の中には、それぞれの名前が書かれたクジが入っている!これだけでも公平な順番を決める事は出来るだろう。しかし今回はさらなる公平の為に、まずクジを引く方を決めたいと思う!この茶碗と3つのサイコロを使ってな!!」
"──バチャバチャバチャ!"
「俺が引くかプレ子が引くかはサイコロのみぞ知る!イカサマ一切御座いません!その名もチンチロ風数比べだ!」
「おー!何だか分からないけど頑張るぞ!!」
ルールは至ってシンプル。
茶碗の中にサイコロ3つを同時に投げ入れ、出目の合計が大きい方が勝ちというモノだ。
サイコロの合計最大数は18、最低は0なのだがもし茶碗からサイコロが落ちてしまった場合でも、3つの出目が揃うまで振る事が出来る激甘補整付き。
「さぁ先攻と後攻を選ばせてやる!好きな方を選ぶが良い!!」
「じゃあ後攻!私はスロースターターなのだ!!」
「よっしゃ決まったな!いくぜえぇぇ!!」
"──カラカラ──シャッ!──カランカラン"
先攻利眞守が大振りなモーションで3つのサイコロを投げると、小さな茶碗の中を縦横無尽に駆け回る。
カラカラカラッ!と心地よい音を奏でながら徐々(じょじょ)にサイコロは勢いを落とし、全ての出目が出揃った。
「・・・4、4、6。合計は14だ」
これは中々に大きな数字。
利眞守は得意げな表情でプレ子を見下し、ふんぞり返っている。
そして彼の異様なまでの余裕面には理由がある。
3つのサイコロを投げて出た目の合計が14。
つまり数字の振れ幅の関係上、プレ子が投げたサイコロの出目に1つでも1の目が出た場合、例え残りの目が全て6だったとしても6、6、1で合計は13。
出目を計算せずとも彼の勝利が確定する。
この心理的有利な状況を瞬時に理解した利眞守は、プレ子の耳元でイヤミったらしく説明した。
「なら全部6を出してやる!」
「頑張ってくれよ?はーはははっ!!」
「ぬくくっ!その余裕面を今すぐ泣きっ面に!いけえぇぇ!!」
"──カラカラ──シャッ!──ピィヒャアァァンッ!"
勢いよく投げすぎたサイコロは茶碗を飛び出し早くも四散。
しかし壁や天井にぶつかったソレは見事、茶碗の中へと帰ってきた・・・何かが起こりそうだ!
不規則に回転するサイコロはプレ子と利眞守を焦らすように、チラチラと真っ赤な1の目を見せ付けながら徐々(じょじょ)に、おとなしくなる。
そして──
"カララン・・・"
「あぁっ・・・」
「勝負あったな」
無情にもサイコロは1の目を真上に向けている・・・結果はソレだけで十分だ。
悪党よろしくキャップに手を当て、ふんぞり返りながら声高らかに大笑いする利眞守。
その傍らでプレ子はテーブルに噛み付きムキー!といった表情で悔しがっている。
彼女は負けず嫌いなのだ。
「ギィーー悔じいぃ!クジ引きしたかったのにぃ!!」
「はーはははっ!!このタイミングで1を出すなんて持ってるじゃないかプレ子。どれどれ~?せっかくだから出目の合計でも・・・ん?」
改めて茶碗の中を見た利眞守の表情からは一瞬にして、その憎たらし程の笑みが消え去った。
そして──
「げっ!?コ、コレは・・・マジか!!」
「なによ!どうせ負けなんでしょ!!」
確かに、この数比べは計算上1を出してしまうと14を超える事は出来なくなってしまう。
しかーし!コレが複数のサイコロを使った勝負事である以上1を出した場合でも唯一にして絶対の例外が存在する。
そう・・・プレ子の投げたサイコロは、勝負事において最強とされる"あの役"を示していた!!
「もー!なんで全部1なんだよ!!」
「・・・いや、貴様の勝ちだ」
「え?」
利眞守は震えを押し殺しながら言葉を続けた。
「いいか・・・複数個のサイコロを振って全部の面で1が出る。コイツは通称ピンゾロと言ってサイコロ勝負における最強の役なんだ。つまり数比べで見りゃただの3だろうがピンゾロを出されちまった以上、俺は敗けを認めざるを得ないのさ」
「・・・ピン・・・ゾロ?」
しばらくの間、大量の?マークを浮かべながらプレ子はフリーズした。
ピンゾロという聞き慣れない単語に予想外の展開、その傍では片膝を着き、キャップで顔を隠す利眞守。
次第に状況を理解していく彼女の中で、沸々と勝利の実感が沸き上がる。
「や、やったーー!勝ったぁ大勝利!!」
「ふっ、やっぱりお前・・・持ってるな」
こうして小さなドラマを生んだチンチロ風数比べはプレ子の逆転勝利で幕を下ろした。
さて、本番はココからだ。
いよいよプレ子がクジ引きを引く時が来た。
全ては彼女の引き運次第!
水槽の中から生体達がプレ子を見守っている・・・ように見える。
果たして栄光ある1匹目に選ばれるのは!?
"──ガサガサ・・・シャッ!"
「え~と・・・"ヤマトヌマエビ"!!」
"──パチャパチャパチャパチャ!!"
生体達が慌ただしく暴れだす。
祝福しているのか妬んでいるのか?
書記を務める利眞守は紙に①と書いて、その後に"ヤマトヌマエビ"の名を続けて書いた。
「次!"ピラニア"!!」
"──パチャパチャパチャパチャ!!"
「げぇっ!ピラニアさんスか!?」
「次は"テッポウウオ"!!」
次々とクジを引くプレ子。
それを延々と紙に書き連ねる利眞守。
彼女が名前を叫ぶ度に、生体達がパチャパチャと水槽を揺らす音が聞こえてくる。
そして全ての生体の名前を発表し終えた後、利眞守は改めて順番と名前を読み上げる。
「んん!では僭越ながら改めてドリームタブ抽選会の結果を発表させていただきます!!」
"──パチャパチャパチャパチャ!!"
「1番はヤマトヌマエビだ!続いて2番はピラニア!3番手テッポウウオ!そして4番はオイカワ!さらに5番目長老!6番ロイヤルナイフ!7番──」
こうしてドリームタブ抽選会の発表を終えた2人は1番手であるヤマトヌマエビの水槽へと向かった。
すると3匹のヤマトヌマエビが流木の上からコチラを、じ~・・・と見つめている。
エビというのは何を考えているのか、よくわからないヤツだが擬人化させたらどうなるのだろう?
「・・・本当にやんなきゃダメっすか?」
「俺様に任せろって言ったのは誰?何を今さら躊躇ってるんだ、いけぇオーナー!!」
「俺の本能が悪夢を告知している・・・」
本能の警告を無視してヤマトヌマエビの水槽にドリームタブを入れる。
ヤマトヌマエビは大和の名が示す通り、日本を含むインド太平洋沿岸に広く分布するエビ目ヌマエビ科の淡水エビの1種である。
我が国においての生息地は日本海側は鳥取県より西、太平洋側は千葉県より南とされる。
また幼生期は海水及び汽水域で生活する為、海流の流れに乗って無人島などにたどり着く事もあり、人知れず大繁殖しているなんて事もあったりなかったり。
特にヤマトヌマエビはヌマエビの中でも大型の種で、そのサイズ感や飼育の手軽さから人気の高いエビである。
だが先述の通り、幼生期を海水及び汽水域で生活する、いわゆる両側回遊型の習性から繁殖の難易度は非常に高い。
時期を見計らって汽水域を用意するなんて、なかなか出来る事ではないが逆にそこさえクリアしてしまえばヤマトヌマエビの繁殖はマスターしたも同然。
あの大型エビを繁殖させた達成感は随一だろう。
"カラカラ・・・シャカッ──シャッシャッ!"
「俺の悪い予感は当たるんだよ・・・」
"──パアァアアァァァ!!"
さっそく水槽が光に包まれる。
ヤマトヌマエビ・・・お前はどんな擬人化を果たし、どのような願いを持っているんだ?
「・・・だが、覚悟は出来てるぜ!」
ギュッ!と拳を握りしめ、爽やかな男らしい笑みを浮かべた利眞守の目の前に、ヤマトヌマエビは姿を現した。
その直後、バッチリ決めたハズの覚悟は脆くも崩れ去り言葉を失った。
「押忍!!」
「・・・」
ムキムキの肉体に漢気溢れる角刈りヘア。
唯一身にまとった褌を靡かせ仁王立ちする3匹のマッチョ・・・もといヤマトヌマエビ。
在りし日のトラウマ、最も恐れていた相手が、今ここに現れた!!
「いやあぁあぁぁ!ムキムキ褌出たあぁぁあぁぁぁ!」
忘れもしないし、思い出したくもないあの瞬間!
しかも今度は3匹セットでトラウマも3倍!悪夢も3倍!!
「うぉおぉぉ兄貴!こうして面と向かって会えるなんてワシは・・・ワシは感激じゃ!」
「こりゃぁどかんか!ワシにも兄貴を拝ませるのじゃ!」
「なんじゃと!?兄貴はワシと話しておるのじゃ!」
「お前の軟弱な大胸筋で兄貴と語ろうなんぞ100年早いわい!!見てみいワシのハムストリングを!!」
「この大胆なカッティング!迷いの無いポージング!左右対称の美しい肉体を見ても同じ事が言えるのか!?」
さっそく角刈りムキムキ褌3匹が、もめている・・・その隙に利眞守はゆっくり逃走し、自分より小さなプレ子の背中に隠れた。
「俺の悪い勘は当たる・・・悪夢だろ?」
「・・・そ、そうだね」
そのプレ子も目を点にしてケンカするムキムキ褌を呆然と見つめている。
なぜにヤマトヌマエビは、こんな漢気溢れる姿になってしまったのか?
それにはなぜ利眞守を兄貴と呼ぶのか?
「なら誰の肉体が兄貴に相応しいかを兄貴に決めてもらおうじゃないか!」
「おぉ!それは名案じゃ!」
「さぁ兄貴!ワシらの肉体を見て、触って、酷使して誰が兄貴に相応しいかを決めるのじゃ!」
「さぁ!」
「さぁ!!」
「さぁ!!!」
謎の結論に至ったムキムキ褌達がフロントダブルバイセプス、フロントラットスプレッド、サイドチェストというボディビルのポージングを取りながらジリジリと利眞守に迫り寄る。
そして彼を取り囲むようにして一旦リラックスポーズの体勢になり、今度はアブドミナル&サイ、モストマスキュラー、オリバーポーズを決めた!
途中でとったリラックスポーズとはボディビルの基本となるポージングで、この体勢から様々なポージングへと発展させていく、言わばニュートラルポージングとも言える。
リラックスなんて名が付けられているがその実、常に全身に力を入れている為リラックス要素は皆無である。
「ぬおぉおぉぉ!?」
"──ズドッ!"
迫り来る筋肉の悪魔達の迫力に利眞守は思わず掌底を放ってしまう。
その拳はムキムキ褌の腹直筋に炸裂、身の丈2mを超える巨体を吹き飛ばしてしまう。
その直後、防衛本能とは言え自らのやってしまった事を後悔した。
ムキムキ褌達に悪気はない・・・だから余計に質が悪いのかもしれないが、実際に殴り飛ばしてしまった事に変わりはない。
利眞守は、すぐさまムキムキ褌の元へ駆け寄り、その巨体を抱きかかえた。
「わぁあ、悪ぃ!大丈夫かヤマト!?」
「あ、兄貴・・・」
両目をギュッと閉じたヤマトが腹直筋を押さえてゆっくり上半身を起こす。
さすがにコレは・・・と思いきや、ヤマトの第一声は意外なモノだった。
「兄貴の熱い拳・・・しかと受け取った!!」
「いいのぅいいのぅ!羨ましいのぅ!!」
「どうじゃ!兄貴はワシを選んだのじゃ!!」
「あ、いや・・・その・・・」
なぜか嬉しそうである・・・もしかしたら肉体に対しての問いに、肉体で答えを出してもらえた受け止められてしまったのか?
どっちにせよヤマトは、この事をマイナスには捉えていないようなので問題はなさそうだ。
これが、いわゆる脳筋というヤツなのか?
なんだか今回も一癖二癖ありそうな予感を感じずにはいられない・・・触らぬ神に祟りなしとはよく言ったモノ。
細かい所にはツッコまず、とりあえずヤマト達の願いを聞いて、さっさと叶えてやろう。
「・・・んん!してヤマトよ、願いってのは何なんだ?」
「ワシらの願いは──」
"──ギュッギュッ!"
「ただ1つ!それは──」
"──ムキムキッ!"
「兄貴の!お役に立ちたいんじゃ!!」
"──グイッ!──ギューッ!!"
3匹が各々得意のポージングを取る。
コイツらは、いちいちポージングを取らないと喋れないのか?しかしツッコんだら負けだ!
利眞守はツッコミたい気持ちを押さえ具体的な内容を聞き出そうとする。
「・・・お、俺の役に立つってのは、どういう意味だ?」
「兄貴を一目見たその瞬間にビビッと来たのじゃ!ワシらの兄貴は兄貴しかいないと!」
(・・・ツッコんだら負けだ!ツッコんだら負けだ!)
「さらに水槽の噂で耳にした兄貴の武勇伝!数多いる水槽の同志1匹の為に、己の身を呈して死地へ赴く勇ましさ!」
(・・・ツッコんじゃダメだ!ツッコんじゃダメだ!)
「やっぱりワシらの眼に狂いはなかった!ワシらはそんな兄貴の、お役に立つ為なら何だってしたいのじゃ!それがワシらの願いなのじゃぁ!!」
(・・・耐えろ俺!ツッコミを入れたら負けなんだ!)
「ふんっ!」
「ぬぅっ!」
「いよっ!」
まるでツッコミを誘うかのように息の合った合体ポージングを魅せるヤマト達。
ヤバい・・・そろそろツッコミを入れないと自分が、おかしくなりそうだ!だが耐えるんだ!!
利眞守は極限まで精神を集中させ、意地と根性で自らを奮い立たせる。
しかしこの場にはもう1匹・・・彼のツッコミを誘う最大級の痴れ者がいた事を思い出す。
「見て見てオーナー!この華麗なポージング!」
"──キュッキュッ"
プレ子がヤマト達の上に飛び乗り、最高の笑顔でサイドトライセプスを決めている!
ドコでそんなポージングを覚えたんだ!!
遂に我慢の限界を超えてしまった利眞守は、溜め込んでいたモノ全てを怒濤のツッコミとして一気に吐き出した!
「うぉおぉぉコラァ!!ツッコミてぇトコは1億箇所くらいあるけど、まず何よりなんで俺が兄貴って事になってんだよ!?しかも何だ水槽の噂で武勇伝って!俺はどんなキャラ設定になってるんだ!!さらに言わせてもらうと、お前達はポージングをしなきゃ喋っちゃいけない決まりでもあるのか!おぉ!?そしてなぜに褌1枚という漢気溢れる出で立ちが正装になってんだよ!そしてプレ!お前はドコでそんなポージングを覚えたんだ!仮にも女の子たるお前は、そーいう事しちゃダメなんだぞ!!続けて言わせてもらうと──」
「うるさーい!!」
"──シュウゥ!!──ドゴォ!"
「うがぁっ!?」
怒濤のツッコミを打ち止めるようにプレ子がダイビングヘッドバッドを仕掛けて来た!
ツッコミに夢中になっていた利眞守は回避どころか防御する間もなく、彼女の一撃を食らってしまう。
クリーンヒットしたヘッドバッドが五臓六腑に響き渡り、そのまま成す術なく吹き飛ばされる利眞守に対して、プレ子は着地と同時に前転受け身をしてダメージを無効化、判定は誰がどう見ても100対0で利眞守の完全敗北である。
「兄貴!こうしちゃおれんわい!兄貴を救う為にも皆でアレをやるぞ!」
「おぉ!アレじゃな!!」
「では、さっそく行くぞい!!」
"──バッサバッサ・・・バサバサバサ!"
利眞守を取り囲んだヤマト達は、一張羅の褌を靡かせ風を送り始める。
その光景は、さながら邪教の危険な儀式にしか見えないが、彼らは至って真剣だ。
そして褌扇風を浴びているうち利眞守は次第に激痛から解放されていく不思議な感覚を覚える。
何がどうなっているんだ?原理はよく分からないが確かに痛みは引いていく・・・もしかしてコレは──
「抱卵したエビが胸ビレで卵に新鮮な水を送るアレか?」
その時、利眞守は何か悟りのようなモノが開けた気がした。
そこで悟りの眼を以ってして、改めてヤマト達を見てみると──
「そうか・・・ムキムキの肉体と角刈りヘアは鋭角で頑丈な甲殻を表し、2mを超える巨体はヤマトヌマエビが大型種である事を示している。そしてバキバキに割れた8パックの腹筋と褌で胸ビレと節をか。なるほど・・・そう見ればムキムキ褌というフォルムはヤマトヌマエビの外見的特徴を上手く表してるのかもな」
「あ、兄貴・・・」
「こうやって少しずつでも相手を理解していけば、見方だって変わってくる。もしかしたら俺はお前達に偏見を持っていたのかも知れない・・・世間様じゃ第一印象が9割りを決めるなんて言うが、ソイツは間違いだと俺は気付かされた。本当に見なきゃいけないのは相手の中身であってソレを第一印象だけで決めつけてダメだぁなんだぁと、ほざくのは偏見以外の何モンでもねぇじゃねぇか。頭じゃわかってても実際人間は心のドコかで相手を差別している部分があるんだと思う・・・」
「オーナー・・・」
「でも人間は、その過ちに気付き正す事だって出来るんだ。例えば相手を可哀想だと思った時点で、それは既に相手を見下しているも同じだ。ソイツはとても失礼な事だが、それを十分失礼だと理解した上で、なおかつ手を差し伸べる・・・ソレが本当の平等ってヤツなんじゃねぇのか?そして俺は今わかったよ・・・お前達の俺の為に何かしたいって思いを、ありがた迷惑だなんて一瞬でも考えちまった俺は差別を肯定する情けない人間共と変わりないって事に・・・だが、そんなモンは俺じゃねぇ!俺はお前達の兄貴たる漢だ!!それを改めて気付かせてくれた、お前達は俺の大切な兄弟だ!ありがとう・・・兄弟!!」
悟り?を開いた利眞守は謎の説法を説き、ヤマト達の太い首周りに腕を回し3匹同時に強く抱きしめる。
「あ、兄貴ぃ・・・兄貴ならワシらの事を理解してくれると信じておった!うぉおぉぉん!涙で前が見えんわい!!」
「兄貴なら必ずそう言ってくれると・・・ワシは・・・ワシは!!」
「やっぱり兄貴はワシらの兄貴じゃ!!兄貴の為ならワシらは何だって出来る!」
漢泣きするヤマト達を、さらに強く抱きしめる兄貴。
するとヤマト達は、彼の体を持ち上げ──
「うぉっ!?ちょっ、何を──」
「ワシらの兄貴を讃えるのじゃ!行くぞい!!」
"あ~にき!あ~にき!あ~にき!あ~にき!"
「うわっ!ちょっ・・・いや、悪くねぇな」
感極まったヤマト達による、兄貴の胴上げが始まった!
しかし、それを見ていたプレ子には不評のようで──
「どうして男って、こういう暑苦し展開が好きなわけ?オーナーってノリと勢いが肝心とか言ってるけど、コレただの悪ノリだからね!!」
「ははっ!まぁそー言うなよ?ほれプレさんも──」
"ガシッ!"
「うわっ!?」
彼女の手を取り空中で抱きかかえる兄貴。
ヤマト達もテンションを上げ、2人いっぺんに高く高く打ち上げる。
「うぉおぉぉ!一生ついて行くぞい兄貴!!」
「そうじゃ!それがワシらの大和魂じゃ!!」
「おっ?ヤマトヌマエビだけに大和魂ってか。それちょっと上手いんでねぇの?」
「えへへ、兄貴に褒められてしもうたわい♪」
「ズルいのぅ!お前ばかり羨ましいのぅ!!」
「って言うか離せ!こんな事されてオーナーは恥ずかしくないのか!!」
「コレが漢ってモンなのよ?はーはははっ!!」
"あ~にき!あ~にき!あ~にき!あ~にき!"
漢とは時に周囲が恥ずかしくなるような言動を一切の躊躇なく行う生き物である。
愛を語ったり、友情に涙したり、己を犠牲にしてでも貫き通す意地があったりと。
女には理解出来ない事なのかも知れないが、それが漢の性というモノだ。
"──コンコン──ガチャッ"
兄貴とプレ子の胴上げが行われている真っ最中の店内に響き渡るノック音。
そして入口の扉が開き、誰かが入って来た。
「あ~に・・・むっ?」
"──ドスンッ!"
「いでっ!!」
「ぎゃあぁぁ!!」
ヤマト達が急に手を止めてしまい2人は成す術なく大地に叩き付けられてしまった。
しかし利眞守に抱かれていたプレ子は、彼を下敷きにする形で落下した為、ビックリしたもののダメージは皆無。
プレ子を払いのけ店内に入って来た人物を確認する利眞守は、その意外すぎる相手に驚いた。
「ち、千春!?」
「・・・」
そこにいたのはムキムキ褌と化したヤマト達を見て、硬直する千春の姿だった。
彼女は常に微笑みを浮かべたポーカーフェイスの為、表情からナニを窺い知る事は出来ないが、まっとうな神経を持った人間ならばこの状況を見て処理落ちする事は間違いない。
その証拠に彼女は指先1つ動かさず、微笑んだままコチラを見つめている。
このまま誰かが第一声を放たなければ、彼女は無言のまま止まった時の流れに置いてけぼりにされてしまう・・・そこで利眞守は何か喋ろうとするが、いかんせん言葉が見つからない。
だがココで沈黙に飲まれてしまえば千春は2度とコチラ側にもどって来れなくなってしまう!!
「あ、いや千春・・・こ、これは・・・ほら・・・」
テンパりながらも言語と思わしき何かを必死に発し続ける利眞守。
とにかくコレで無言という状況は打破できた。
とりあえず彼女の反応があるまで、適当に喋り続けてみよう。
日本人は相づちを得意とする人種・・・きっと、いつか何か反応してくれるハズ!
それまで頑張るしかない!!
「ち、千春さん?いや~久しぶりでねぇの?あ、あの~」
「・・・」
「え~本日は晴天なり。風の吹くまま気の向くまま・・・え~と・・・イソギンチャクって食えるの知ってる?」
「・・・まぁ!」
反応した!
なればイソギンチャクの話題を広げていこう!って言うか今はソレしかない!!
海水、淡水、汽水域その全てのエリアを熟知する史上最強のアクアリスト、戦場利眞守にとって語れない水生生物なんて存在しない。
「そうなんよ!ンで基本食用にされるイソギンチャクは、イシワケイソギンチャク、ハナワケイソギンチャク、コイボイソギンチャクの3種類で──」
「凄い筋肉!!」
「あらら~!!」
千春が食いついたのはイソギンチャクではなくヤマト達の筋肉だった。
一瞬片つま先のみで体勢を固定し、一気に倒れる古典的なズッコケを魅せる利眞守。
物理法則を無視した決死の1発には目もくれず、千春はヤマトの元へ駆け寄った。
せっかく海水魚について語るシナリオまで考えてたのに!と悔しがる利眞守はふと、御堂家の不思議な家系図を思い出す。
「そ、そっか・・・お前の親父さんは現役のボディビルダーだったっけ?」
父親は現役バリバリのボディビルダー、母親は某有名大学の名誉教授、3つ上の兄はマグロ漁船船長という他に類を見ない、めちゃくちゃな家系の長女として生まれた御堂千春。
しかしその正体は成績優秀、頭脳明晰、文武両道というパーフェクトなステータスと、斜め右上を行く感性を持った不思議ちゃんである。
「何してるの利?そんな所で寝てると風邪引くわよ?」
「お気付きいただき光栄です・・・てか何用かね?」
「コリちゃんの事で、あなたに聞きたい事があったのに電話しても出てくれないから直接来たのよ」
「電話?あっ、着信6件も来てる・・・まったく気付かんかったぜ面目ねぇ。で、コリドラスがどうしたんだ?」
「コリちゃんが卵産んだのよ!それをどうすれば良いか利に聞きたかったのだけど・・・それよりヤマト達は?」
千春がキラッキラッした眼でヤマトを見つめている。
父親の影響?か筋肉には少なからず興味があるようだ。
「1個づつ解決しましょうや?まずコリドラスの卵については隔離してやるのがベストだろうな。その卵たぶんガラス面に産み付けられてないか?放置すると他のコリドラスに喰われたりするから、隔離箱なんかに入れてやると良い。水質や水温なんかも、産み付けられた時の状態を維持したいから卵を全部隔離箱に入れたら、水槽内の酸素の行き渡る所に置いといて、後は孵化する事を祈る。以上!」
「でも・・・潰しちゃいそうで怖いわ」
「意外と卵は頑丈なんだぜ?丁寧に産み付けられてる所から剥がしてやれば大丈夫。まとまって全部いっぺんに剥がれると思うから、そんなに難しい事もないハズだ」
「わかったやってみる!で・・・アチラの方々は?」
さて困った。
ヤマト達については、どう説明したら良いんだ?
彼らは"エビです"なんて言っても信じてもらえないだろうし言うつもりもない。
となると・・・知り合いの"ビルダーです"とでも言っておいた方が都合が良いかも知れない。
そこで利眞守は即興の設定を作る事にした。
「あぁ・・・アイツらは俺の・・・俺の・・・そう!今度のボディビルコンテストに参加する為に、俺の店で秘密のトレーニングをしているビルダー達だ!」
「まぁ!やっぱりボディビルダーだったのね!!」
「そ、そうなんだ!ンでさっきは俺自身が不規則に動くウェイトの変わりになってトレーニングをしてたんよ!」
「通りで僧帽筋や上腕三頭筋がパンプしてるのね!」
「あ、あの~千春?いやぁ俺が言うのも何だがよ?お前ってほら・・・どちらかというと清楚なお嬢様系ビジュアルだろ?マニアックな筋肉の名称とか、パンプなんて言葉は・・・あんまし言わねぇ方が良いんでねぇの?」
なんとか話は誤魔化せそうだが、彼女のイメージ崩壊は誤魔化しきれそうにない・・・利眞守は、なぜか罪悪感に苛まれる。
俺の所為で千春が筋肉キャラになってしまったら、どう責任を取れば良いのか?
そもそも筋肉キャラなんて概念があるからイケないのでは?
もし世界が筋肉に支配されれば筋肉キャラなんぞの概念もなくなり、むしろソレが当たり前になる・・・筋肉な人々に筋肉な文化、筋肉な光景に筋肉な摂理・・・そうだ・・・そうしよう!
世界中に筋肉を解き放ち、今この瞬間から始まる新たな歴史・・・そこには引き継ぐべき意思も使命も存在しない!
旧き柵から解放された世界が、筋肉の中で産声を上げる!
そして来るべき時代は、この瞬間!
現時刻をもって定める!
"ANNO MUSCLE"と!
然らば彼女が筋肉キャラになったとしても、筋肉の理から見れば至極当然の事!
完璧だ・・・これで全ては──
「・・・オーナーなにやってんの?」
「はっ!!」
プレ子の一言で我に返る利眞守。
無意識の内に様々なポージングを決めながら謎の理論を説いていた自分が、まるで他人のように感じる。
何が世界に筋肉を解き放つだ!
何が筋肉暦元年だ!
あとちょっとで超えてはイケない筋肉の一線を超えてしまうところだった・・・。
「せっかくだから、お名前を聞いてもよろしいかしら?今度のボディビルコンテストに出るなら、きっと会うこともあるでしょうし」
「な、名前!?」
(ヤベぇ・・・ヤマト達に固有の名前なんざねぇぞ!しかもコンテストに参加って・・・まさかコイツの親父さんも出るのか!?さらにヤベぇよ、引くに引けなくなっちまったじゃねぇか!!)
次々と起こるイレギュラーに利眞守の処理能力は限界を迎えていた。
この危機的状況をどう乗り切れば良いのか?
人間追い詰められれば潜在能力を解放し、火事場のバカ力を発揮出来るとは言うが、それもある程度の前フリがあってのモノ。
こんな突拍子もなく目の前に危機が現れてしまったら対処のしようがない!
藁にも縋るとは、よく言ったモノだ・・・昔の偉人達の表現力には脱帽する。
まさに、その通りで切羽詰まった状況では藁のような頼りないモノでも頼りにしてしまう。
この状況で言う藁とは即ちプレ子の事である。
利眞守は彼女に眼で合図を送る・・・"助けてくれ!"と。
今はお前の破天荒っぷりだけが頼りなんだ!
常人では思い付かない支離滅裂な事でも良いから何とかしてくれ!
彼は藁に全てを託し祈った。
「おー!委員長はムキムキ褌の名前が知りたいと?では私が教えよう!!」
「プ、プレ子ぉ・・・」
この状況を理解したのか、はたまた面白そうだから食い付いたのかプレ子が口を開いた。
とにかく場を上手く誤魔化せるなら何だって構わない。
最大限のフォローはするし、お前の話に合わせるから頑張ってくれ!
「左から順に"バラン"!」
「おぉ!ワシに相応しい名じゃ!!」
プレ子はヤマトの1匹を指差し"バラン"という名前だと説明する。
それを聞いた千春は"ん?"といった表情で首をかしげている。
そんな事はお構い無しとプレ子は、さらにヤマトを指差し──
「そして真ん中にいるのが"バラクーダ"!」
「えぇ名じゃのぅ!気に入ったわい!!」
「お、おいプレ・・・?」
「そして最後が"ローズ"!」
「う~む漢らしい名前じゃが、ちと恥ずかしいのぅ」
「あの・・・プレ子ちゃん?それ名前なの??」
「うん!今、私が考えたんだ」
(うぉーいプレ子!何の解決にもなってねえぇ!つーかそんな荒業フォロー出来るかぁ!!)
あっさりと偽名である事をカミングアウトしてしまったプレ子。
やはり藁は所詮藁に過ぎなかった。
(ダメだ・・・終わったぜぇ・・・)
「このネーミングセンス、どうオーナー!?」
「あぁ?」
楽しそうなプレ子とは裏腹に絶望的な表情をみせる利眞守。
そして珍妙なネーミングについては察しの通り、勘の鋭い利眞守は薄々気付いていた。
おそらく薔薇と筋肉から来ているのだろう。
"薔薇ン、薔薇クーダ、薔薇" とは、よくもまぁ思い付いたモノだ。
しかし彼女はドコでそんな情報を仕入れたのか?
何となく気になったので、こっそり耳打ちして聞いてみる。
「なぁ薔薇と筋肉ってネタ、ドコで知ったんだ?」
「薔薇と筋肉の狂い咲きってターニュンが教えてくれたんだけど・・・どういう意味?」
「あのオタク・・・!!」
利眞守はギリギリと音を立て、握り拳を震わせる。
おもむろにインテリアとして置いてあったサザエの殻を手に取ると、ソレを背面に隠すように持ち"よく見ろ!"とばかりにクイクイッと動かしている。
利眞守がサザエの殻を向けた先をたどると、そこには1つの水槽があった。
中にはメダカやタニシといった水田に生息する生物が入れられていた。
そこは、ギンブナから逃れた彼女がたどり着いた理想郷である。
"バギバキバキ!!──ガジャリ!──サラサラ・・・"
刹那タニシがコチラに気付いたのを確認するや否や、利眞守はサザエの殻を握り潰し、真っ白なカルシウムの粉末へと変えてしまった!
どう例えるべきか分からないが、人間目線に置き換えれば"目の前で鬼が人間の頭蓋骨を握り潰した!"くらいの衝撃と言えば良いのだろうか?
確かな事は言えないが、タニシの恐れおののく悲鳴が聞こえたような気がした。
その証拠に、先ほどまで壁を這っていた1匹のタニシが殻に籠り、砂利に擬態しているのが見える。
直後、千春の一言により状況は衝撃的な展開を迎える事となる。
「プレ子ちゃんが付けたって・・・そっか大会のエントリーネームの事ね!ほら今度の大会は3人1組のチーム方式らしいから」
「エントリー・・・ネーム・・・?」
不幸中の幸いか、彼女はポジティブな勘違いをしているようだ。
偶然に偶然が重なり、上手い具合に話が進んでいる・・・ならばこの流れを止める理由はない!
手八丁口八丁のらりくらり立ち回って、1度この場を収めてしまおう。
「そ、そうそう3人1組のねぇ~!だから他のビルダー達より連携の取れてるローズ、バラン、バラクーダを特別メニューでトレーニングしてたってわけなんですよ!つまりココから先は極秘の極秘トップシークレットな内容になってますんで、せっかく来ていただいて申し訳ないのですが千春ちゃんにも、お見せする事は出来ないんですよ!なぜなら俺達は既にライバル同士なんですもん!!」
「へ~、オーナーはウソつくの上手──っふがんが!」
(おのれは黙っとれ!!)
プレ子の口を塞ぎ、もっともらしい理由を説明して千春に一時撤退してもらおうとする利眞守。
しかし彼女を騙している分けではない!
コレはあくまでボディビルコンテストを盛り上げる為のサプライズなのだ!!
「そうね、あなたの言う通りだわ!それじゃ私は失礼してコリちゃんの世話をしなくちゃ。ローズさんにバランさんバラクーダさん、次は本番で会いましょう!」
「おいおいそんな捨てゼリフ言っちまうと、お前がボディビルコンテストに出場するみたいに聞こえちまうぜ?」
"──カチャッ──バタン"
こうして何とか場を収める事に成功した利眞守は深呼吸をしてその場に、へたり込んだ。
しかし困った事に、本当にボディビルコンテストへ参加せざるおえない状況になってしまった。
コンテストと言っても何をすれば良いのか?
利眞守はボディビルに関する知識が全くないので、とりあえずのネット検索で情報収集から開始した。
「あ~コレか?第72回MAボディビルコンテストってんだから、そうなんだろうなぁ。しゃーねぇけどエントリーだけでも・・・あ~住所は店で良いか。え~と都道府県は──」
「して兄貴。ボディビルとはなんじゃ?」
「あ?まさかボディビルを知らないで、さっきからポージングをしてたのか?どんなセンスしてんだよお前達は!天性のビルダーか!?」
今日と言う日は衝撃のオンパレードだ。
なんとヤマト達はボディビルという存在を知らないにも拘らず、本家ビルダーさながらの見事な肉体で華麗なポージングを行っていたらしい。
もしかしたら水生生物達に人間の常識なんて通用しないのでは?
だとすると利眞守の常識なんて、その実生体達にとって非常識極まりないモノだったりするのか?
そう考えると擬人化した生体達との接し方を、改めて考え直す必要があるかも知れない。
そう言えばネコと接する時、目線を合わせてはイケないとか聞いた事がある。
イヌと接する時、寝転んだ状態で体の上にイヌを乗せてはイケないとかも聞いた事がある。
だったらプレ子はどうなる?
利眞守は彼女の事を、非常識な熱帯魚或いは痴れ者と思っているが、逆にプレ子は彼の事をどう思っているのだろう?
もしかしたら水生生物の常識を知らない、無知な人間と思ってるかも知れない・・・最近プレ子はよく"バカオーナー!"とか言ってくる。
コレが比喩的表現ではなく本心で言ってたとしたら?
利眞守の頭の中はキャパオーバー寸前だ。
何も考える必要はないのかも知れないが、嫌でも考えてしまう。
そんな利眞守を見かねてか、ヤマト達がお得意のポージングで彼を元気づけようとする。
「ビルダーなんぞ知らんが──」
"──グググッ!"
「ワシらの肉体は──」
"──ギューッ・・・キリ!"
「兄貴が為に鍛え上げたんじゃ!!」
"──バッ!ササッ・・・デンッ!"
「ふんっ!」
「ぬぅっ!」
「いよっ!」
"──ガシッ!──ギュンッ!!"
「例え神仏であろうとも、兄貴を悩ます原因はワシらが叩き潰してくれるわ!!」
「ヤマト・・・」
(気持ちは嬉しいけど原因の1つがアナタ達なのよ・・・)
難しい事を考えるのはヤメだ!メッ!
とにかく今はボディビルコンテストの事を最優先に考えて行動しよう!
この日から利眞守と3匹のヤマト(+プレ子)は、コンテストに向けてトレーニングを開始した。
まずボディビルとはなんぞや?という所から始まり、筋肉やポージングの名称から応援する時の掛け声、デカイ!(筋肉の大きさを示す)、キレてる!(筋肉の形を示す)などの隠語?の意味を理解していった。
そして1人と4匹は一丸となり日々鍛練を積み重ね、着実に実力を付けながらボディビルコンテスト前日の朝を迎えた。
「ふんっ!!」
"──ガッ!──グググッ!"
「良いぞナイスバルクだ!」
「ぬぅっ!!」
"──ギューッ!!"
「よし!ナイスカットだ、キレてるぜ!!」
「いよっ!!」
"──ビキビキッ──バッ!"
「ナイスパンプ!また1段とデカくなったな!!」
「それー!!」
"──キュッキュッ"
「おぉ!ナイスポージン・・・って!なんでお前まで参加してんだよ!?」
「良い流れのツッコミだったぞ!さらに出来るようになったなオーナー!」
「親指立ててグッドじゃねぇんだよ!お前は筋肉とは無縁の、女の子らしい華奢な体型してんだから無理にマッチョ目指さなくていいの!」
「え~私も筋肉ほしい!!」
なぜにプレ子も筋肉を付けたがっているのか?
確かにモデルや役者などがスタイル維持の為に筋肉を付ける事はあるが、それはあくまでも"しっかりとした基礎"という意味合いであり、断じてヤマト達のようなゴリマッチョを目指している分けではない。
試しにムキムキのゴリマッチョと化した彼女の姿を想像してみる・・・それはそれで面白いのだが色々な意味でアウトだ。
筋肉ではなく、いっそ豊満なバストでも目指して頑張ってくれれば良いのになぁ・・・と切に思った利眞守は──
「お前は筋肉以前に、その・・・まな板ボディをもうちょっとグラマーに──」
"──ギラッ"
「あぁん?なんか言ったか?」
「ぇ!?あっ、いえ・・・なんでも・・・ないです」
いつものドコか抜けてる表情から一転、まるで殺し屋のような鋭い目付きと、ドスを効かせた低い声でプレ子は利眞守を威圧する。
完全に不意打ちを食らった利眞守は、その迫力に思わずたじろぎ、表情を引き攣らせながら肝を冷やす。
なんだか彼女の見てはイケない1面と、触れてはイケない地雷に触れてしまった気がする。
「お前なんか勘違いしてるみてぇだから1つ言っといてやるよ。あんな肉塊があったら、壁や天井に張り付くのに邪魔になるだろ?だから敢えてボリュームを持たせないようにしてんのが、わからねぇのかよオイ」
「わ、わかりました・・・はい・・・」
「わかれば良いのだ」
一瞬ヒヤッとしたがこれ以上は、彼女も事を大きくするつもりはないらしく、気を取り直してヤマト達の最終調整の続きに入る。
本番を明日に控え気合いを入れるヤマト達。
このまま順当に行けば明日は地球史上、始まって以来の快挙となるボディビルコンテストに淡水エビがエントリーする奇跡の瞬間の目撃者になれるのだ。
しかしその事実を知る人間は、この世に利眞守ただ1人と、あまりにも少なすぎる。
だがそれで良い!
今は何でもかんでもメディアに出したがる御時世だが、時として一部の狭い世界でのみ語り継がれてる方が魅力的な時だってある。
「しっかしノリと勢いに任せてトレーニングしてたは良いが、ずいぶん店の中を散らかしちまったなぁ」
「使ってない砂利とか土を引っ張り出してトレーニング道具にしてたからね」
「お?土なんて言葉いつ覚えたんだ?お前もアクアリストとして腕を上げたな」
「甘いなオーナーめ。アクアリストどころか私は大いなる水の民プレコストムスなんだぞ」
水の民プレ子は両腕を腰に当て、此れ見よがしにドヤ顔をする。
しかし重要なのは、プレ子の知識が増えた事ではなく店の中がメチャクチャに散乱している、この状況をどうするかである。
「う~む確かに散らかしてしもうたのぅ」
「ワシらが為に兄貴は尽力したんじゃ。その結果散らかってしもうたのなら、後始末はワシらにお任せあれ!掃除は得意じゃからのぅ」
「おぉそうじゃ!ワシらの"ツマツマ"にかかれば一瞬で綺麗さっぱりじゃ!」
「ツマツマ・・・なにそれ?ムキムキの親戚?」
聞き慣れない単語にプレ子は首を傾げる。
すると利眞守は笑いながら、ツマツマとは何かを説明する。
「ツマツマってのはヤマトヌマエビやビーシュリンプとかの淡水エビが、有機物なんかを探したり食べたりしてる時にやる、特有の動きの事を言うんだよ」
「さすが兄貴は物知りじゃ。ツマツマとはワシらの健気な生き様を見た人間達が、親しみを込めて呼んだ愛称じゃ!」
「な〜にが健気な生き様だよ。普段の小さなエビ状態ならともかく、そんなムキムキボディで言われても健気さが出てねぇよ」
小さな淡水エビがレイアウトした水槽の中で、脚を忙しなく動かしながらエサを食べる姿は、確かに健気で可愛らしい。
その際、先端がハサミになっている第1胸脚と第2胸脚(通称ハサミ脚)と呼ばれる部位を使って、有機物や藻類を啄む様子から、ツマツマの愛称で呼ばれるようになった。
アクアリウムにおいて有機物や藻類は水槽の外観を乱す為、邪見な扱いを受ける事が多い。
種類にもよるが淡水エビは、こう言った汚れをエサにしている事と、先述のように常に忙しなくツマツマしている姿から、水槽の掃除屋と呼ばれる事もある。
故にヤマトは掃除が得意だと言ったのだろう。
しかし過度な期待をしてはイケない。
掃除屋と言われていてるエビでも食べる汚れの種類が決まっている上に1匹1匹は、とても小さくツマツマで掃除できる範囲も、たかが知れる。
その為"たくさん入れても水槽キレイにならねぇじゃねぇか!"などと、ほざくのは人間様のエゴイズムに他ならない。
他にもコケ取りとして入れたプレコストムスが他の生体を攻撃してるとか、水槽中のコケを取り終えた"オトシンクルス"(ナマズ目ロリカリア科ヒポプトポマ亜科に分類される小型の熱帯魚)がエサをエサと認識せずに餓死したなどと文句を言うのも同じ事である。
利眞守はアクアリストとして"水生生物は人間に利用される為に生きているのではない!"という事を、伝えていかなければならない使命を背負っているのだ。
「ではいくぞぃ!ワシらのツマツマで綺麗さっぱり一掃してやるのじゃ!」
肘を上に向けて独特のポージングを取るヤマト達。
その姿を見た利眞守に、ふと疑問が浮かんだ。
小さなエビが健気にツマツマする可愛らしい姿なら穏やかな気持ちで見てられるのだが、それをムキムキ褌スケールでやってしまったら・・・?
その結果は利眞守が杞憂を抱く前に、ある意味予想通りな結末として訪れた。
「ツマツマツマツマツマツマツマツマァ!!」
"ドドドドドドッ!ドガドドガバギバキバキッ!!"
凄まじい地響きと共に店が揺れ、天井から何か色々なモノが落ちてくる!
水槽が!棚が!なにより、このままでは店自体が綺麗さっぱり跡形も無く、消滅してしまいそうだ!!
「うぉおぉぉぉ店が消滅するー!やめれぇ!!」
"ドドドガガッ!ドガバギバキガガガバギバギッ!!"
ダメだ・・・まったく聞こえてない。
ココは重機犇めく工事現場か?
それともVTOL離陸寸前のカタパルトか?
力ずくで止めようにも、3匹の筋肉掘削機に突っ込む度胸など持ち合わせてない・・・暴走した筋肉を止める術はないのか!
利眞守が、もどかしさと焦りの入り交じった表情でヤマト達を見つめていると──
「はぁ~!筋肉様よ鎮まりたまえ!!」
「むっ!ワシらの筋繊維1本1本に直接語りかけるは何者じゃ?」
「筋肉様よぉ!鎮まりたまえぇ!!」
突然プレ子が祈祷士のような動きと共に、不気味な呪文を唱え始めた。
すると3匹の筋肉はピタリッと動きを止め、いつものリラックスポーズにもどった。
なにが起きたのか・・・と言うより理解不能な現象が起きているとしか説明のしようがない。
さり気なく彼女の背後に回り込み、耳打ちで問い掛ける。
「・・・プレさん?何をしたんだ?」
「おー!コレに書いてある事をやってみたんだ」
プレ子が指差す先には利眞守の携帯がある。
そして表示されてるページを見ると、それは筋トレの総合掲示板だった。
その中の1文に利眞守の目が止まる。
熱狂的な筋トレ好きが書いたであろう文面の内容は、このように書かれていた。
"鍛えよ筋肉!筋肉とは流した汗と費やした努力に比例するモノだ!筋繊維の1本1本に、しっかりと語りかければ必ずや筋肉は応えてくれる!"
「・・・」
「オーナー前にネットは8割ウソで2割適当って言ってたけどコレは本当だったね♪」
「こんなん特例中の特例だよ・・・つーかヤマトも筋繊維がなんだとか反応しちゃっちゃぁよ・・・それはそれでダメだろ」
プレ子のファインプレー?により店の崩壊を免れた利眞守は、なんとも言えない心境に言葉が見つからないでいた。
しかしこの一件が明日のボディビルコンテストで思わぬ結果を生む事になろうとはこの時はまだ、知るよしもなかった。
時間は誰に遠慮する事もなく刻一刻と過ぎて行き、今日が昨日となり明日が今日となる。
そして第72回MAボディビルコンテスト当日を迎えた利眞守達は大勢の人混みに紛れ、会場メインゲートの受付にいた。
「むむむ・・・なんか緊張する・・・ドキドキするー!」
「なんでお前が緊張してんだ?高校野球のマネージャーじゃあるめぇし気楽にヤマト達を応援してようぜ?」
「でもぉ・・・あー!緊張するぅ!!」
「ふふっ、それが本番の雰囲気なのよ」
「おっ!委員長!!」
「千春おまっ!なに、しれ~と登場してんだよコラァ!お前が朝5時に電話なんてしてくれちゃうから、プレ子が目ぇ覚まして大変だったんだぞ!知らねぇと思うから教えといてやると、コイツの寝起きの良さは死の安らぎと共に眠る古代ローマの兵士ですら目を覚ますくらいにハイテンション、と言うか災害レベルなんだぞ!?」
「オーナーめ!褒めても何も出ないぞ!!」
「褒めてねぇよ!」
バタバタと暴れるプレ子にヘッドロックを決めながら、お互いに文句を言い合うプレ子と利眞守。
しかし文句を言いつつも、その表情は嫌がっているどころか喜んでいるようにさえ見える。
例えるなら仔猫が爪や牙を立てて、じゃれあっているような姿とでも言うべきか?
「仲が良いわね~。今は1つ屋根の下で2人、共同生活してるんだっけ?羨ましいなぁ・・・そういうのってなんか嫉妬しちゃう」
「ほざきやがれ!青春ドラマのヒロインよろしくなセリフはやめてくれ。俺とコイツは、お前の期待しているような関係じゃねぇよ」
「なんだとぉ!?じゃ私とオーナーはどういう関係なんだ!」
「知らねぇよ!つーかソコかよ!?」
ベチベチッ!とプレ子に叩かれながらも利眞守はエントリーシートを書き上げる。
今日の主役は利眞守でもなければプレ子でもなく、ましてや千春でもない。
鍛えに鍛えた己の肉体1つで、並み居る猛者共と、真っ向勝負をするヤマト達に他ならない!
その主役達は一足先に、選手控え室にてスタンバイをしている。
遂に地球史上初となる、公式のボディビル大会にエビが参戦する奇跡の瞬間が目前に迫ってきている!
瞬き厳禁!
兄貴の為に己を鍛えた漢の勇姿に刮目せよ!
見届けろ!
むさ苦しいほどに暑苦しい、その生き様を!
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
本番開始予定時刻の15分前。
3人は正面2階の特等席をゲットしていた。
ココからならステージの隅々まで見渡せる、最高のポジションだ。
だが右側をプレ子、左側を千春に挟まれた利眞守は、何処と無く肩身の狭い思いをしていた。
単純に彼の肩幅が〜、などと言う意味ではなく、メンタル的な意味で肩身が狭いのだ。
「オーナーは幸せ者だ!コレ両手に花ってヤツだぞ、ハーレムってヤツだぞ!!」
「・・・ドコでそんな言葉を覚えたんだ?」
「でもプレ子ちゃんの言う通りだと思うわ。素直に喜んだらどうかしら?」
「・・・否定は出来ねぇけど肯定もしねぇ」
男に乙女心は理解できないと言うが、その逆も然りである。
例え花の心を理解出来たとしても、彼女達に利眞守の複雑な男心は分からないであろう。
男と女は相容れぬ存在であるが故、互いに求め合うモノだと誰かが言ってたような言ってなかったような・・・そんなどうでもいい事でも、精一杯頭を使って考えていれば、この複雑な心境を誤魔化し、隙間を埋めてくれるパテの代わりくらいにはなるだろう。
1人俯きながらこの難問を考えていた、その時──
"ガシャンッ!"
突然館内の照明が落ち、会場全体がブラックアウトした!
辺りが、ざわつきに包まれる中、スポットライトがステージの中央を照らし出す。
そこではビシッとしたスーツにテッカテカの七三ヘアを決めた1人の男がマイクを片手に、す~っ・・・と深呼吸をしていた。
言わずもがな正体はボディビルコンテストの開始を告げるMCだ。
「LADIES&GENTLEMAN!大っっ変長らくお待たせしました!只今より、鍛えに鍛えた物言わぬ肉体による熱く、激しく、美しい筋肉の宴!第72回MAボディビルコンテストの開催を宣言いたします!!」
その一言に会場からは、割れんばかりの大歓声が上がる。
この会場に集まった人々は、本気でボディビルコンテストを楽しみにしているのだろう。
若干の温度差を感じながら利眞守も会場を煽りながら、然り気なくプレ子と千春の様子を窺うと──
「おー!筋肉筋肉早やれー早やれー!!」
「パパー聞こえてる!?今年も頑張ってね!!」
(うぇえぇ!?めっちゃ盛り上がっとるやんけ!!)
あれ?もしかしてこの場で俺1人だけ浮いてる感じ?
波に乗れず温度も低い俺って、周りに取り残された哀れなアクアリストって事かい?
なぜ同じタイミング、同じきっかけでボディビルを知ったハズのプレ子がこんなにも熱狂出来ているのかが不思議でならない。
そうか・・・肩身が狭いと感じていた最大の原因は、両サイドとの温度差にあったんだ。
それに気付いた利眞守は無理矢理にでもテンションを上げて、周りの熱気と一体化しようとする。
熱量とはイコールで力!
力とはイコールでテンション!
テンションとはイコールで周囲との結束力!
力学や物理学を強引に結び付け、少々キツいが独自の理論と式を完成させた利眞守はソレを糧にヒートアップする!
例え、ふざけた理論や適当な根拠だろうと、自分自身がソレを疑わず信じてさえいれば、たったそれだけの事でも人間は頑張れるモノだ。
「おぉおぉぉヤマト達以上にまず俺自身が熱くなくてはならぬのだぁ!熱量最大バーニングハート!!」
「おぉ!オーナーの眼に火が付いた!!」
「眼だけじゃない!全身が激しく燃えてるわ!!」
ヤマト達の頑張りに恥じぬよう利眞守は熱く、さらに熱く燃え上がり、自分自身の限界を超える!
月と太陽、陰と陽!
生と死から静と動!
決して相容れぬ対極の存在が1人の男を母胎として、極限進化を体現する!
炎と水の矛盾が調和した今こそ誕生するその男の名は、炎のアクアリスト"アクア・ザ・ニード・キーン"略してアニキ!!
「それでは今回の主役達に登場していただきましょう!」
MCがマイク片手に舞台袖を指差すと、次々にビルダー達がステージ上に現れる!
今回は3人1組という変則ルールの為、登場したチームは全10組の計30人。
ステージ狭しと埋め尽くすビルダー達の中に・・・いた!
ボディビル用パンツに6番のプレートを付けたヤマト達を見つけた利眞守とプレ子は、すぐさま声援を送る。
「うおぉ6番デカイぜ!デカ過ぎるぜ!!」
「6番バリバリ!バリキレの冷蔵庫だ!!」
「2番グレートよ!ナイスバルク!!」
利眞守とプレ子が6番を応援する中、千春は2番に声援を送っている。
そこで2番のチームを確認してみると──
「げっ!最前列に立ってるのって、ありゃ千春の親父さんでねぇの!?オイオイ・・・2児のパパであのボディは反則だろ!」
「ふふっ、ここからはお互い敵同士ね」
「・・・へっ!俺達のトレーニングの成果を魅せてやるぜ!」
観客席でもまた、熱い闘いが繰り広げられている中、いよいよ最初の審査が始まった。
審査内容は各チームのメンバーが替わり替わり、指定されたポージングで己の肉体を魅せつけるという、普段なら予選として行われるモノなのだが、今回は変則ルール。
予選から準決勝、決勝までを一気にやってしまおうといった内容になっている。
1番チームのメンバーが早速ポージングを開始すると、会場からは割れんばかりの歓声が巻き起こる。
"デカイ!キレてる!"は言うに及ばず"羽が生えてる!"や"跳ねてる!"など様々な声援が会場を飛び交っている。
これは、ふざけている分けではなく、ボディビルコンテストにおいて"どのようにして応援するか"を追求した結果の声援なのだ。
次々と流れるようにポージングを決めるビルダー達に送られる声援は千差万別。
中には最早何を言ってるのか分からない声援もあるが、大切なのは気合い。
要は気合い論と言うヤツだ。
「6番MAXバリバリフォー!!」
「なにそれ?」
「へっ、知るかよ!」
各チームが一通りのポージングを決めた後、今度は全チーム一斉にポージングを決める。
その勇ましき姿に、会場のボルテージはボルケーノ!
今まさに噴火せんとする火山が如き熱気に満ち溢れている!
その熱い歓声が鳴り止めば、いよいよ審判の時。
まず全10チームの中から準決勝に進む6チームが選抜され、この段階で4チームが10位から7位に振り分けられる。
つまり番号を呼ばれた瞬間に準決勝、決勝への道が閉ざされてしまう。
果たしてヤマト達の肉体は、この猛者共の中でも通用するのか?
そしてその結末や如何に!?
「さて結果が出揃いました。それでは発表します!」
・・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「あーもぅ焦らすな!この時間が体に悪いぞ!!」
「お前達なら問題ねぇ!そうだろヤマト!!」
「ふふっ・・・」
会場全体の視線と緊張感を独り占めしている、この瞬間を楽しんでいるかのように場を焦らすMC。
刹那その沈黙は、突如として引き裂かれる。
「7番!」
7番のチームが呼ばれた!
つまり7番チームの成績は10位という事だ。
番号が発表されると同時に、会場全体から惜しみ無い拍手が巻き起こる。
もしかしたら本当は勝ち負けなんてどうでも良くて、この場に集まった人々は正々堂々と己の肉体だけで闘い抜いたビルダー達の雄々しき姿を見に来ているのかも知れない。
まさにフェアプレイ!まさにスポーツマンシップ!
その後も1番、5番と次々に番号が発表されていく。
残るはラスト1チーム。
ヤマト達の番号は6番、千春の父親は2番。
最後に呼ばれた番号は──
「3番!」
残った!
ヤマト達の準決勝進出が確定した瞬間だ!
利眞守とプレ子が力強く地面を蹴り、喜びを表情する隣で、千春は当然の結果だと言わんばかりの余裕を見せつける。
次の審査は数分のクールタイムを経た後、自ら持ち込んだBGMに合わせてポージングをするという、いかにもボディビルらしい内容となっている。
そして、その中から決勝に進む2チームを選抜するのだ。
門はさらに狭くなり、周りのレベルも上がってくる・・・だがお前達なら大丈夫。
期待と不安が降り注ぐ、準決勝の始まりだ!
"テテーテテテテーテーテーテーテテー!"
勇ましいBGMに乗せて2番のチーム、千春の父親達が演技を開始する。
その貫禄たるや最早圧巻の一言!
迷いのないポージングにキレッキレの肉体、さらに一子乱れぬ息の合った動きはどれを取ってもパーフェクト。
「さすがに歴戦のビルダーだけあって手強いな」
利眞守が歯を食い縛り表情を強張らせている中、2番チームが演技を終える。
その後のチームもテンポ良くリズミカルに演技を終え、いよいよヤマト達の番が訪れる。
「さぁ、あなた達はどう魅せてくれるのかしら?」
「期待しててくれよ?なんたって、この俺直々のプロデュースなんだからな」
"テ~テ~テ~テ~テテテテ~テ~テ~テ~"
前者2チームが奏でた勇ましきBGMから一転、会場全体になんとも間の抜けたBGMが流れる始める。
それに合わせてヤマト達が最高の笑顔で演技を開始する。
「あなたって人は・・・どうしてこんな曲を?」
「そう思ってもらう事こそが狙いなんだよ。考えてみろ?沢山の1という数字の中に、1つだけ9という数字が混じってたら目立つだろ?要は個性を引き出すにはセオリーなんてモンに従ってちゃダメって事なんよ」
「これを利眞守理論って言うらしいぞ!」
その狙いが当たったのか、会場からはちょっと目線を変えた斬新且つ新鮮味のある演技と評価する意見が聞こえてくる。
しかし油断は禁物。
最後の最後まで何があるか分からないのが、世の常である。
だが利眞守のプロデュースした、この演出の後に演技をしなければならないチームにはプレッシャーであろう。
なぜなら何事も1発目というのは御祝儀を兼ねた意味でもウケが良いモノだ。
その後に似たような事をやっても、ネタかぶりとして扱われたりする為、やるなら大胆不敵に1発目を飾るのがベストでありマスト。
これぞ利眞守の美学及び哲学であり、彼の理論の根本を形成する大部分である。
最後のチームの演技が終了し、係も集計を終え、いよいよ運命の結果発表を迎える。
「我が知略、吉と出るか凶と出るか・・・」
「それでは準決勝の結果を発表したいと思います!」
ペラペラと結果の書かれた紙を確認するMC。
そして一息ついてマイクを口元に持ってくると──
「10番!」
そのあとに呼ばれたのは4番と8番。
いよいよ残るは2番、6番、9番チームのみとなる。
ココまで来たら狙うは優勝ただ1つ・・・否!端から狙うは優勝のみ!!
例え相手が歴戦のビルダーだろうが、コチラが初陣飾ったばかりのエビだろうが、そんな事は関係ない!
決める時に決めれるモノこそが真の漢である!
「エントリーナンバー──」
最後のチーム発表だ!
3人は息を殺して耳に全神経を集中させる。
一語一句聞き逃してなるものかと固唾を飲んで見守る中、呼ばれた番号は──
「9番!」
「9──っ!シャアァラきたぜオイ!決勝進出確定じゃコラァ!!」
「やったーー決勝だ!ねぇオーナー決勝だって!!」
思わず肩を組み喜びを分かち合う利眞守とプレ子。
その隣で"おめでとう"と言いたげな笑顔で千春が、はしゃぐ2人を見つめているがその表情はドコか寂しげに見える。
とにかく、これで最後の闘いに挑む権利を得た!
後は死力を尽くして闘い抜くだけなのだが、プレ子の一言で利眞守は"ある事"に気付かされる。
「で!決勝ってなにやるの!?」
「なにやんのって、そりゃお前・・・な・・・に・・・はあぁあぁぁ!?」
それは遡る事、1週間前。
「なるほどね・・・審査は1回戦毎に内容が変わるのか。まぁ当たり前っちゃあ当たり前だけど、ちと面倒だな」
来る日に向けて事前の情報収集をしているのは利眞守その人。
0からの知識という事もあり、抜かりなく念入りに下調べをしている、ところまでは良かったのだが──
「え~と?まずは指定されたポージングをするのか?ンでもって準決勝だと・・・曲を持ち込んで、それに合わせてポージング・・・結局はポージングなのか?え~最後が──」
「オーナー発見!携帯なんか弄ってないでトレーニングするぞ!!」
「あ?いや、まだ下調べが──」
「ほぉ~オーナーはノリと勢いを捨てて、インテリ系に路線変更したいと・・・オーナーはそれで良いのか!!」
「!!!」
「まぁオーナーがそうしたいって言うなら私は止めないけど?」
「ふっ、俺も甘く見られたモノだ・・・良いだろう!貴様にノリを極めし者の真髄を教えてやる!前進勝利の美酒あらば、可憐な花とて塵も同じと知れ!これ即ち死ぬと思わば勝利が微笑み、己が敵に背を向けてでも生きんとするは愚の骨頂!脚があるなら駆け抜けろ!腕があるなら槍持て、弓持て、旗を持て!行くぞプレ子、遮二無二突き進め!!」
「おー!!」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「あ・・・がが・・・」
利眞守は思い知る・・・愚の骨頂とは、過ちに気付かずノリと勢いだけで突き進んだが故、今という危機を迎えてしまった己が諸行。
開いた口を閉じる事すら忘れて絶望の表情を浮かべるその顔は、完全に万事休すといった具合だ。
せっかくココまで来たのに次の審査内容が分からないとは、なんたる失態か!
今から審査内容を知り得たとしても、ヤマト達にその事をどう伝えれば良い?
例え選手関係者であろうと、その控え室に入る事は不可能・・・このままでは決勝戦でヤマト達は歴史的惨敗をしてしまう!
どうすれば良いんだ!?
「ん〜千春?決勝って何をやるかは・・・もちろん、ご存知ですよね?」
「改まって何を言っているのかしら。最後の審査はフリー演技だって書いてあったでしょ?」
フリー演技・・・要するにアドリブ審査と言う事か。
しかし今までのヤマト達を見ているとアドリブが得意とは思えない。
何故なら1匹がキッカケを作り、1匹が話題を広げて、1匹が結論を出すという流れ作業を展開していたからだ。
なんとなくだが笑顔を崩さずも、控え室の片隅で困っているヤマト達の姿が容易に想像できる。
こんな時に何もしてやれない自分に果たして、本当に彼らの兄貴を語る資格はあるのか?
否!ヤマト達が俺を兄貴と慕ってくれている以上、俺が音を上げてどうする!
古の時代より兄貴とは最後まで決して諦めない漢であり、兄貴とは威風堂々たる背中で語る漢であり、兄貴とは常に兄貴の風格を纏う漢である!
ならば今の俺に出来る事はただ1つ!
それは考える事だ!
一瞬のヒラメキ!シャープな着眼点!
常識という鎖に縛られた可能性を解き放ち、くだらない世の中を偲び送る追憶!
それに取り憑く亡霊共に捧げる鎮魂歌!
考えろ!
このピンチを切り抜ける突破口は必ず!必ず存在する!
世の中に絶対と言うモノがあるとすれば、それは"絶対と言うモノは絶対に存在しない"という事実のみ!
つまりは絶体絶命のピンチなんてモノも存在しないと言う事だ!
ならば考えろ!
この状況を打破する神の一手を見つけ出し、どうしたらヤマト達に決勝の内容を伝える事が出来るのかを!!
伝える・・・言葉で伝える・・・文面で伝える・・・第3者を介して間接的に伝える・・・違う!そうじゃない!!
難しく考えるな・・・答えは常にシンプルであり簡素にして簡単・・・言葉や文字を持たなかった古の先人達は、どのようにして想いを伝えて・・・想い?
「そうか!その手があった!!」
"──ガタッ!"
突然席を立ち上がると両手を突き出し、全神経を一点に集中させる利眞守。
その姿は、まるで祈祷士が儀式を始める前に行う聖なる、お清めを見ているかのようだ。
「・・・なにしてるの?」
突然の奇行に戸惑いながらも千春は利眞守に問い掛ける。
すると彼は静かに口を開いた。
「言葉を持たない水生生物達が共存し、愛を紡ぎ、生命を後世に伝える事が出来るのは何故だと思う?」
「え、え~と・・・?」
「それは言葉なんてモノがなくても"魂"で通じ合えるからだ。難しく考える必要はない・・・全ては摂理であり森羅万象の中に存在する俺達だって同じ事だ。人間を生み出したのが神だとすれば、人間が神という存在を生み出し、永遠の虚像として祭り上げているのも全ては神の意思に他ならない」
「え・・・えぇっ?」
「だが人間は決して神に昇華事は出来ないし、その領域に踏み入る事も出来ない・・・だからこそ、神とやらに降りて来てもらうのだよ!人間の領域までな!!」
(・・・また暴走しているわ。今度は何が原因でスイッチが入っちゃったのかしら?)
時として利眞守は物事を考えすぎて暴走する事がある。
こうなってしまうと本人が納得するまで暴走モードは終わらない。
千春や政宗ら、幼なじみからすれば"いつもの事"なのだが、端から見れば歪んだ思想に染まったヤバい人である。
しかし利眞守が暴走するには必ず理由があり、その理由に対する答えにたどり着いた証が、暴走という形で表面化しているのだ。
支離滅裂な言動と共に席に座った利眞守は、最終段階へと事を進める。
「はぁ~筋肉様よ~!我が呼び声に応え、今ココに導きの調和を示さん!筋肉様よ~筋肉様よ~!」
それは以前プレ子がやって見せた、ヤマト達の筋肉に直接語り掛けるという前代未聞の荒業だった!
利眞守のたどり着いた答えとは、直接魂で会話するという、常識的にも科学的にも説明の出来ないスピリチュアルなモノだった!
そもそも水生生物が擬人化している事自体が、既に説明のつかない現象故に、この程度では驚くにも及ばない。
こうして人の感覚はマヒして、正常な判断が出来なくなり理解力も欠落していく。
ある意味で彼は独り、人類の新たなる進化を歩もうとしているのかも知れない。
(む!ワシらの筋繊維に語り掛けるは、まさか!?)
(この声は・・・兄貴じゃ!兄貴の声に間違いない!)
(なんと!兄貴がワシらの筋繊維に語り掛けてきおるわい!)
(あぁ!お前達の声も、しっかり聞こえてるぜ!待たせたなヤマト!)
「・・・」
「オーナー今度は黙りこんじゃった・・・」
「あなたって人は・・・」
(隣に居るだけなのに恥ずかしい・・・なんで私は、こんな人を・・・)
ピクリとも動かない利眞守を見ながら何故か涙目になる千春。
そんな事は、お構い無しに利眞守はヤマト達と"θεολογια"を通じて会話を続けた。
(さぞ心細い思いをさせただろう。だが安心してくれ!ココからは俺も一緒に闘わせてもらうぜ!)
(兄貴"ぃ・・・そごまでワジらの事"を・・・)
(兄貴が一緒なら鬼に金棒じゃ!)
(うおぉおぉん!兄貴はやっぱりワシらの兄貴じゃぁ!!)
複雑なドラマを描きながらクールタイムが終わり、いよいよ決勝戦が始まろうとしていた。
MCが最後の闘いの火蓋を切って落とすべく、マイクを片手に開幕を宣言する。
先行は2番チーム。
フリー演技でやる項目は、ビルダーの筋肉が見せかけではない事を証明するかの如く、人間を使ったウエイトリフティング。
千春の父親が左右に待機するビルダー達を持ち上げると、会場からは大喝采が巻き起こる。
実際に酷使されるている筋肉の圧倒的なボリュームは、ソレが見せかけではない事を改めて思い知らせてくれる。
くっきりと浮かび上がる血管、ムダのないカッティング。
例えるなら躍動するギリシャ彫刻のような美しさ・・・まさに最後を飾るに相応しい相手と言えよう!
そしてヤマト達の番がやって来た。
「さぁヤマト!派手に決めるぜ!」
「おぉやっと喋った!」
ステージの中央、ヤマト達がゆっくりとリズミカルにポージングを決めている。
確かに見事な肉体を披露しているが、コレでは決勝を飾るには味気なさ過ぎる。
多少のざわめきと共にヤマト達を見つめる人々は次第に"ある変化"に気付き始める
それはポージングのテンポが速く、激しく、勇ましさを増すにつれ、会場全体が僅かに"揺れている"という事だった。
最初は"気のせいか?"くらいにしか感じ取れなかったその揺れは、どんどん大きくなり数秒後には観客を含めた会場の全てが、激しく揺れている事を体感的に感じ取れるまでになっていた。
そしてプレ子はこの揺れの正体に気付き、利眞守に語り掛ける。
「これ!これって"ツマツマ"だよね!?」
「これぞ漢気全開ツマツマ祭りだぁ!!」
ヤマト達の流れるようなポージングはツマツマの動きを取り入れた、他に類を見ない新しいポージング!
ツマツマの巻き起こす揺れは全てを飲み込み、会場を1つにしながら怒濤のラッシュを決めている!
一度この波に飲み込まれたが最後、血湧き肉躍り、筋繊維の1本1本が暴れ出す!
老衰の猿であろうとコレを前にして、おとなしく座っている事など出来る分けがない!
会場からは今日1番の大歓声が"これでもか!"とヤマト達に送られる。
熱い!熱すぎる!!
この熱気で世界が溶けてしまうのではないかと心配になるくらい激熱だ!!
会場の熱気が最高潮に達したのを確認したヤマト達は、お得意の合体ポージングで本日の大トリを飾った。
"これでおしまい?もっとやれ!!"と言わんばかりの歓声が後ろ髪を引く中、ヤマト達は1歩後ろに退がり、リラックスポーズを取る。
やれる事は、やりきった!
出せる力は、全て出しきった!
これで負けたとしても、一片たりとて悔いはない!
後は静かに結果発表を待つだけだ!!
「結果が出揃いました!それでは第72回MAボディビルコンテストの優勝チームを発表します!」
数分の間を取り、遂にこの時が来た!
決勝戦では今まで違い、MCが呼んだチームが優勝となる。
永遠とも取れる長かった闘いに、今まさに終止符が打たれようとしている。
果たして結果はヤマト達か!?
それとも千春の父親達か!?
「優勝はエントリーナンバー──」
「・・・決めろ!」
「・・・ムキムキ褌!」
「・・・」
すぅ~っと大きく深呼吸をしてMCが呼んだチームは──
「エントリーナンバー6番!ローズ、バラン、バラクーダチームです!!」
「ろ、6番・・・!?や、やった・・・やったぞおぉおぉぉ!!」
「やったーー!!優勝だあぁあぁぁ!!」
本日2度目のハグを交わす利眞守とプレ子。
嬉しさのあまり彼の首元に噛み付くプレ子だが、利眞守もそんな事はお構い無しに彼女を揺さぶっている。
千春も一瞬悔しそうな表情をしたが、すぐに穏やかな笑顔で2人を見つめ語り掛ける。
「ふふっ、優勝おめでとう。あ~ぁパパ負けちゃったかぁ・・・悔しいなぁ。これで勝てばV3達成だったのに・・・あなた達には完敗よ」
「うんにゃ千春の親父さんは強かった。俺達がいなかったら間違いなく優勝は2番チームだったぜ」
「なんのフォローにもなってないわよ?本当に悔しい・・・色んな意味で・・・」
「あんだって?」
「なんでも。ほらトロフィーの授与が始まるわ。見届けてあげたら?」
「おぉそうでんがな!さぁてお前達の勇姿、この眼に焼き付けさせてもらうぜ!!」
こうして波乱に満ちたボディビルコンテストは幕を閉じ利眞守、プレ子、そして今回の主役であるヤマト達はアクアリウム・バックヤードへと帰って行った。
その日の晩──
「ヤマト・・・トロフィー似合ってるぜ」
「何を言うんじゃ兄貴!ワシらは兄貴がいてくれたからこそ頑張る事が出来たんじゃ!」
「そうじゃそうじゃ!このトロフィーは兄貴にこそ相応しい!」
「ワシらの肉体は兄貴の為に!これからもワシらは兄貴のお役に立つべく日々精進じゃ!」
「よせやい俺の役に立つなんざよ。俺は今回の一件でお前達と1つになれたと思っているんだ。だから俺達は既に魂の兄弟だ・・・何があっても離れない、永遠の絆で結ばれた俺達の間に、役に立つとか俺の為だなんて考えは存在しないのさ。そんなモンがなくたって俺はお前達の良き兄貴である為に、お前達の事を片時も忘れない」
「あ・・・兄貴ぃ・・・」
「お、そうだ!記念に写真でも撮るか!あんまり写真ってぇのは好きじゃねぇが今回だけは特別だ。ほら全員でトロフィーを掲げて1枚パシャリといこうでねぇの?」
「じゃ私が真ん中!」
「ほんじゃまぁ俺は、その後ろかね」
「ならワシらは兄貴を囲むようにいくぞい!」
携帯をカメラモードにしてタイマーをセットした利眞守は、ピントやポジションの最終調整を行っている。
そして準備を整え、みんなの輪の中に入るとポーズを決める。
「全員最高のポージングを決めろよ!」
「ふんっ!」
「ぬぅっ!」
「いよっ!」
「それー!」
「おいさっと!」
"ピッピッピッ──カシャッ!──パアァアァァァ!!"
シャッターが切られると同時にヤマト達が激しい光に包まれた。
それは生体の願いが叶った証しである、あの光だ。
「ワシらと兄貴が1つになれた・・・兄貴の口からその言葉を聞けたワシらが、これ以上に望むモノなど他にない!」
「ワシらの兄貴は兄貴をおいて他にいない!最早ワシらの眼には兄貴しか映らんのじゃ!」
「ワシらは世界一の幸せモノじゃ!兄貴と過ごせた日々は、ワシらにとって最高の日々じゃった!」
"パアァアァァアァァァァ!!"
「兄貴フォーエバー!!」
光に包まれた3匹のエビは静かに水槽の中へと、もどって行った。
「あぁ・・・見ててくれよな。俺の兄貴としての生き様を!」
それから数日後。
いつものように水生生物と、にらめっこしている利眞守の元に1人の客人が訪ねて来た。
「んぁ〜千春どったの?コリドラスに何かあったのか」
「・・・」
そこにいたのは千春だった。
しかし今日は様子がおかしい・・・後ろに手を組み、なんだか斜め下に目線を逸らしてモジモジしている。
「おぉ!委員長!!」
「プレ子ちゃん・・・その・・・少し・・・利と2人っきりで話をさせてもらっても良いかな?」
「許可する!」
「おいおい俺の意見は無視か?」
なぜかプレ子が腕を組み、偉そうな態度で許可を出す。
状況の飲み込めない利眞守は渋々千春と共に店の外に出ると、改めて彼女に用件を聞いてみる。
「で、俺と2人っきりでお話しって何よ?」
「・・・」
「千春?」
やはりモジモジとした態度で利眞守と目線を合わせようとしない。
その表情はドコか赤らめているようにも見える。
その証拠に利眞守が1歩近付くと、彼女は1歩後退する。
なんとも言えない間合いを保ちながら、千春は重い口を開いた。
「・・・本当は・・・もっと早くに言うべきだったのかも知れない」
「何をだ?それはアイツがいると言いづらい事なのか?」
「私・・・この前から利に聞かなきゃイケない事があったんだけど・・・その・・・」
いつもの千春らしくない・・・普段の彼女はフワフワのほほんとしてはいるが、もっとキレのある喋り方をする女性だ。
その様子を店内から、こっそり覗いているプレ子は壁に張り付きながら眼を見開き、頬を赤らめている。
(こ、これって・・・まさか・・・愛の告白じゃないのか!?)
"──ドキドキ──ドキドキ"
(委員長ってオーナーの事が・・・はっ!)
"──ドキドキ──ドキドキ!!"
(私からオーナーを奪うつもりなのか!?)
"──ドキドキ!!──ドキドキ!!"
「千春や?俺は答えられる事なら何でも答える男だぜ?とりあえず・・・まぁなんだ?聞かせておくんなせぃ?」
「じゃあ単刀直入に聞くわ・・・あなたの──」
「ダメだーー!オーナーは私のオーナーだあぁあぁぁ!!」
"──ドゴォッ!"
「きゃっ!?」
勢い良く入り口を蹴破り、プレ子が千春にフライングヘッドバッドを決める!
その衝撃で、千春は豪快に吹き飛ばされ、地面に叩き付けられる。
「プレッ!?お前何やってんだ!」
「だって委員長がオーナーの事!」
なぜか涙目のプレ子は千春を指差し必死の形相で利眞守に訴えかける。
この状況に利眞守の頭はこの上なく、こんがらかりプチパニック状態だ。
とにもかくにも事態を1コづつ整理していく他に、絡まり縺れた現場を立て直す術はないだろう。
まずは吹き飛ばされた千春を起こして、彼女の一件を解決する事にした。
「大丈夫か?ちと取り乱したが話の続きを聞かせてくれ」
「ううん良いの・・・だって・・・」
「あぁーーーーっ!!」
大声を出して千春の声を掻き消そうとするプレ子の表情は今にも泣き出しそうだが、それは一旦置いといて千春は話を続けた。
「パパったらバランさん達のトレーニング方法が知りたいからって私に聞いて来いなんて言うのよ!そんなのいくら親しい人だからって聞ける分けないじゃない!それなのに無理矢理──」
「へ?トレーニング・・・?」
眼を点にして呆然とプレ子は立ち尽くす。
「だからプレ子ちゃんが必死になって止めに来るのも当然よ・・・ごめんなさい、やっぱり私が間違ってたわ。パパには1度キツく言っておかなくちゃ!!」
「あ、あぁ・・・なるほどな。お前の親父さんらしいっちゃらしいけど・・・で、プレ?お前はどうしたんだ?」
「え!?わ、私は・・・その・・・」
「・・・プレ?」
「・・・」
"──ガブリッ!"
「いやあぁあぁぁ!なんで噛み付くんだよ!?」
「うるさい!バカオーナー!!」
"──ガブリッ!"
「ああぁあぁぁ!ヤ、ヤマト助けてくれぇ!!」
こうして兄貴たる生き様を見せ付けるべく決心した利眞守だったが、結局いつもと変わらない姿を晒すハメになった。
もしかしたらコレこそが、兄貴たる漢の真の姿なのかも知れない。