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アクアリウム・バックヤード  作者: 鈴木 崇嗣
第1章 利眞守奮闘編
7/16

4匹目 2次元世界で嫁探し?タニシでござる



店を休業してから今日で何日目だろう?

窓から()し込む、温かな光を()びて利眞守(とします)は1人碧羅(へきら)(てん)(あお)ぎ考える。

そして壁に張り付いたプレ子と(てん)を交互に見ながらキャップのポジションを直す・・・そろそろ本題を切り出すか。

重い腰を上げ、ゆっくり彼女に向き直り──

「そろそろお前を、元にもどしてやらなばな」


「おぉやっとその気になったか!」


その一言を聞いたプレ子がヒラリと空中を泳ぐようにして降りてきた。



「そんじゃま"願い"を聞かせてくれ。ソレが叶えば、お前は元のプレコストムスにもどれるハズだ」


「・・・」


「どうした?」


プレ子は(うつむ)き黙りこむ。

その表情はどこか曇っているようにも見える。


「オーナーは私に・・・元にもどってほしい?」


「あぁ?元にもどせって言ってきたのはお前だろ?」


「そうじゃなくて!」


どうもプレ子の意を(い)とする事が読み取れない。

何を(つた)えようとしてるのか?

もしかしたらコイツは、自分がいなくなったら俺が(さみ)しくなるんじゃないかと心配しているのか?

思い上がりかも知れないがなんとなく、そんな気がした利眞守(とします)は、今思ってる事をそのまま口に出す。


「お前がいなくなったら俺が(さみ)しがるんじゃないかって事を心配してるのか?まぁそんなモン・・・寂しくなるに決まってるわな。イレギュラーと言えど、なんだかんだ半月(はんつき)近くを一緒に過ごしてるんだ。少なくともお前がいた半月(はんつき)の間、俺は(ひと)りではなかった・・・でも心配する事はない。お前は消えるわけじゃなくて水槽の中のプレコストムス、本来の姿(プレ子)にもどるだけで、いつでも会える事に変わりはない」


「もー!そういう事じゃないんだってばぁ!!」


どうやら利眞守(とします)の考えは(まと)ハズれだったらしい。

ここまで決めてハズしたとなれば言わずもがな、利眞守(とします)としても、やっちまった感を覚えるのは必然。

(ゆえ)に少々ムキになり──

「ぬくくっ・・・()せぬ!その(ほう)真意(しんい)(もう)してみよ!」


「あぁあぁぁ!もういい!」


"ガチャッ!──バダンッ!"

プレ子は怒りながら店を飛び出して行ってしまった。

"なんだアイツ?"と、しばらく呆気(あっけ)に取られていた利眞守(とします)だが、状況を理解した時その表情は一気に青ざめた。


「ちょっ、アイツ外に出てっちまった!?おいヤベェって、もどって来ーーい!お前は色んな意味で外来種(がいらいしゅ)なんだぞ!?」



今の今まで彼女を店の外に出した事は、1度たりとてなかった。

それは彼女を危険に(さら)さない為であり、外の世界は24時間365日360度の角度で常に何が起こるか、わからない危険に満ちている。

急ぎ店を飛び出して辺りを見渡すが、そこにプレ子の姿はなかった。

外見こそ普通の少女だが、その正体は熱帯魚プレコストムス・・・彼女にとって世間の風は冷たすぎる!

大至急(だいしきゅう)見つけ出し保護しなければ取り返しの付かない事にも、なり(かね)ない!

多少の事でムキなってしまった自分を()じれば、やるべき事も見えてくる。

一刻をあらそう事態を前に利眞守(とします)は走り出し、プレ子探索を開始した。


「うぉおおおおぉぉぉぉおおぉぉぉぉ!」



風と共に去り行く、彼の姿と雄叫(おたけ)びは一瞬のうちに消え去った。

時刻は昼時(ひるどき)だというのに人も車も一切通らない立地条件の悪さが生み出す、恐怖を感じるほどの静寂(せいじゃく)が辺りを(つつ)み込んだ時──

"スタッ"


店の屋根に置かれたアクアリウム・バックヤード大看板の裏からプレ子が降ってきた!

彼女はドコに行く分けでもなく、ただ店の外に飛び出しただけに過ぎなかった。

そうとは知らない利眞守(とします)は人の集まりそうな所から路地裏や森林区といった所まで、(くま)なく爆走しているに違いない。

その間に、当のプレ子は走り去った彼の背を見つめながら店内にもどっていった。

何か思うところがあったのか入り口付近に置いてある(たな)に腰掛け、反省したような表情で待機する事、約2時間後。



「ぜぇ・・・うぅえっ!・・・もう・・・ダメだ」


店内に戻って来たと同時に利眞守(とします)は力尽きた。

前にも、こんな光景を見た気がする。

薄れゆく意識の中でコチラに()()るプレ子の姿を見た彼は──

「なんだ・・・もどって・・・か・・・よ・・・」


「オーナー・・・」


「・・・」


最後に何かを言おうとしたのかプレ子に向けて、手を伸ばしている途中で利眞守(とします)は落ちてしまったようだ。

しかしバイタリティの(かたまり)とでも言うべきこの男は、すぐ復活するに違いない。

そして何事もなかったかのように普段通り、彼女に接する事だろう。

それから3分のクールタイムを()(あん)(じょう)利眞守(とします)は復活した。

若干(じゃっかん)()だるそうにしているが特に問題はない。


「あぁプレ・・・無事か?」


「その言葉そのまま返す」


「ふっ、ナメられたモノだな。かつて軽トラに突っ込まれたが右肩脱臼(だっきゅう)、左足骨折、リブ2本にヒビ程度で助かった俺だぜ?この程度がなんだってんだ。あの事故に比べれば(なま)ぬるいわ」


「・・・何やってんの」


華麗(かれい)なラバーハンドで、ぴょんっと()ね起きた利眞守(とします)は、ぎこちないラジオ体操のような動きを見せつけ自身の復活をアピールする。

まったく身に()み付いていない屈伸(くっしん)運動や深呼吸をミーハーな知識で演じる彼の(なり)は、どちらかというと少林拳(しょうりんけん)修行僧(しゅぎょうそう)彷彿(ほうふつ)とさせる。

ラジオ体操の存在を知らないプレ子にすら"その動きは違うだろ"とツッコミを食らい、店内に(ゆる)やかな風が抜けていった。

利眞守(とします)にとっては自分の身より、彼女の事が優先らしい。

勝手に店を出ていっても怒るわけじゃなく、無事に戻って来てくれた事に安心しているのだ。

これ以上プレ子に余計な心配を掛けるわけにもいかない利眞守(とします)は、フラフラしながらも日課である生体達の世話を始める。


"カラカラ・・・シャカッ──シャッシャッ!"



何を言わずともプレ子は自分を気遣(きづか)う彼の優しさを()み取り、これ以上何も言わない事にした。

そして彼女もまた日課である利眞守(とします)観察を開始する。

彼の姿はいつもと何も変わらない。

いつもと同じように鼻歌()じりに水槽のフタを開けて、いつもと同じようにエサを与え・・・ん?


「ちょっ!オーナーソレ!!」


「あぁん?」


(あわ)ただしく叫ぶプレ子に指摘され、手に持ったエサを確認する。

そこに書いてあったのは──

「食い付きバツグン、ゆっくり沈む極小サイズ。淡水魚の必要とする栄養素を全て含んだドリームタブ・・・」


一瞬が1分にも10分にも感じる沈黙のあと、利眞守(とします)は絶叫した。


「はあぁああぁぁぁ!ドリームタブ!?」



無意識の内に手にしていたのは悪の枢軸(すうじく)ドリームタブ!

(あわ)てて水槽を確認するも時(すで)に遅し!

ソレは()らすように、ゆっくりと沈みながら生体達の生活する(そう)に到達している!!

その水槽に()まう生体は──

「コ、コレレ日本の淡水魚を集めた水槽って、うぉわあぁあぁやめろぉ"ギンブナ"ヤメい!お前は食欲の(かたまり)と言うか、食い意地()った怪物と言うか、とにかくお前が擬人化したら見境(みさかい)なく全てを食い荒らすマッドモンスターになる事、間違いなしじゃねぇか!!」


水族館に襲来した幼児が(ごと)く、水槽に張り付き大声をあげる利眞守(とします)

それに驚いたのか生体達もドリームタブから離れて行く。

この水槽にはギンブナの他にも"モツゴ"、"アブラハヤ"、"ウグイ"といったコイ(もく)コイ()の日本原産の淡水魚が入っている。

その中でも随一(ずいいち)大食漢(たいしょくかん)ギンブナは、動物プランクトンから付着藻類(そうるい)()てには底生(ていせい)動物など、口に入るモノなら何でも食べる超雑食(ざっしょく)性。

特にアカムシやイトミミズ、水生節足(せっそく)動物(主にヤゴやカワゲラなど)を好む肉食性が強く目立(めだ)った(しゅ)でもあり、そう言う意味でも植物性プランクトンを主食にしている"ゲンゴロウブナ"ならまだしも"ギンブナ"が擬人化する事に恐れたのだ。


「ギンブナもそうだが他のヤツらが食う前にドリームタブを回収しなければ!」


大至急(だいしきゅう)(あみ)を用意してドリームタブ回収に取り掛かる。

まだ生体達がソレを食べていない今がチャンスだ!

むしろチャンスは今しかない!

この()を逃せば、再び悪夢が(よみがえ)る!


"──カシャカシャッ!"



水槽を()き回すようにして辺りの砂利ごとドリームタブを(あみ)に入れる。

なんとか間に合いそうだ・・・利眞守(とします)安堵(あんど)の表情を浮かべた刹那(せつな)──

"パアアァァァアアァァ!"


「この光・・・うそぉ!なんでぇ!?」


水槽が(まばゆ)い光を放ち始め、悪夢の再来を1発告知。

あの一瞬で(すで)に手遅れだったのか?

そもそも何がドリームタブを食べたのか!?

知りたい事は1億コくらいあるが、考える暇もなく店内に謎の声が響き渡る。



「シエル・ザ・メタモルフォーゼ!」

"パアアァァァアアァァ!!"


「な、なんか光の強さが今までの比じゃねぇぞ!?何がどうなってんだ!」



水槽はさらに強く激しく輝き始める!

最早(もはや)目を閉じていても(まぶ)しさを(おさ)えられない!

(あみ)を手放し利眞守(とします)は腕で、プレ子は両手で目を(おお)い隠したがソレでも光を防げない。

そんな中、再び謎の声が響き渡る。



「地を()い、壁()い、(むくろ)()う!(はがね)(よろい)(つつ)まれた神出鬼没(しんしゅつきぼつ)のグレイザー!安眠(ふる)わす(くろがね)咆哮(ほうこう)が通った後には"無"あるのみ!変幻自在の技巧派(テクニシャン)!絶望と共に我が名を(きざ)め──」

"──バシャアッ!"



(まばゆ)い閃光を放ち、水槽から何かが飛び出した!

コレで3回目だが毎度の(ごと)く、この瞬間には驚かされる。

噛み付きひんぬ〜少女に純潔(じゅんけつ)美少女、悪ぶっていたが実は良い子なピュアラッパーときて、お次は一体何が出る?

ドSなイケメン教師?

それとも謎の覆面レスラー?

まさか普通のサラリーマン?

はたまた(いにしえ)錬金術士(アルケミスト)か!?

光のベールに(つつ)まれた()の者の姿が次第にハッキリ見えてくる・・・さぁて答え合わせの時間だ。


「クソォ!来やがれってんだ!」


"──ガチャンッ!"



漆黒の竜騎士コールブラックドラグナー"シュラート・フォン・エーデルグラース"見参(けんざん)!!」



威風堂々(いふうどうどう)たる(たたず)まいに禍々(まがまが)しい漆黒の(よろい)

ボロボロの赤いマフラーを(なび)かせ、その手には細身の長剣を握っている。

その姿はまるで──

「・・・ファンタスティックな・・・勇者様・・・?はぁ!?この水槽に勇者様要素あるヤツなんて居たか!?おお、お前!お前誰だよ!?」


「何度も言わせるな。漆黒の竜騎士コールブラックドラグナー──」

「だぁ!そう言う事を言ってんじゃねぇのよ!"種族"の話をしてんだ種族の!」


「種族・・・ふむ、良い響きだ」



予想の斜め上どころか螺旋(らせん)を描きながら墜落(ついらく)する形で裏切られた利眞守(とします)はプチパニックを起こしていた。

一方の漆黒の竜騎士コールブラックドラグナーは大振りなモーションで長剣を腰の(さや)に納めると腕を組み、種族という響きを染々(しみじみ)堪能(たんのう)しているようだ。

その時利眞守(とします)は"ある事"に気付く。

竜騎士(ドラグナー)の正体と関係あるかは、わからないがソレはとにかく半端(はんぱ)ない違和感を(かも)し出している。



「お前・・・なんか小さくねぇ?いや、なんつーかその見た目の(よろい)にしちゃバランスが合ってないような?」


「な、何を言うかと思えば・・・くだらぬ!」


「それに全体的に安っぽかねぇか?」


利眞守(とします)の気付いたモノとは雰囲気。

禍々(まがまが)しい見た目に(はん)して、身長は彼の半分ちょい程度。

最初は遠近法(えんきんほう)か何かかと思ったが、遠目でプレ子と比べてもやはり小さい。

例えるなら以前現れたネオンより若干(じゃっかん)大きいくらいである。

そして持っている剣も(よろい)も、どことなく安っぽいし・・・なんて表現したら良いか、わからないがコスプレと言ったら(つう)じるのではなかろうか?



「我を(うたが)うか・・・良いだろう。ならばこの太刀筋(たちすじ)(もっ)てして我が名を、その身に(きざ)み込んでやろう」

"──チャッ!"


利眞守(とします)の無礼な態度に憤慨(ふんがい)した竜騎士(ドラグナー)が剣を抜いた!

どこか安っぽいがキラリと輝く刀身(とうしん)一抹(いちまつ)の恐怖感を植え付ける。


「オーナー!」


「心配しなさんな。ならば俺も禁じ手殺法(さっぽう)神髄(しんずい)()って(こた)えねばなるまい」

"──ササッ"


間の抜けた展開から一転、今度は妙に張り詰めた空気が店内に(ただよ)い始める。

竜騎士ドラグナーVSアクアリストの勝負は一体どちらが(せい)するのか?

先手必勝の声を上げ、先に動いたのは竜騎士(ドラグナー)


「月光よ!闇に(ひそ)み、闇に生きる者を照らし(あらが)う邪念を打ち砕け!!」



それを見てから利眞守(とします)もワンテンポ遅れて動く!


「禁じ手殺法(さっぽう)が1つ!」


"──バッ!"


プレ子の見つめる中、2人はダッシュで一気に間合(まあ)いを()め、同時に技を出す!


「虚式月閃陽炎(げっせんかげろう)!!」

「ギュンター式タイラント・スイープ!!」



竜騎士(ドラグナー)(わず)かに跳躍(ちょうやく)して中段(ちゅうだん)攻撃を狙い、対する利眞守(とします)は地面を滑るような超低空ダッシュで下段(げだん)攻撃を狙う。

しかし選んだ技が悪い!

竜騎士(ドラグナー)は空中で身を(ひるがえ)していた為、利眞守(とします)下段(げだん)攻撃は、かすりもしない。


「もらったぁ!」

"シャッ!"


前方斜め下に、その姿を(とら)えて袈裟(けさ)斬りを放つ竜騎士(ドラグナー)だが──

「お、やるねぇ?でもコレ実はフェイクなんだよなぁ。本当の狙いはコッチな分けだったりしちゃったりと──」

"ササッ──シュバッ!"


低姿勢のまま、その場で180度ターン。

相手に背を向けた利眞守(とします)はダッシュの勢い殺さずにマーシャルアーツさながらのバク(ちゅう)を決める!

そこからオーバーヘッドキックをさらに90度(かたむ)けたような体勢で相手を飛び越え、力強くしならせた右脚を竜騎士(ドラグナー)の後頭部に叩き込む!



「禁じ手殺法(さっぽう)が1つ!ギュンター式ドロップ・バンカー!」

"──ドゴォッ!!"


「うぐぅあぁっ!」



フェイントからのドロップ・バンカーがクリーンヒット!

プレ子が目を輝かせ賞賛(しょうさん)拍手(はくしゅ)を贈る中、吹き飛ばされた竜騎士(ドラグナー)は剣を手放し、ひれ()した。

その姿は最早(もはや)学園祭の出し物か、3流映画のワンシーンを見ているかのようだ。

大ダメージを受けながらも何か訴えようとしているのか、単に(もだ)えているだけなのかモゴモゴと蚊の鳴くような声が聞こえる。

とりあえず何を言っているのか聞き取るべく利眞守(とします)竜騎士(ドラグナー)に耳を近づけた。


「どうした竜騎士(ドラグナー)さんよ?何か言いたそうだな」


「い・・で・ざ・・・」



やはり蚊の鳴くようなウィスパーボイスを上手く聞き取るのは至難(しなん)の技。

全神経を集中して、もう少し耳を近づけたその時──

「ぬぅあぁああぁぁぁぁ痛いでござるうぅ!」


「ご、ござる!?」


「何をするでござるかオーナー殿(どの)!」



突然の絶叫と"ござる"発言に目を点にする利眞守(とします)とプレ子。

そんな2人を放置して竜騎士(ドラグナー)が漆黒の(よろい)を脱ぎ捨てた。


"カチャカチャ・・・パサッ"



「ぷはあぁ!窒息(ちっそく)するかと思ったでござる!う~む・・・見た目を重視しすぎたが挙句(あげく)通気性(つうきせい)を──」

「ま、待て待て待て1人で話を進めるな!そもそも、お前は誰なんだ!それに何だ"ござる"って!?」



漆黒の(よろい)の中から出てきたのは黒いシャツにピンクのジャケット、それに合わせたピンクのハーフパンツとピンク地に黒のラインが入ったブーツ。

何とも言えないデザインの帽子からは左右均等(きんとう)に飛び出た(あわ)いクリーム色の外ハネヘア。

おまけに赤いアンダーリムのメガネを掛けている。



「お前は・・・」


「オーナーわかったの?」



その姿を見た彼の脳裏に1匹の生物が・・・浮かばなかった。

コイツは一体何なんだ?

あの時ドリームタブを食べた生体はいなかったハズ。

見逃した?いや、それはあり()ない。

だとすると見えなかった?

そう考えるとコイツの正体は水中に(ひそ)む微生物──

「・・・"ミズミミズ"?」


「むきゃあぁぁそんなわけないでござろうが!よりによってミズミミズ殿(どの)と間違われるとは"ターニュン"憤慨(ふんがい)でござるよ!」


「ターニュン?」



それを聞いて利眞守(とします)の脳裏に1匹の生物が・・・浮かんだ!

最初に聞こえたグレイザーと漆黒の竜騎士コールブラックドラグナー

竜騎士(ドラグナー)は置いといて漆黒(しっこく)というワード。

それからその何とも言えないデザインの帽子。

コレは見ようによっては螺旋状(らせんじょう)の貝殻に見えない事もない。

さらにドリームタブを食べる瞬間が見えなかったのは砂利(じゃり)に同化していたからと考えれば?

最後に自らを"ターニュン"と名乗った事。

これが一人称(いちにんしょう)(こゆ)いキャラ特有のアレだとしたら?

以上のヒントを元に、導き出した答えは──

「・・・"タニシ"?」


()しい!ターニュンは"ヒメタニシ"でござる」


「ヒメタニシ?なんか可愛(かわい)い!」



プレ子が目をキラキラさせてタニ・・・もといターニュンを見つめている。


「でも漢字で書くと姫田螺(ヒメタニシ)になるからどちらかと言うと戦国時代の姫君(ひめぎみ)って感じだな」



タニシ。

それは"日本の淡水貝と言えば?"と聞かれた(さい)()(さき)に名前が上がる程馴染(なじ)み深い生物であり腹足綱(ふくそくこう)原始紐舌目(げんしちゅうぜつもく)タニシ()に分類される巻貝の総称である。

南米と南極を除く各大陸とその周辺地域の淡水に生息し、一般的に殻口(かくこう)をピッタリと(ふさ)げるフタを持つ。

その1種であるヒメタニシは全長約3cmで北海道から九州に分布し、水田(すいでん)池沼(ちしょう)用水路(ようすいろ)など日本のタニシ()ではもっとも多様な環境に()み、汚染にも比較的強く大量発生する事もしばしば。

その外見はザ・タニシとでも呼ぶべきタニシらしい見た目ですぐに分かるだろう。

ヒメタニシに似たオオタニシと言う種類もいるがコチラは約6cmと倍近く大きい。

なので大きければオオタニシ、小さければヒメタニシ、丸っこければマルタニシと大雑把(おおざっぱ)に覚えても良いかも知れない。

日本以外では海外のミンダナオ島・ラナオ湖の固有種(こゆうしゅ)で、殻に沿()って螺旋状(らせんじょう)にトゲの生えた"トゲタニシ"。

雲南省(うんなんしょう)雲南高地(うんなんこうち)の湖沼群には"コブタニシ"と言った、ちょっと珍しい種類もいる。

そして最後に間違えちゃならない事が1つ。

個人や施設(学校など)の水槽内で、いつの間にか大繁殖して水面を逆さまになって移動する小さな巻貝。

アレはタニシではなく"モノアラガイ"や"サカマキガイ"といった別の種類になるので混同(こんどう)してはならない事。

正体もわかってところで改めてタニシに聞いてみる。


「そんな事よりもだタニシ。さっきの勇者様装備は──」

「ターニュン」


「あ?」


「ターニュンと呼ぶでござる」


「・・・」


いきなり出鼻を(くじ)かれた利眞守(とします)

コイツは、かなりの曲者(くせもの)であると同時に重度のオタク。

さっきのコスプレやセリフを聞く(かぎ)り、おそらくはアニメオタクか何かだろう。

利眞守(とします)は渋い表情で"なんでタニシがオタク化してるんだ?この水槽にそんな要素あったっけ?"と考えてみる・・・しかし心当たりは当然ない。

そもそも利眞守(とします)自身アニメどころかテレビすら見ないし、書籍(しょせき)も読んだところで図鑑やその程度。

(ちまた)で話題のライトノベルやアニメ、有名な声優なども一切知らない。

そんな中でのタニシの登場は、生体擬人化現象+オタクとの遭遇(そうぐう)というダブルの重圧が、のし掛かる事になる。

隠せぬ不安を虚勢(きょせい)で塗り(つぶ)し、オタニシに再び()い掛ける。



「タニ・・・ターニュンっつったか?ドコでそんなオタクチックな知識を仕入れたんだ?」


「おぉよくぞ聞いてくれたてござるよオーナー殿(どの)!アレはターニュンが砂利(じゃり)(まぎ)れてココに潜入する以前の──」

「待て!やっぱり砂利(じゃり)(まぎ)れてたのか・・・たまにあるんだよなぁそういうの。タニシとか"プラナリア"とかが水草やら砂利(やら)(まぎ)れて入って来る事がさぁ」


1つの疑問を解決した利眞守(とします)はキャップのポジションを直して"あ~ぁ"と言いたげな態度で座り込んだ。

刹那(せつな)、タニシがブランチャー気味(ぎみ)のタックルをかまして来た!



「そこまで気付いておきながらターニュンを放置してたでござるか!?あの水槽で何度ギンブナ殿(どの)に食べられそうになった事か!!この(うら)()らさでおくものかぁ!!」


積年(せきねん)の恨み?を()らすべく振り上げた怒りの鉄拳を振るうが、その小さな(こぶし)で繰り出す攻撃など、いくら受けたところでダメージは皆無(かいむ)

むしろ、ただただ面倒な(から)みにしか思えない。

"ポカポカ──ゲシゲシ"



「わかったわかった俺のミスだ」


「むきゃあぁあぁぁ!その態度(ゆる)すまじ!」

"──ベゴッ!"


パンチやキックが効かないと分かると、今度はヘッドバッドをかまして来た!

硬い殻に守られたタニシのヘッドバッドは、利眞守(とします)思いもよらぬダメージを与えた。

脳天を押さえながら(もだ)え、のたうち回る彼をドヤ顔で見下したタニシは続け(さま)に言い放つ。


「しかしターニュンは現在機嫌(きげん)なのでござる!なぜなら水槽の(うわさ)で耳にした"願いが叶う粒"を手に入れたからでござる!」


「ね、願いが叶う粒だぁ?オイオイまさかドリームタブが生体達の(うわさ)になって・・・つーか水槽の(うわさ)ってなんだよ!風の(うわさ)じゃねぇのかよ!?」


これはマズい・・・ドリームタブを食べれば願いが叶うなんて(うわさ)が店内に蔓延(まんえん)しているだって?

感情を持つのは人間だけじゃない。

つまりソレを求めて生体達が暴動を起こすんじゃないかと考えた利眞守(とします)にヘッドバットのダメーシと、不安から来るダメージがダブルで襲い掛かる。


「かあぁ〜・・・こりゃ(まい)ったな。そんたら近い内に、ココで生物災害(バイオハザード)が起ころうとしてるって事なんでねぇのか?」


「ようやく状況を理解したでござるなオーナー殿(どの)?わかったらターニュンの願いを叶えてもらおうではござらんか」


「ったく!泥にまみれたタニシってのはわかるが(よく)にまみれたタニシってどうなんよ?」


「・・・血にまみれたオーナー殿(どの)に言われたくないでござる」


「うぉーい!マジなトーンでそういう発言はやめぃ!俺の印象が悪くなるだろ!?」


「ならもっと言ってやるでござる!オーナー殿(どの)が変人なのは学歴が無いからでござる!」


「関係ねぇよ!つーかこの御時世(ごじせい)で学歴無しって俺は生粋(きっすい)の裏路地育ちか!?」


「職歴も無しでござる!」


「じゃあ今のコレ(オーナー)は何なんだ!?」


死角(しかく)も無いでござる!」


資格(しかく)の間違いだろ!死角(しかく)がねぇって俺は無敵か!」


「逮捕歴あり!」


「ンなモンあるかぁ!」


「彼女いない歴年齢と同じ!」


「・・・あえて否定しないでやる」


「そしてショタコン!」


「違うロリコン・・・ってソレも違うッ!」


「このダメ人間!わかったらターニュンの願いを叶えるでござる!」



ある種の形式美(けいしきび)?を、やり切った利眞守(とします)に対し、タニシは乱暴にメモ帳の()(はし)を押し付けてきた。

ムカムカしながら中を見てみると、このような事が書いてあった。



"ターニュンの願い事ベスト399!"

その1 アフレコ現場に行きたい

その2 ギンブナ殿(どの)の居ない水槽に行きたい

その3 劇場版 デジタル戦争黙示録(もくしろく)を観たい

その4 声優と喋りたい

その5 ソールズアーマーVer2,30が欲しい

etc. ・・・



その5、を見た時点で利眞守(とします)はメモ帳を握り(つぶ)す。


「お前は(よく)(かたまり)か!何個書いてあるんだよ!」


「ターニュンがターニュンの夢を何個書こうとも良いではござらんか!それに願いは1つだけ、だなんて聞いてないでござるよ!!」


「くっ!真理(しんり)的なのか屁理屈(へりくつ)なのか・・・よくわからねぇ発言をしやがって!ま、まぁ夢を語るは自由ったか?しゃあねぇなクソ!どっち道やるしかねぇってんなら、出来そうなのからやってってやるよ!それに"デジ(せん)"なら確か政宗(まさむね)が全巻持ってたハズだしな」


「なんと!オーナー殿(どの)の、お知り合いにそのような方が()られたとなれば早速(さっそく)取り()せるでござるよ!」


利眞守(とします)(そで)をグイグイ引っ張りながらタニシが()かす。

主導権(しゅどうけん)を握られた、胸糞(むなくそ)悪い流れではあるが(いた)(かた)ない。

こうなりゃプレ子も誘ってデジ(せん)鑑賞でもすっか!と彼女を探すが──

「プレ子?」


姿が見当たらない。

そう言えば彼女を長らく放置していた。

ヤツは一体ドコに?店内を見渡すと・・・いた!

お気に入りの(なわばり)に張り付き、(ねむ)っているではないか。

どうやら彼女は長時間放置されたり、興味のない話題になると寝てしまうようだ。

とりあえずプレ子を起こすべく遠巻(とおま)きに声を掛ける。


「おーいプレ、起きろー」


「・・・ふぇ?」


「お前その顔、完全に寝てたな」


「・・・オーナーおはよ」


己のミスが引き金と言えど、その日からタニシの願いを叶える為の苦行(くぎょう)が始まった。

プレ子に確認したところ、自身は後でも良いとの事だったので、さっさとタニシの願いを叶えてから次に移る事にした。

しかし、この量の願い事を叶えるのに一体何日かかる事やら・・・それにドリームタブが生体達の(うわさ)になっているのも気になる。

()たして利眞守(とします)は平穏な日常を取りもどせるのか?

そしてプレ子は元の姿にもどれるのか?

彼の心配を他所(よそ)に当人達は──

「そうなんでござるよプレ子殿(どの)!!」


「えぇ!それじゃターニュンはギンブナに100回も食べられそうになったの!?」


「ギンブナ殿(どの)見境(みさかい)なしに動くモノ全てを食べようとするからターニュンは常に命懸(いのちが)けでござった!」


「それはオーナーに言ってなんとかしなくちゃだね!」


「ぉん・・・呼んだか?・・・は~ぁ・・・」



すっかり意気投合していた。

やたらとハイテンションな2匹に付き合うこと(すで)に5時間。

利眞守(とします)の疲労と眠気はピークを超え、(なか)ば極限状態でタニシの願いの1つ、ノットギンブナを願いを叶えようとした結果──

"ガシッ!"

「わわっ!何するでござるか!!」


タニシをセカンドバッグよろしく脇に(かか)え、メダカの水槽の前に連れて来ると、利眞守(とします)はフラフラと水槽のフタを開け──

「ヤ、ヤバイでござる!何やらターニュンの死亡フラグが──」

"バシャアァン!"


あろうことかタニシを頭から水槽へと(しず)めてしまった!

バタバタともがくタニシを他所(よそ)利眞守(とします)は無意識にソレを、奥へ奥へと押し込める!


「ガバババッ!オ、オーナー殿(どの)!!ガババッ!やめるでござバババッ!し、死んでしまうでござるうぅ!!」


「ぉん・・・?」


「ちょっオーナー!ストップ、ストーーップ!!」


プレ子がカットに入るが利眞守(とします)はビクともしない!

それどころか目すら開けていない!

このままではタニシが溺死(できし)してしまう!

そこでプレ子のとった行動は──

「えぇ・・・えぇい!"政宗(まさむね)流奥義"!」

"──バサッ──ブシャアァアァァ!"


「ぉ・・・?から・・・うぉおおぉぉぉ!?」


西部開拓時代のガンマンよろしく腰のポーチから小さなマヨネーズをファストドローで取り出し、利眞守(とします)の顔面にぶちまけた!

これは以前政宗(まさむね)から教わった利眞守(とします)唯一の弱点で、なぜか彼はマヨネーズの(にお)いを嗅いだだけでも身心共に致命傷(ちめいしょう)()ってしまうらしい。

なんとかタニシの救出は成功したが、今度は利眞守(とします)が死にそうになっている。



「ぬぅあぁえぇぇええぇぇぇ!!」


「じっとしてないと()き取れないよ!」

"──べちゃべちゃ──ふきふき"


ガンアクションならぬマヨアクションをしながら被弾(ひだん)したマヨネーズを()き取るプレ子。

その間にタニシは息を吹き返し、涙ながらに率直(そっちょく)心境(しんきょう)を語った。


「さ、三途(さんず)の川が見えたでござるよ・・・さすがのターニュンでも、その川だけには・・・()めないでござる」


「あっ、今のちょっと上手(うま)いかも」


「さ、三途(さんず)のマヨネーズが見えたぜ・・・さすがのトーシュンでも、そのマヨネーズだけには()めないぜ」


「オーナーのは、なんにも()かってないじゃん!雰囲気だけで言ってもダメ!」


プレ子の手厳(てきび)しい意見を受け利眞守(とします)は、しょんぼりしている。

しかしおかげで目が覚めた。

399あるタニシの願い、その中でも簡単なモノなら叶えてやれそうだ。

利眞守(とします)的には15秒に1つのペースで終わらせて、さっさと次へ行きたいのだ。

そこでタニシの様子を(うかが)うと、なぜか目を閉じ(ほほ)を赤らめている・・・何してるんだ?

地雷覚悟で利眞守(とします)が語りかけるとタニシは目を閉じたまま、このような注文を言ってきた。


「オーナー殿(どの)?"正義だとか愛なんてモンの為に剣を振るった事はねぇ・・・俺は俺の信じたモノの為に剣を振ってんだ!!"って言ってみて欲しいのでござる」


「あんだって?」


「いいから言ってみて欲しいのでござる!」


両ポケットに手を突っ込み、イラッとしながらも言われた通りに、そのセリフを言ってみる。



「正義だとか愛なんてモンの為に──」

(なが)さないでもっと感情を込めて言って欲しいでござる!ちょっと弱った感じを出しながら!」


「うるせぇなぁったくよ!え~と・・・んん、"正義だとか愛なんてモンの為に剣を振るった事はねぇ・・・俺は俺の信じたモノの為に剣を振ってんだ!!"・・・ハイ、これで良いよな?」


何が何がなんだか、わからない内に言われた通りに感情を込めてセリフを言ってみた。

コイツの考えてる事は、よくわからん・・・そんな事を思っているとタニシは、ゆっくり目を開け利眞守(とします)に言い()って来る。


「オーナー殿(どの)・・・素晴らしいでござるよ!いつも(やかま)しく叫んでいるオーナー殿(どの)からは想像も出来ない程のクオリティでごさる!!」


「お前にだきゃあ(やかま)しいなんざ言われたかねぇよ」


「ちょっと弱った時のオーナー殿(どの)の声は魅力的でござる!若干(じゃっかん)ハスキーなオーナー殿(どの)から(りき)みが抜けてシブい系なイケボが強調される・・・ちと発音にクセが残るでござるが、これは思わぬ原石を発見したでごさる!」


「なんの原石だよ!?」


「あー怒鳴(どな)ったらダメでごさる!オーナー殿(どの)は傷付き満身創痍(まんしんそうい)CV(キャラクターボイス)をやらせれば、そこそこのクオリティを発揮(はっき)出来ると、たった今教えたばかりではござらんか」


「ンなピンポイントな役柄(やくがら)なんてあるか!」


「ん?という事はオーナー殿(どの)が声優としてデビューすればターニュンの目的が1つ叶うと・・・よしオーナー殿(どの)は今すぐオーディションを──」

「人の話を聞けえぇ!!」

"ガシッ!"


暴走するタニシにヘッドロックを掛け、無理やり黙らせようとする利眞守(とします)



「ぎゃあぁあぁぁやめるでござる!ターニュンはコストMAX帯にも関わらず耐久値280の紙装甲(かみそうこう)なのでござる!!」


「うるせぇ!!」


「ぎゃあぁぁプ、プレ子殿(どの)ー!ヘルプでござる!」



こうして新たな問題児タニシの登場によりアクアリウム・バックヤードは再び混沌(カオス)(つつ)まれていった。

悪気(わるぎ)がないから余計に(たち)が悪い・・・そんな言葉が彼の頭を(よぎ)ったが、悩んでいても始まらない。

退()いても混沌(カオス)、進んでも混沌(カオス)なら進んだ先に待ち受けるモノを受け止めようと決心して今日は寝る事にした。

そう言えば最近、自宅にすら帰れてないなぁ・・・ずっと地下倉庫で寝泊まりしている利眞守(とします)は、いっそ我が家から布団や食器等の生活用品一式を持ってこようかと考えた。

それから4時間後の午前6時。

早起きプレ子が目を覚まし、日課と化した利眞守(とします)探索に向かう為、新メンバーのタニシを引き連れ、さっそく地下倉庫に足を踏み入れると──

「ほほう・・・性懲(しょうこ)りもせずまた来やがったな?毎朝毎朝、人が寝ているところを襲撃しては腹立(はらだ)たしさの(かぎ)りを尽くしていく探検家共め・・・と言ってやりたいところだが、今日は初めての来客という事で歓迎(かんげい)してやるぞ?今からココ(地下フロア)は俺の家だ。プチ引っ越しってヤツだ」


優雅(ゆうが)に足を組み、椅子(いす)に腰掛けた利眞守(とします)出迎(でむか)えた。

数時間前まで(わず)かな資材と大量のクモの巣が占領(せんりょう)していた地下フロアは、生活感(あふ)れる利眞守(とします)の私物で()()くされていた。

この異常事態は何事か!とプレ子隊長が()()れば、利眞守(とします)椅子(いす)の上で、臀部(でんぶ)(じく)にクルクルと回転しながら、事の真相を語り始めた。

それは(さかのぼ)る事、6時間前。



「そう言う事だから頼むよ!」


「俺は引っ越し屋じゃねぇんだ。そんなモンどこぞの引っ越し社にでも頼め」


「ガチの業者を呼ぶほどの荷物じゃないんですよ!それにお前の宅配ポリシーって何だったっけ?」


「・・・こういう時だけ頼んじゃねぇよ!」


「"形のない、人の想いを運び届ける政宗(まさむね)運輸"が(うた)い文句じゃありませんこと?」


「だが(ことわ)る!」


「と、言いつつも?」


「・・・」


異議(いぎ)無き場合は、沈黙を()って答えよ・・・」


「・・・うるせぇなぁ分かったよ!この借りは800倍にして返せよ!!」


「さすがは仕事一筋、万年平社員様ありがたや!」


「800()しだぞコラァ!」



深夜0時を少し過ぎた辺りで、利眞守(とします)のしつこさに折れた政宗(まさむね)は、車のエンジンを掛ける。

こうしてプチ引っ越し計画は始まった。



"──ブォオオォォォン!!"


「おーお、頑張るねポンコツ3号!」


「へっ!俺の頼もしい愛車(パートナー)だからな。そんじょそこらの660エンジンと一緒にしてもらっちゃあ困るぜ」


実家から荷物を運び出した2人は、夜の静けさが支配する大通りをポンコツ3号と共に疾走(しっそう)する。

(うな)りを上げ、闇を切り()くポンコツ4気筒(きとう)エンジンがアクアリウム・バックヤードへ彼らをと(いざな)う。


"──キキィーイッ!──ブフォオン"



「オラ着いたぞ。さっさと荷物を運べ」


「焦りなさんなって。今頃プレ子達は夢の中だろうから静かにやりましょい」


「本当に泊まり込みで働いてんのか?」


「さっきも説明したろ?だから俺が面倒見なきゃならんのよ」


「まぁ確かに10代(なか)ばくらいか?そんな美少女をお前のプライベート空間と言うか、野獣の(その)に連れてく分けにもいかねぇしな。そもそもお前の親御(おやご)さんは、この事知ってんのか?」


「さぁな?つーか何が野獣の(その)だコラァ!?」


「ほらほら静かにしねぇと起きちまうぜ?ほんじゃまぁ、さっさと運んで姫君(ひめぎみ)の寝顔でも(おが)ませてもらいましょうか」


「・・・写メるなよ?」



・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・



「てな感じの事が・・・って、聞いてんの?」



臨場感(りんじょうかん)たっぷりに説明してやったにも(かかわ)らず、プレ子とタニシは彼の私物に興味津々(きょうみしんしん)でソレどころではないようだ。


「聞いてたでこざるよ?つまりオーナー殿(どの)のお知り合いはプレ子殿(どの)の熱心なストーカーと言うわけでござるな?」


「まぁ否定はしねぇが他に注目する点は無かったのか?」



明らかに、どうでもよさそうな返事をするとタニシは段ボールをひっくり返し、何か面白いモノがないかと物色(ぶっしょく)を開始する。

もちろんソレを利眞守(とします)が黙って見逃す分けもなく、すぐさまカットされるが、そうなると今度はプレ子がまた別の段ボールをひっくり返し、そっちを止めるとタニシが・・・目を離した(すき)にプレ子が・・・一瞬にして利眞守(とします)(てい)は世紀末を(むか)えた。


「しかし、これだけ探したにも(かかわ)らず御両親(ごりょうしん)殿(どの)の写真が見たらないでござるな?」


「そんなモン()らねぇだろ?実家に行きゃ、いつでも嫌ってくらい(おが)めんだからさ」



ソレを聞いたタニシは利眞守(とします)に向き直り"えっ?何コイツ、ヤバい・・・"的な表情をしている。

その真意(しんい)は──

「ちょっと良いでござるかオーナー殿(どの)!?男主人公たるモノは基本的に、自分ではモテないとか言っておきながら周りの女生徒や幼なじみ、妹(義理(ぎり))にはムチャクチャモテる(全員美少女)とか──」

「はぁ?いや、俺学生じゃねぇし妹いねぇし幼なじみは政宗(まさむね)千春(ちはる)しか──」

「シャーラップ!黙って聞くでござるよ!!オーナー殿(どの)は今"主人公"としての危機を(むか)えているのでござるよ!?わかってるでござるか!?」


「つーか、なんの話を──」


「ウガァアアッ!いいから聞くでござる!!」


いきなり暴走し始めたオタニシの熱量に若干(じゃっかん)押され気味(ぎみ)利眞守(とします)は、ひとまず彼女の言い分を聞く事にした。

そうすればオタクが何を思い、何を考えているのか神秘(しんぴ)のベールに(つつ)まれたソレを理解する事が出来るかも知れないと・・・。



「最初に言ったように男主人公は基本的に美少女達からモテモテとか、他にも最弱という名の最強の能力(スキル)を持っていたり、両親とは生き別れか長期海外出張などで近くに居ない、が大前提(だいぜんてい)なのでござるよ!!」


「はぁ・・・?」


「あと日本の普通の高校生って設定のハズなのに、なぜかヒロインは金髪青眼とかオレンジヘアーにオッドアイとか!主人公も、ただの高校生なのにイケメンすぎるとかぁ!!自分と周りも含めて、今のオーナー殿(どの)に当てはまった条件があったでござるか!?」


「俺は黒髪だけど政宗(まさむね)は少し茶っぽいよな。ンで千春(ちはる)も黒っぽいし・・・あっ、千春(ちはる)が青とかに()めりゃ良いのか?」


「バカーーー!!」



オタニシ(たましい)のシャウトが利眞守(とします)鼓膜(こまく)をダイレクトに殴りつける。


「こんな事・・・ターニュンも言いたくないでござるが、オーナー殿(どの)は近代主人公の条件を何1つクリアしてないでござる!!」


「だぁねその主人公ってなによ!?それにアクアリウムの──」

「そんなモノあったところでクソの役にも立たないでござるよぉ!!とにかく近代主人公の条件は"イケメン、ハーレム、最弱と書いて最強、元○○とかの最強設定"が無いと話にならんのでござる!!」


「・・・でも俺はアクアリスト──」

「まだ言うでござるか!?アクアリウムとかアクアリストなんてモン(かか)げた主人公が、ドコにいるでござるか!?前代未聞(ぜんだいみもん)でござるよ!!」



なんだか分からないが自分は主人公()()なかったとして怒られてる。

そう感じた利眞守(とします)少し、しょんぼりしてみる。

やはりオタクにはオタクなりのディープの世界があるらしく、とてもじゃないが1日2日で理解できるモノではなかった。

主役だろうと脇役だろうと自分の人生、演じるのなら"脇役という名の主人公"でも良いじゃないか・・・そう言った途端(とたん)タニシの怒号(どごう)が飛んで来そうだったので、利眞守(とします)は黙り込んだ。

しょぼくれる利眞守(とします)を見かねたのか、突撃プレ子が彼の背中に張り付き、かまってアピールを開始する。


「プレ・・・って酒(くさ)!!」


「・・・ひっく」



タダならぬ異変を感じた利眞守(とします)は急ぎプレ子の手を取り、背負い投げの要領(ようりょう)で自身の前面に送り出し、ちょうどお姫様()っこのような体勢をとる。

ほんのり(ほほ)を赤らめた彼女が持っていたモノは(あん)(じょう)利眞守(とします)秘蔵(ひぞう)()として大切に保管していた白ワインだった。

ぶどうの皮が生きた贅沢な甘みと、ふんわり(ただよ)う上品な香りは一切のクセもなく非常に飲みやすい仕上がりとなっており、まさしく至高(しこう)一時(ひととき)を過ごす為の大人のぶどうジュースと表現するに相応(ふさわ)しい。

その完成度の高さにアルコール初体験のプレ子でさえ一滴(いってき)残さず飲み干していた。

(びん)を取り上げた利眞守(とします)はショックのあまり、思わずソレを握り(つぶ)して"これ1本いくらすると思ってんだ!!"などと彼女に文句を()れる。



「おぉ!良いでござるオーナー殿(どの)!!異性との、そういうハプニングからハーレムに持ってければ、まだ希望はあるでござるよ!!」


「・・・」

"ブチッ!"



それから10分後。


「いや~でも久々(ひさびさ)に自分の布団に寝転がると落ち着くな。物言わぬ包容力(ほうようりょく)って言うの?はぁ~・・・何か眠くなってきやがったぜ」


「んおぉ・・・おぉおぉぉ!」


「・・・()れ者の声など聞こえんな」



肘枕(ひじまくら)しながら見つめる先には(あさ)のロープを全身に食い込ませながら、手首を外向きに合わせたエロティックな(しば)り方をした上でさらに目隠し、猿轡(さるぐつわ)を付けられたプレ子とタニシがいた。

水槽用のブラックフィルムを改良した目隠しは視界を完全に奪い、猿轡(さるぐつわ)はまず口腔内(こうくうない)にタオルを放り込み、その上から別のタオルで口を(ふさ)ぐ"正しい猿轡(さるぐつわ)のやり方"を実践(じっせん)している為、呼吸音や文句の声なども全て"んおぉ"としか聞き取れない。

おまけにロープは天井に(くく)り付けてあるので、2匹は強制的に両腕を頭上高くで(しば)り上げられ、つま先と(ひざ)だけで体を(ささ)えた状態なのだから、それはそれは素晴らしくエロい事になっている。

(しば)らた熱帯魚と淡水貝を(かたわ)らに、愛着ある自分の布団と究極の背徳感(はいとくかん)(いだ)かれて利眞守(とします)は目を閉じる。

怒りを覚えるほど寝苦しかった(まくら)でさえも、今は懐かしい・・・利眞守(とします)次第(しだい)無我(むが)の境地へと落ちていく。

その耳は音を聴く事を拒絶し、その眼はモノを見る事を放棄する。

そして上も下も、前も後ろも存在しない世界で静寂(せいじゃく)だけが彼を優しく(つつ)み込んだ。



「Zzz・・・」


「んんぉ?」

(訳:寝た?)


「んんっ・・・んおぉおお、んぉお・・・んぁっ・・・ん、おぉ──」

(訳:んんっ・・・オーナー殿(どの)、できれば・・・んぁっ・・・も、もう少し強めに(しば)って──)


「んん?」

(訳:ターニュン?)


「んぁっ!?んぉおぉおぉぉ!!)

(訳:ハッ!?ついサービス精神(あふ)れるマゾ発言をしてしまったでござる!!)



奇妙な会話を成立させた2匹は、さっそく行動を開始する。

まずプレ子が自慢の八重歯(やえば)猿轡(さるぐつわ)とロープを喰いちぎり脱出。

その後、タニシを(しば)っていたロープも喰いちぎり自由となった2匹は──

「今日はイベントに行くと約束していたのに、その場のノリと勢いで誤魔化(ごまか)そうとするとは、なんたる確信犯!!」



怒りに満ちた表情でタニシは、ポケットから利眞守(とします)の天敵マヨネーズを取り出し、一切の躊躇(ちゅうちょ)なくぶちまけた!

ゆるい放物線(ほうぶつせん)(えが)きながら致死量(ちしりょう)?のマヨネーズが着弾!

すると、どうだろう?

先ほどまで深き眠りの世界を彷徨(さまよ)っていた(ねむ)(びと)は、苦悶(くもん)の表情と共に現世(うつしよ)にもどってきた。


「うぉおおぉぉぉ!なんじゃこりゃあぁぁ!!」

"カチャカチャッ!──シュッ──バサッ!"



某刑事さながらの絶叫と共に被弾(ひだん)した服を脱ぎ捨て、モノの数秒でパンツ+キャップのみという変態装備が出来上がる。

その姿に思わず目を(そむ)けるプレ子と、逆に食い入るように見つめるタニシ。


「バカァ!何やってんの!!」


「コッチのセリフじゃボケェ!いきなりマヨネーズぶっかけとか殺す気か!!」


「ほぉ~オーナー殿(どの)は意外と、いい肉体(からだ)をしているでござるなぁ。しかもキャップだけは取らないところを見ると、何やらフラグのようなモノを感じずにはいられないのでござる」


「じゃかぁしゃあ!つーかどうやって脱出したんだよ!?クソタニシめ・・・やはりお前だけでも即刻(そっこく)"つぶ汁"にするべきだったなぁ!」


「オ、オーナー殿(どの)はターニュンを食べる気でござるか!?」


「つぶ汁・・・?」


「あ?つぶ汁ってぇのはタニシの味噌汁の事だ。昔はタニシも立派(りっぱ)な食糧として茶の間を(かざ)ってた時代があったんだよなぁ・・・ターニュン?」


不謹慎(ふきんしん)にも本人を目の前にして食糧呼ばわりする利眞守(とします)

皮肉を込めた言い回しに、当のタニシは──

「オーナー殿(どの)()かれて、おいしく食べられる・・・なんか良いでござる!興奮不可避なシチュエーション!(しゅ)を越えた禁断の関係は最早(もはや)2人だけが()()す異世界ファンタジー!想像しただけでも、たまらないでこざるうぅぅ!!」


満更(まんざら)でもなさそうだった。



「お前は何でも良いのかよ!?」


「ノンノンノン!今のは候補の1つに過ぎないでこざる。ターニュンには嫁探(よめさが)しをするという最大の目的があるのでござるよ」


「はぁ!?」


「ターニュンは嫁文化(よめぶんか)と言うモノに大変興味があるのでござるよ。ある(すじ)からの話によると、ココから数km行った先に嫁探(よめさが)しの聖地であり戦場とも言える、とあるイベントが開幕されるとの情報を()たのでござる!なのでソコに連れてってもらいたのでこざる!!」



タニシの言いたい事には若干(じゃっかん)ながら心当たりがあった。

おそらく同人やプロなどが自分の作品を出店する"コミケ"の事を言っているんだろうと。

けっこうな規模のソレを行う為の会場・・・ともなれば場所は(おの)ずと(かぎ)られてくる。

つまり、その聖地とやらはココから数十km行った所にあるアリーナの事で間違いない。


「ふざけんな!その会場まで、どんだけあると思ってんだ!深夜アニメでも()我慢(がまん)しろ!」


「えぇ~今期(こんき)のアニメは全部出来損(できそこ)ないと言うか何を目指しているのか、よくわからない微妙な作品ばかりではござらんか」


「うぉーい!なんて事言ってんだ!?今すぐ原作者やスタッフに謝れ!!」


なぜか(あわ)てた様子でタニシの暴言をカットする。

きっと見えない力か何かを感じ取ったのだろう。



「・・・嫁文化(よめぶんか)って何?」


そして(きわ)どいタイミングで(きわ)どいワードにプレ子が食い付いて来た。

コレ以上ややこしくされても収集(しゅうしゅう)がつかなくなりそうなので、利眞守(とします)はキッパリと"そんな文化は存在しない!"と否定するが、ハイテンションなタニシがこの話題を見逃すハズもなく、プレ子に"(よめ)とは何か?"の説明を始めてしまった。


「プレ子殿(どの)も気になるでござるか!(しか)らばターニュンが答えてしんぜよう!(よめ)と言うのは自分の好きなキャラクターに、愛を持って接する場合に使う、究極の()め言葉でござる!!」


「あぁ・・・タニシやめてくれ・・・」


利眞守(とします)が頭を(かか)えて悲痛な(うった)えをするがタニシには届かない。

それどころかテンションを上げて、さらにヒートアップしていく。


「つまりはその原作者並びに絵師、声優等の──」

「やめぃ!プレ子に変な知識を教えるなぁぁ!!」

"──バチゴォンッ!"


有無(うむ)を言わせずタニシの脳天にフルパワーモンゴリアンチョップ!

パンツ1丁で野性的な攻撃を放ち、タニシを1発KOしたその姿は最早(もはや)狂戦士(バーサーカー)(ごと)気迫(きはく)に満ちていた。


「何が嫁探(よめさが)しだ!そもそもお前は(メス)だろうが!とにかくコレ以上プレ子に変な知識を教えるな!」


「何するでござるか!ターニュンは耐久値280の紙装甲(かみそうこう)だと言ったではござらんか!しかしターニュンはそんなにセクシーでござったか?オーナー殿(どの)には1度も性別の事は教えてないでござるよ?さらに言うならばターニュンが(オス)なのか(メス)なのかを示唆(しさ)する表現も1度たりとて出てきてないでござる」



確かに言われてみればタニシが(オス)なのか(メス)なのかを明確に表現した場面は存在しない。

服装こそピンクを基調としているが格好的にはボーイッシュ。

さらに体格や中性的な見た目と、少し高めの声も(あい)まって男と言われればそう見えるし、女と言われてもそう見える。

なんなら(おとこ)()と言われれば、ソレこそ違和感なんてモノは存在しない程しっくり来る。


「ところがどっこい!お前がタニシである以上、外見(がいけん)だけでも性別は分かっちゃうんだなぁ。しかもソレを示唆(しさ)する表現も、ちゃんと出てたんだぜ?お前の言葉を借りれば伏線(ふくせん)やフラグとでも言いましょうかね?」


「な、なんと1級フラグ建築士たるターニュンですら気付けなかった伏線(ふくせん)があった事に驚きでござる!」



だが利眞守(とします)には確証(かくしょう)があるらしく"お前(タニシ)(メス)だ!"と断言する事が出来るらしい。

久々(ひさびさ)のしてやったり感に満足そうな表情を浮かべると同時に、ココからアクアリストとしての知識を遺憾(いかん)なく発揮(はっき)し、全てのフラグを看破(かんぱ)する。


「ではヒントをやろう。お前の性別を示唆(しさ)する表現は、あの(よろい)を脱いだ直後に出てきてるぜ?」


「むむむ・・・」


「次、外見(がいけん)で性別を判断する部位(ぶい)はズバリ頭部だ」


「・・・」


「ラスト!その帽子が貝殻で左右に飛び出た髪が触覚だとしたら?」


「・・・しまった!あの時──」

「ようやく分かったかね?では正解発表!タニシの性別を判断する部分は触覚(しょっかく)だ!オスは右の触覚が左に比べて短かったり先端(せんたん)がカールしている。それに対してメスの触覚(しょっかく)は左右とも均一(きんいつ)になっている。なぜこのような違いがあるのか?それはオスの右触覚(みぎしょっかく)には生殖器(せいしょくき)としての機能があるからだ。つまり"何とも言えないデザインの帽子からは左右均等に飛び出た外ハネヘア"と言うのが、お前が(メス)である事を示唆(しさ)する表現だったって分けよ!!」



見事な名推理(めいすいり)を披露した利眞守(とします)は腕を組み、高らかに勝利の笑い声をあげる。

対するタニシは膝から崩れ落ち、床をドンドンと叩きながら悔しがっている。


「このまま中性キャラを貫く事が出来れば両方から支持されると思ったのにいぃぃ!悔しいでござる悔しいでござるうぅ!!」


「はーはははっ!アクアリストの眼を誤魔化(ごまか)そうったって、そうは問屋(とんや)(おろ)さねぇぜ!」


「そんな事どうでもいいから早く(ふく)着てよぉ!!」


「あっ・・・」



プレ子の一言で我に返った利眞守(とします)は己の姿を思い出す。

パンツ1丁にトレードマークのキャップを(かぶ)り腕を組みながらの高笑い・・・まさに向かう所敵なし、(まご)うことなき変態がソコにいた。

しかもこの場にいるのは自分以外、全員女の子というプチハーレム。

例えソレが水生生物の擬人化したモノであったとしても、冷静に考えればあり()ない姿を(さら)している。

しばしの沈黙の後、彼は何かが(うった)え掛けてきているような気がしてきた・・・"愚か者め!"と


「いやあぁあぁぁ!?俺は変態かあぁあぁぁ!!」


「このぉ──」

"シュッ"


「バカバカバカバカバカァ!!」

"──バシュウゥ!──ドグォッ!"

「うげっ!」


メジャーリーガーばりの投球フォームでプレ子が目覚まし時計を全力投球してきた!

その威力たるや直撃したアナログベルが(くだ)け散るレベル、普通に痛い!

しかしソレ以上に、この場の空気が痛い!



「さっさと服を着ろ変態め!」


「は、はいっ!」


数分後。



「ったく!冷静に考えればマヨネーズぶっかけられた俺が被害者だろ?その上で目覚まし時計をぶん投げられるってどういう事よ」


「まさか一張羅(いっちょうら)を貫くオーナー殿(どの)に2Pカラーが存在していたとは思わぬ隠し要素でござる」


いつもの服から2Pカラーもとい予備(よび)の服に着替えた利眞守(とします)

黒いシャツに緑色のズボンと緑のジャケットを合わせた寒色(かんしょく)系ツートーンカラーから、赤いシャツに黒いズボンと黒のジャケットを合わせた、彼らしくないスタイルへ変貌(へんぼう)()げる。

たったコレだけの事でも人の印象(いんしょう)は、ずいぶんと変わるモノだ。

赤と黒の組み合わせは、セクシーな印象(いんしょう)を与えると同時に郷愁(きょうしゅう)的なイメージを思い出させるらしい。

幼き日に見た夕暮れのコントラストという事だろうか?



「はぁ~朝っぱらから(さわ)いで・・・また眠くなってきたぜ」


着替えた矢先(やさき)、大きく伸びをして再び布団に寝転がる。



「こらぁ!また寝る気でござるか!」


「少しくらいええでねぇの・・・起きたら連れてってやっからさぁ」


「むむっ・・・1時間たったら連れてってもらうでござるよ!でなきゃ勝手に出てってしまうでござるよ」


「分ぁりまひあよ・・・」


どうしてコイツは、こんなに元気なんだ?

そんな事を考えながら利眞守(とします)は布団と熱い抱擁(ほうよう)()わす。

人間とは寝ている時以外、常に眠気と闘っている生き物である・・・誰か有名な偉人が残したであろう名言のような違うような・・・言ってたような言ってなかったような・・・Zzz・・・。



「う~む、やはりオーナー殿(どの)は寝る時もキャップを外さないでござるな?これを見てしまっては1級フラグ建築士たるターニュンには、何やら重大なフラグを感じずにはいられないでござるよ」


「ターニュン、ターニュン!さっきから言ってるフラグって何?」


「よくぞ聞いてくれたでござる!せっかく時間も(あま)っているのでプレ子殿(どの)にはターニュンの知識の全てを伝授しようと思っていたところでござる。ではフラグとは何かを、ご説明させていただくでござる」


楽しい時間は、あっという間に過ぎていく(少なくともタニシにとっては)。

気付けば(すで)に1時間が経過していた。

さっそく利眞守(とします)を起こすべくタニシがペチペチッと彼の(ほほ)()(ぱた)くが起きる気配はない。

なればと()さぶってみるが、これまた反応なし。

困った顔を浮かべ、互いに見つめ合う2匹は考えた(すえ)に、のし掛かり攻撃を(おこな)うが、完全無意識下でのみ反撃を可能にした禁じ手殺法(さっぽう)、ギュンター式牙影幻桜刺(がえいげんおうし)により、あえなく返り討ちにあってしまう。

それでも果敢(かかん)に挑み続ける2匹は、時に時刻が正午を(むか)えている事に気付く。



「ぬおぉおぉ!?(すで)に1日の半分が終わってしまったではござらんか!いつまでも、こんな負けイベントに時間を使っている場合ではござらん!こうなったらターニュンは自力で会場に殴り込みに行くでござる!」


「本当に!?」


「・・・正直言ってみただけにござる。しかーし!中に入れずとも会場までならギリギリ歩いて行ける距離でござるよ!」


「また言ってみただけ?」


「チチチッ!今のは本気でござる!ターニュンの行動力を(あなど)ってはイカンのでござる!それに最初に言ったではござらんか?勝手に行くって」



タニシは店内に()られた地図を確認すると、帽子を(かぶ)り直して気合いを入れた。

どうやら本気らしい。

この時プレ子には止めるか、一緒に付いていくか、この場に残るかの3つの選択肢があった。

いつもは"外に行くな!"と規制線を張る利眞守(とします)が、今は爆睡(ばくすい)中でいないも同じ状況。

彼女は外の世界に興味があった。

このタイミングならタニシを監視するという名目(めいもく)で外に出れるのでは?

そこでプレ子の選んだ選択肢は──

「ターニュンを放っておく事も出来ないから私も付いて行く!」


「プレ子殿(どの)・・・大丈夫でござるか?ターニュンに付いて来ればプレ子殿(どの)までオーナー殿(どの)に怒られてしまうのでは?」


「大丈夫!起きないオーナーが悪い!」


「・・・わかったでござる!もし何かあったらターニュンがプレ子殿(どの)をお守りするでござる!」


こうして利眞守(とします)の恐れていた生体達の単独外出が現実のモノとなってしまった。

だが夢の世界を彷徨(さまよ)(ねむ)(びと)が、この一大事に気付く(すべ)もなく、プレ子とタニシは太陽が照らす天下の地を突き進む。



「くぅ~!太陽が(まぶ)しいでござる!では会場目指して進軍(しんぐん)開始!」


「おぉ~!」


(おく)する事なく2匹はイベント会場に向かって歩き始めるが、(ココ)からその会場までは徒歩(とほ)で約3時間かかる距離・・・()たして大丈夫か?


「イベント目指して進め~♪」


「進め~♪」



やや遠回りではあるものの順調に歩を進め、店から約3km地点に差し掛かった時である。

1台のポンコツ車両が赤信号で2匹の横に止まった。

そして車内からジロジロとプレ子達を見てくる気持ち悪い視線が1つ・・・しかし2匹は気付かずにポンコツ車両の視界から、そのまま消えていった。


「オイオイありゃプレ子ちゃんじゃねぇか?さすが、この人混みの中でも目立っちまうたぁ(はな)があるねぇ。あんなバカ野郎(とします)の所なんざ居ねぇで俺の所に来てほしいくらいだぜ!」

"──ブオォォン!"


ポンコツ車両の主人(あるじ)は例に漏れず政宗(まさむね)だった。

ちょうど配達の途中で偶然出くわしたのだろう。

この日の彼は朝の占いを見て"思わぬタイミングで思わぬ人物から頼られる"と出ていたので、それがプレ子ならなぁ・・・と(あわ)い願いを(いだ)いていた。


「占いってぇのは良い事しか信じねぇ(たち)なんだ。もし今回があれば信じてやっても良いぜ?占いってヤツをよ」



それから数十分後。

場面は、もどってタニシ達へ。


「うーむ・・・プレ子殿(どの)?」


「なに?」


「迷ったでござる」


「えぇ!?」


大通りから裏路地に入り込み、迷っていた。

そのまま真っ直ぐ歩き続ければ着いたモノを"ショートカットでござる!"とタニシが調子に乗った結果がこの(ざま)である。

ココはドコだろう?

四方(しほう)を壁に囲まれてこそいるが、雲1つない晴天を見上げれば時刻は午後1時30分前だと言うのに、人の気配すらない。

人が居るのか居ないのか(さび)れた板金塗装(ばんきんとそう)屋に右手に、対面には長年雨風に(さら)された挙句(あげく)の末路か?穴だらけとなったトタンの物置。

その(かたわ)らには外装を()がされ必要なパーツだけを盗み取られた125ccスクーター。

路地裏と言えどこの(すさ)みっぷりは、さながらフィクションに登場する壊滅都市のようであった。



「な、なんか嫌な予感がするでござる・・・遠回りになるでござるが、来た道を戻るでござるよ」


「う、うん分かった」


2匹が来た道を戻ろうとした、その時──

「ダメじゃないか・・・か弱い女の子だけでこんな所に来ちゃねぇ?」


帰り道を(ふさ)ぐようにして、いつの間にか5人の男達が背後を取って待ち(かま)えていた!

金髪のオールバックに顔中ピアスで(かざ)った極悪(つら)は誰がどうみても普通ではない・・・チンピラだ!

ココはチンピラ共のたまり場になっていて、それが原因で人の気配が無かったんだ!

"へへへっ"と不気味な笑い声を()らしながら2匹に近付いてくる。


「わ、悪い予感が的中(てきちゅう)・・・はっ!もしやターニュンの一言がフラグになっていたのでは!?」


「・・・こっち!」


本能で危険を察知したプレ子は、タニシの手を取り走り出した。


「ひゅ~追いかけっこか?なら(俺達)は追っかけなくちゃだよねぇ~?」


男が余裕をかましている間にプレ子達の姿は見えなくなっていた。

()たして、この危険すぎる追いかけっこから逃げ切る事は出来るのか?


「わわわっ!ごめんでござるプレ子殿(どの)!ターニュンが余計な事を言ってしまったせいで──」

「大丈夫!あんなヤツら、すぐに()けるから!」


T字路を抜け曲がり角を曲がると──

「み~つけたっ!」


「っ!!」


死角からヒョイッと飛び出て来たチンピラは、わさわさと2匹を挑発する。

それを()け、もう一方の路地へと逃げ込むが──

「プレ子殿(どの)!やっぱり地の()は向こうの方が圧倒的有利でござる!逃げ切るのは不可能でござるよぉ!」


「まだ大丈夫!」


「でもないかもなぁ〜残念だけど、この先は行き止まりだぜぇお嬢ちゃん?」



そちらの路地にも待ち伏せが!

しかも前後の道を(ふさ)がれ、退路(たいろ)()たれてしまった!


「ぎゃあぁあぁぁ囲まれたでござる!」


「くっ!」


ジリジリ()()る極悪(つら)(かこ)まれ八方(はっぽう)(ふさ)がりとなったプレ子とタニシ。

膝から崩れ落ち、今にも泣き出しそうなタニシと重心を落として身構(みがま)えながら、まだ何か手立てはあるハズと考えるプレ子。

こんな時、彼がいてくれれば必殺の禁じ手殺法(さっぽう)であんなヤツら一瞬なのに・・・!

だけど今、タニシを守れるのは自分しかいない。

それに彼がいたならきっと今の自分と同じ事をしただろう・・・覚悟を決めたプレ子はチンピラ共の前に立ち(ふさ)がる!


「ターニュン・・・私が守るから・・・大丈夫だよ」


「・・・っ!!」

(ターニュンは・・・無様(ぶざま)でござる・・・プレ子殿(どの)をお守りすると言ったのはターニュンの方ではござらんか!なのに・・・なのに・・・!!)


ギュッ!と(こぶし)握りしめ、大粒の涙を流しながらタニシは立ち上がる。

その小さな身体が震えていても、恐怖に支配されていても(おく)する事なくヤツらに向かって行く。

そして──

「プレ子殿(どの)はターニュンが守る!だから、これ以上ターニュンを怒らせるな!」


「なんだぁこのちっこいの?悪いけど、おいちゃんガキにゃ興味ないんだよ。10年たったら、またおいでぇ~♪へへへっ・・・」


「・・・」

"──ベキッ!"


恐怖を振り払うべく、タニシは必殺のヘッドバッドを放った!

本当は腹部を打ち抜きたかったのだが、身長差のせいでヘッドバッドはチンピラの股間に炸裂(さくれつ)する事となった。

骨盤ごと(くだ)かれたような常軌(じょうき)(いっ)したダメージに、のたうち回り悶絶(もんぜつ)する。

事実、金的は医学的観点から見ても"内臓へのダイレクトアタック"とみなされている為、この反応も()して大袈裟(おおげさ)なモノではないのだ。



「こ、このぉ~クソガキャア!!」


ぷるぷると震えながら、股間を押さえ立ち上がったチンピラの余裕面は一転、鬼のような形相(ぎょうそう)でタニシの胸ぐらを乱暴に(つか)み、引き()せる。

何が出来るとも分からないが遮二無二(しゃにむに)彼女を助けようとプレ子が1歩踏み出した瞬間、タニシは左手をプレ子に突き出し"来るな!"の合図を出す。

その後、振り返ったタニシは穏やかな表情と共に、プレ子を(さと)すかの(ごと)く言い聞かせる。



「言ったではござらんか、プレ子殿(どの)はターニュンがお守りすると」



・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・



「Zzz・・・」


「お・・・ろ・・・いて・・か」


「Zzz・・・」


ココはアクアリウム・バックヤード。

寝ている利眞守(とします)に誰かが声をかける。

うっすらと何かが聞こえるような気はするが、誰が何を言ってるかは分からない。

彼は、さらに深い眠りに入ろうと布団に(もぐ)り込んだ。


「こ・・・ま・・・か・・に・・・・ろ」


「Zzz・・・」


「いつまで寝てんだ!さっさと起きろ!!」

"──シュッ!──グガッ!"


「うぅえぇ!?げほっうぅえげぼっ!!」


無防備な首をギロチンドロップが容赦(ようしゃ)なく攻め立てる!

さすがの利眞守(とします)もコレを食らってしまっては(たぬき)寝入(ねい)りなど出来きるハズもなく、寝起きのダルさも、どこ吹く風!

怒りのボルテージをMAXにして飛び起きた!!


「だ、誰だゴラァ!げほっ!!」


「この時間を指定してきたのはお前だろ?さっさとサインしてくれよ」



そこにいたのは大きな荷物を持った政宗(まさむね)だった。


「うぅえ・・・寝起きバズーカは知ってるが寝起きギロチンなんて聞いた事ねぇぞ」


「心配すんな!お前にしかやんねぇから」


「テメェにゃいつか寝起きロメロしてやっからな!」


受取書にサインを書く次いでに空白の部分に赤いペンでロメロスペシャルの絵を描いた利眞守(とします)

"お前を血祭りにしてやる!"というメッセージが込められている・・・かも知れない。



「しかし静かだな?まだプレ子ちゃんは、まだもどって来てないのか」


「プレ子?」


政宗(まさむね)の一言で、(あらた)めてプレ子とタニシがいない事に気づいた利眞守(とします)は"まだもどって来てない"という発言に引っ掛かるモノを感じ、疑問を(いだ)きながらその意味を聞いてみる。


「アイツを見たのか?」


「あぁ。ちょい先の大通りにピンクの服着た小さいのと一緒にいたぜ」


「ちょい先の・・・!?」


そのワードに絶句(ぜっく)した。

姿が見当たらなかったのは店の外に出ていってしまっていた事に(くわ)え、ちょい先の大通りと言えば地元民なら誰もが数km先のエリアを想像する。

遠すぎる・・・利眞守(とします)の表情は一気に青ざめる。


「まさか本当にイベントに行こうとしたのか!?そ、それは何時くらいだ!」


「えぇ~と・・・1時くらいだったかな?」


現在時刻は午後3時・・・嫌な予感がする。



「お前プレ子達に声は掛けたか!?」


「いや車からチラッと見ただけだからな。それより血相(けっそう)変えて、どうしたんだ?」


「そこ!そこまで俺を運んでってくれないか!?」


「はぁ!?ふざけんなっての!まだ2件配達先が残ってんだよ!しかも場所は2件とも正反対だし、つーかこの前も無茶ぶり聞いてやったばっかだろ?何があったかは知らねぇが(あきら)めな」



奇妙な偶然か?それとも必然(ひつぜん)か?

場面は、その大通りへ。

人々でごった(がえ)す歩行者天国を、1人の男性が困った表情で歩いている。

まるで超1流モデルのようなプロポーションに待ち行く奥様方や女学生が2度見、3度見を繰り返す中、困り()てた男はドコかに電話を掛け始める。



"──プルルルル・・・ガチャ"

「お電話ありがとうございます。水生生物専門店"オージラズィマー"です」


「Справка」

(訳:助けてください)


「Менеджер?」

(訳:店長?)


その正体は以前ディスカスのラストフリースタイルを見届け、利眞守(とします)の数少ない知り合いの1人にして同業者のミハイルだった。

その彼がこんな所で何をしているのか?



「・・・бродячих ребенка──」

(訳:・・・迷子──)

「Да」

(訳:はい)


相手の言葉を最後まで聞かず、妙にキリッとした表情で威勢(いせい)の良い返事をする。

実はこの男かなりの方向音痴で、その実力たるや最早(もはや)神の領域(りょういき)と言っても過言(かごん)ではない。

彼は大通り沿()いに"冬の湖(オージラズィマー)"という店を(かま)えているのだが、ある日の昼休み。

店から130mの所に新しいパン屋が出来たと聞いて買いに出かけた彼は2時間経っても帰って来なかった。

不安に思った従業員が電話をすると、なぜか県境を越えた山奥で遭難していたり、近所のスーパーに行こうとしてなぜかボランティアに保護されたり・・・最早(もはや)伝説と呼ばれる事件を数多(あまた)起こしてきた。

(ゆえ)に面識ある従業員(いわ)く方向音痴の世界大会があれば、金メダルどころかプラチナメダルを(そう)なめ出来る程の猛者(もさ)らしい。

その為ミハイルがいつ迷子になってもいいように、営業時間中は常に従業員の誰かがGPSで監視しているという徹底ぶり。

完璧(パーフェクト)なルックスに万人(ばんにん)が認める人格者。

その反面、日本語を覚えようとしなかったり神なる方向音痴というステータスが付いていたりと・・・それが原因で見せる困った表情も、また人々を魅了していたりするのだが全ては無自覚の産物(さんぶつ)



「Менеджер находится в станция теперь」

(訳:店長は現在駅前にいます)


「Хотите чтобы перейти к новой пекарни──」

(訳:新しく出来たパン屋に行きたいのですが──)

「Это противоположное направление」

(訳:逆方向ですね)


またまた困った表情を見せるミハイル。

すれ違う女性人(じょせいじん)達が、うっとりした顔で彼を見つめるが本人はそれどころではないようだ。

一応のルート案内を受けた(のち)、電話を切って自信ありげに歩き出したのだが大丈夫だろうか?

そんな不安を他所(よそ)に彼は、なぜか裏路地へ入ってしまう。

コレが神なる方向音痴の原因の1つ、直感で道を選んでしまうミハイルの悪癖(あくへき)

そして(あん)(じょう)迷った・・・迷路のような裏路地を探索している内にミハイルは、あるモノを見つけすぐさまソレに()()り確認する。


「Что произошло!?」

(訳:どうしました!?)


「うぅっ・・・」


「Тяжелая рана」

(訳:酷い怪我だ)


「プレ子殿(どの)・・・」


ミハイルの見つけたソレの正体は全身に傷を()ったタニシだった。

朦朧(もうろう)とする意識の中でタニシはミハイルの顔を確認する・・・さっきのチンピラ共じゃない。

目の前にいたのは絵に描いたようなスタイル抜群のスーパーイケメン。

ヤツらじゃなければ誰でもいいと、ボロボロになりながらも決して手放さなかった髪飾りをミハイルに差し出した。


「誰だか・・・知りませんが・・・コ、コレを・・・プレ・・・助・・・ほ・・・」


「Этот украшение волос!」

(訳:この髪飾りは!)



時同じくしてアクアリウム・バックヤード。


「とにかくお前に付き合ってる暇はないんだ。悪いが他を当たってくれ」


"テーテテテーテー♪テテテテテー♪"



張り詰めた空気の中、利眞守(とします)の携帯に着信が入る。

本当はそんな余裕も、ないのだが発信元を確認してから着信を取る。

"──ブン"


「Вы・・・」

(訳:お前か・・・)


「ТОСИ!Чрезвычайная ситуация!!」

(訳:(とし)!緊急事態です!!)


「Что касается меня чрезвычайная ситуация так или иначе теперь──」

(訳:コッチも緊急事態だ。とにかく今は──)

「она──」

(訳:彼女が──)

彼女?

利眞守(とします)()(さき)に思い浮かべた相手はもちろんプレ子とタニシ。

まるで狙ったかのようなタイミングに、おそるおそる彼女とは誰の事なのかを()い掛ける。

その答えは想像していたパターンの内、もっとも聞きたくないモノが現実となっている事を知らせるモノだった。

声を(あら)切羽詰(せっぱつ)まった表情の利眞守(とします)は、政宗(まさむね)を放置し電話越しに怒鳴(どな)り続ける。

その内容は全てロシア語の為、政宗(まさむね)には理解出来ないが雰囲気だけでもコレが緊急事態である事は容易(ようい)(さっ)しが付く。

しばらくすると電話を切り、ゆっくりと重い口を開き政宗(まさむね)に事の全てを伝える。



「・・・プレ子が拉致(らち)られた」


「なに!?」


「最悪だ・・・俺が寝転(ねこ)けてる間に・・・クソォ!」


急ぎ店を飛び出した利眞守(とします)はミハイルの待つ裏路地へと走り出す!

彼の迅速(じんそく)を持ってしてもソコへたどり着くには最低でも30分。

その後ろ姿を見送る政宗(まさむね)は、ただただ黙ってタバコを()かし始めた。


「己が責任は己で(つぐな)えってか上等だコラァ!全部受け止めて、なおかつ釣り(せん)が貰えるくらい(つぐな)ってやるよ!だから・・・無事でいてくれ!」


路地裏へ向かい爆走する利眞守(とします)

ジョギングしているランナーを追い抜き、アスリートのような自転車を追い抜き、法定速度を無視して走る自動車を追い抜き風と共に()け抜ける!

あまりのスピードに(くつ)常軌(じょうき)(いっ)した熱量を持ち始め、巻き上がる砂煙でさえもスピードに付いて行けず、彼が通り過ぎた後に(むな)しく舞い上がる。

最早(もはや)その姿を肉眼(にくがん)(とら)える事は不可能。

足音が遅れて聞こえてくる迅速(じんそく)を超えた神速(じんそく)領域(りょういき)まで加速している!


"シュンッ──ズバゥオォアァアアァァァン!!"



しかし人間が極限を超えた力を行使するには必ず代償(だいしょう)を支払わなければならない。

そのスピード(ゆえ)に彼の周囲だけ普通なら起こり()ない"ある事"が起きていた。

例えばロケットやジェット機などを思い出して欲しい。

時速3桁を超えるコレらの機体は(ほとん)どが(するど)いフォルムをしているのだが、その理由は"スピードと空気抵抗(くうきていこう)"の関係による所が大きい。

空気抵抗とは速度の2(じょう)に比例し、前面積にも比例する。

また、その形状が流線型(りゅうせんけい)の方が抵抗が少なくなり、気圧の高い地上よりも気圧の低い上空の方が抵抗は少なくなる。

つまりどういう事かと言うと、人間の体は前面に広く空気抵抗を全て受け止めてしまう。

さらにココは気圧が高く空気密度も濃い為、さらに抵抗が増す。

そしてスピードに比例して2(じょう)されていく。

その結果、彼の周囲では空気の流れる速度にズレが(しょう)じ、そこには圧力抵抗(あつりょくていこう)が発生する。

コレが(ぞく)に衝撃波、(ある)いはソニックブームと呼ばれるモノの正体であり、彼が神速(じんそく)で大気中を()け抜ける行為自体がイコールで自ら生み出した衝撃波で自らを斬る、諸刃(もろは)(つるぎ)である事に他ならないのだ。

だが、そんな危険を(おか)してまでも急ぐ理由は1つ。

自分の身体以上に彼女達が大切だからに決まっている。

危険なぐらいが丁度(ちょうど)良い、安全なモノ程つまらない!

そんな言葉を己に投げかけ走り続ける。


「──────!!」


空気を振動させる事で(つた)わる"(おと)"も神速(じんそく)により(ゆが)められた周囲の空気が遮断(しゃだん)し、虚空(こくう)彼方(かなた)へと消し去ってしまう。

その頃、路地裏でも動きがあった。



「うぅ・・・」


「Через себя не перепрыгнешь」

(訳:無理をしてはいけません)


「プ・・・プレ子殿(どの)・・・!」


激しい目眩(めまい)に耐えながらヨロヨロと立ち上がり、プレ子を助けに行こうとするが、その1歩を踏み出す事が出来ず、すぐに倒れ込んでしまう。

それをミハイルが優しく()きかかえ彼女をゆっくりと、お姫様だっこの態勢で担ぎ上げる。

ボヤける視界の中にタニシが見たモノは、白にうっすらと金色の混じったような頭髪、絵に描いたようなイケメン(フェイス)

パーフェクトとしか表現できないプロポーション。

まさに王子様(プリンセス)と呼ぶに相応(ふさわ)しい男の腕の中に自分はいる・・・そう理解した途端(とたん)瀕死(ひんし)状態だったタニシは身体の奥底から込み上げてくる熱い"何か"を感じた。


「な、なんと・・・現実世界(リアル)で、このようなシチュエーションを・・・」


タニシの顔が、みるみる()()()まっていく。

全身が熱い・・・心臓が力強く、鼓動(こどう)を打つのが(つた)わってくる。

まるで身体の中で核融合(かくゆうごう)が起きているかの(ごと)き感覚だ!


「Поторопись・・・」

(訳:急いで・・・)


焦った表情で(いの)る姿さえ、彼女には魅力的に見えた。

入り組んだ路地裏特有の風切り音が止んだ刹那(せつな)、遠くの方から何か聞こえてくる。



"──ブォオォォン・・・──キュイー・・・"


何やら自動車が急発進、急ブレーキ、急旋回(せんかい)を繰り返しているような相当(あら)い運転だ。

しかしこの路地裏には大通りを走る車の音は聞こえてこないハズ・・・だとすると暴走車両はドコを走っているのだろう?

ミハイルが耳を()ませると、その音は次第に近付いて来ているような気がする。

さっきよりも()(くる)うエンジンの怒りがハッキリと。

さっきよりも酷使(こくし)されるタイヤの悲鳴がハッキリと。

さっきよりも確実に、暴走車両は近付いて来ているとハッキリ分かる!


"ブァンッ!──ブォオォォォォン!!キュイーーッ!"


タニシを(かば)うようにミハイルは身構(みがま)える。

その表情はいつもの優しさに満ち(あふ)れた目付きから、触れただけでも怪我をしかねない程の(するど)いモノへと変わっている。



"キュイーーーーッ!──ブァアァァン!!"

「どけどけどけぇゴラァ!邪魔だ邪魔だ邪魔だぁ!!」


ヒドい騒音を引き連れてミハイルの前に現れたのは、砂煙を巻き上げながら片輪走行で走る、スクラップ寸前のポンコツ車両だった。

そのハンドルを握るのは、もちろん政宗(まさむね)に他ならない。


"ドスン!──ガシャアァァ──スタッ!"



浮いていた片輪を着地させると同時にポンコツ3号はエンジンストールを起こす。

そんな事は、お(かま)い無しとばかりに運転席から飛び降りてきた政宗(まさむね)は、後部座席を開放すると中から現れたのは全身傷だらけの利眞守(とします)だった。



それは数分前の事。


「ド、ドコに・・・げほっ!い、いるんだ・・・」


周辺地域のありとあらゆる路地裏を探したがプレ子どころかミハイルすら見つからない。

さらに神速(じんそく)代償(だいしょう)として服はボロボロに引き()かれ全身は切り傷だらけ、おまけに熱を(たくわ)えすぎた肉体はシュウ~と音を立て体内を(めぐ)る血液さえも蒸発(じょうはつ)させようとしていた。

それでも空元気(からげんき)を振りしぼり1歩、また1歩と地面を蹴るが、とうとう倒れ込んでしまう。

ピクピクッと震える肉体が嫌でも限界を()げる中、どこかで聞いたポンコツエンジンの雄々(おお)しき咆哮(ほうこう)が彼の身体を揺さぶり起こす。

音のする方向へ目線だけ移すと、コチラに向かって突っ込んで来る1台のポンコツ車両が華麗(かれい)なドリフトを決めて急停止した。


「ったく、お前は人力(じんりき)ミサイルか?生身で走りましたってスピードじゃねぇぞソレ。おかげで探し出すのに時間食っちまったじゃねぇか」


「お前・・・ど、どう・・・して」


「へっ、忘れちまったのかよ?"形のない、人の想いを運び届ける政宗(まさむね)運輸"がモットーだぜ?わかったら乗れよ。お前を運んでってやる」


「・・・ったく・・・お、遅ぇよ・・・」



千芭(せんば)政宗(まさむね)は裏切らない。

なんだかんだ言いつつも友情を()み交わした仲間(とも)の為なら、()(ごく)までも()け付ける。

それが(おとこ)()(ざま)であり彼のポリシーでもある。

瀕死(ひんし)悪友(あくゆう)に肩を貸そうと政宗(まさむね)が触れた瞬間──

"ジュウッ!"


「うぉわ熱っちゃあぁ!?おまっ、コレ人間の体温かよ!目玉焼きどころか煮物が作れるレベルだぞ!?」



人間発熱機と化した利眞守(とします)にビックリしながらも、彼を後部座席に放り込むと政宗(まさむね)はポンコツ3号を走らせた。

そのハンドルさばきに迷いは見られず、あたかもミハイルの居場所を知っているかのように(せま)い路地裏へと入って行く。

気になった利眞守(とします)が行き先を聞く前に、政宗(まさむね)は自ら口を開いた。


「途切れ途切れだったがロシアンが場所を教えてくれたからな!とりあえず飛ばすぜ!!」


「なに?ロ、ロシア語が・・・分かるのか」


"その一言を待ってました!"とばかりのドヤ顔をルームミラーに(うつ)して政宗(まさむね)が決める。



「ならお前に聞いてやる!この俺を誰だと思ってやがる!! 政宗(まさむね)運輸代表にして地元の道という道を知り尽くした、喧嘩(けんか)倶楽部(くらぶ)総本山魔罹死天(まりしてん)13代目(ヘッド)千芭(せんば)政宗(まさむね)様たぁ俺の事よ!!」

"ガガガガガッ!──ジャアァァアァァ!!"


言い()えると同時に車体を(かたむ)け火花を散らし、鉄粉(てっぷん)舞上(まいあ)げポンコツ3号は疾走(しっそう)する。



「あれから少しロシア語ってのを調べてみたらよぉ、単語程度なら何個か聞き取れるようになったんだよ」


なんと政宗(まさむね)利眞守(とします)達の会話の内容が気になるあまり、独学でロシア語を勉強していたのだ。

勉強して無駄な事はないと教育者達は言うが、まさにその通りだと実感する。


Туннель(トゥネーリ)ってのはトンネルでТакси(タクシー)は、まんまタクシーだろ?」


「マジかよ・・・あってるぜ・・・」


「でпространст(プローシチャジ)воは広場だったよな?それから最後のкрасная (クラースナヤ)орех(アリエーフ)てのは、さっき調べたら赤って単語と木の実って意味らしいな。トンネルがあってタクシーが停まってて周りに赤い木の実・・・つまり、この辺りで言えばヤマモモが生えてる広場。そんな場所この地域の路地裏にゃ1ヵ所しかねぇ!政宗(まさむね)運輸ナメんなよ!!」

"──キュイィイィィ!!"



・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・



「てなわけだ。今回ばかりは万年平社員パワーに感謝せねばならんな」


「それよりターニュンはオーナー殿(どの)覚醒(かくせい)についての話を聞きたいのでござるよ!やはり、そのキャップがリミッターになっていたと──」

「ンなわきゃねぇだろ!このキャップはリミッターじゃなくて御神木(ごしんぼく)みたいなモンなんだよ。なんて説明したら良いかアレだけど、とにかくありがた~い代物(しろもの)なんだぞ?」


意味不明な反論をする利眞守(とします)に、ぽか〜んとした表情のタニシ。

今の会話をまとめると彼にとって、そのキャップは守り神のようなモノと解釈(かいしゃく)すれば良いのか?

なんとも間の抜けた空気に(かつ)を入れるべく政宗(まさむね)が本題を切り出した。


「そんな事よりプレ子ちゃんは!?」


必死の形相(ぎょうそう)で語り掛ける政宗(まさむね)を見て、今という状況を思い出す。

タニシはミハイルの腕の中で地面を指差(ゆびさ)し、悲痛な思いで顔を上げた。

指差(ゆびさ)す先を見てみると、そこにはヤツらが付けたであろうタイヤ(こん)がくっきりと残っていた。

政宗(まさむね)はポンコツ3号のハンドルを握りしめ、利眞守(とします)とミハイルは後部座席に乗り込む。

スペース的な問題と彼女の体力も考え、タニシはミハイルの膝の上に座らされている。

その後は曲がり角を越えた先にも点々と残されたソレをたどり、(せま)い路地裏を疾走する。

ポンコツエンジンは今まさに最高の(かがや)きと共に正義の雄叫(おたけ)びを上げている!


「飛ばすぜ!(つか)まる所はねぇけど(つか)まってな!!」

"ブオォオォォォン!──キュルルルガァアァァ!"


「うぉっ!」

「うわぁあぁぁ!!」

「Ай!」

(訳:いたっ!)



重力を無視した上下左右の動きが一同を"これでもか!"とばかりに容赦(ようしゃ)なく揺さぶり倒す。

ポンコツ加減も(あい)まったその迫力たるや至極(しごく)の恐怖を心身共にじっくりと味わわせてくれる。

だがミハイルに(つつ)み込まれるようにして(まも)られていたタニシにダメージは無かった。

見た目に反してガッチリとした柔軟な筋肉を持つ彼に()かれて思わず彼女は赤くなる。

自分も同じくらいダメージ()ってんのに!と天井に頭をぶつけながら文句を()れる利眞守(とします)を横目にミハイルは悪い表情を見せながら彼の叫びを嘲笑(あざわら)う。

ヒールな表情さえも、その魅力を引き立てるエッセンスになるから不可思議(ふかしぎ)(きわ)まりない・・・やはり世の中イケメンばかりが特をするのは仕方のない事なのか?


「あぁ・・・ターニュンは()え殺される寸前(すんぜん)でござるヤバイでござるヤバイでござる」


「じゃかぁしゃあぁゴラァ!」


「そんな事より、どうやら目的地が見えてきたぜ!」


ハンドルを握る政宗(まさむね)の一言で3人は身を乗り出す。

その痕跡(こんせき)をたどり行き着いた先は、取り壊しの途中で破棄されたと思わしき廃墟(はいきょ)の中だった。

半開きのゲートを抜けると様々な改造を(ほどこ)した、いわゆるイカ車と呼ばれる車が停まっている。

華麗(かれい)なシフトチェンジでポンコツ3号をドリフトさせながらピッタリ横付けすると、付近(ふきん)(たむろ)していたガラの悪いヤツらがメンチを切りながら集まってきた。

タニシを襲いプレ子をさらったヤツらに間違いない!

一同はポンコツ3号から飛び降り、チンピラ共と対面する。


「おぉ!?なんだてめぇらコラァ!!」


(うるわ)しの姫君(ひめぎみ)を救いに来たヒーローとでも言っておこうか?あぁ?」


政宗(まさむね)啖呵(たんか)を切って噛み付くと、たださえ沸点(ふってん)の低いチンピラ共は、火に油を注がれ早くも炎上し、ワーワーと騒ぎ始める。

だが周りには住居もなければ大通りからも離れている為、誰が何を叫ぼうが通報される事はないだろうけど、逆に言えば助けも来ないという事になる。

(まん)(いち)通報されたとしても、この街の警察は"人助け"程度じゃ動かない。

しかし腐敗(ふはい)した警察組織というのも、時と場合によって非常にありがたいモノになる。

この一件はチンピラ集団とアクアリスト一行(いっこう)の私的な喧嘩。

そこには"(かね)(にお)い"もしなければ"権力者の影"も存在しない。

(ゆえ)警察(ヤツら)にしてみれば、この騒動は"担当外(たんとうがい)"どころか存在すらしていないのである。

つまりどれだけの事件(こと)を起こそうとも、お(とが)め無しで処理される事を政宗(まさむね)は瞬時に理解した。

それと同時に有無(うむ)を言わさず凄味(すごみ)()かせた表情で相手の胸ぐらを掴み、力任せに引き()せながら()き掛ける。


「同じ事を何度も言わせんなよコラ?テメェらが、さらった女の子はドコだ」


「何しやがんだオイ!」

"──シュッ!──ガッ!"


相対(あいたい)した男は政宗(まさむね)の顔面めがけ、力任(ちからまか)せなストレートを放つも、その一撃は彼を(とら)える事なく受け止められてしまう。



「チチッ・・・パンチの打ち方がなってねぇなぁ!」

"ベギャッ!"


右手で胸ぐらを(つか)み、左手で相手の(こぶし)を受け止めた状態から渾身(こんしん)のヘッドバッドを決める!

頭蓋(ずがい)のぶつかり合う、(かわ)いた音を(かな)でながら(だい)の男を一撃で()したその顔は、(すで)()りし()悪童(あくどう)"喧嘩(けんか)倶楽部(くらぶ)総本山魔罹死天(まりしてん)13代目(ヘッド)千芭(せんば)政宗(まさむね)"のモノになっていた。

騒ぎを聞き付けた仲間達がドコからともなくゾロゾロと集まり、(またた)()利眞守(とします)達を取り囲んだ。

その手に鉄パイプやバール、工事現場で使うピッケルなどを握り、ジリジリと包囲網(ほういもう)(せば)めてくる極悪(つら)にタニシは震えている。

アニメや漫画では何度も見たシチュエーションだが、フィクションとノンフィクションとでは(つた)わってくるモノが違いすぎる。

アニメでこの殺気と緊張感は(つた)わらない。

漫画でこの恐怖と絶望感は(つた)わらない。

本物だからこそ(つた)わるプレッシャーに、この(にお)い。

イージーモードもコンテニューも、最強の魔法もチートな武器も何も存在しない本物の戦い(リアルファイト)

さらには無数のチンピラに対してコチラは(わず)か4人だけ。

おまけに自分は居るだけでマイナスになり()ねないというのに挙句(あげく)はミハイルに(かば)ってもらい彼の行動まで封じている為、実質利眞守(とします)政宗(まさむね)の2人のみ。

どう足掻(あが)いたって勝ち目は無いとしか言えないし"お約束の逆転劇が──"などとは口が()けても言える状況ではなかった。

それは"ボロボロになりながらも最後は必ず勝つ"というアニメや漫画のお決まりパターンが、この場面を()ってして想像できなかったからに他ならない。

1度でも劣勢(れっせい)になれば、あとは()って(たか)っての集団リンチ・・・いつもの愉快(ゆかい)な想像力も今回ばかりは現実を見据(みす)えてしまう。

その眼に光を失ったタニシとは対照(たいしょう)的に、久々の喧嘩相手を前にした政宗(まさむね)先陣(せんじん)を切ろうとする。

ところが、わざわざソレを止めてまで利眞守(とします)が割り込んできた。



「正直に答えろ。お前らが拉致(らち)った女はドコにいる?」


「はぁ?しーらねぇ」



鉄パイプを片手にナメきった表情を見せながら当然の(ごと)(しら)を切る男は、利眞守(とします)めがけツバを()きかけた。

刹那(せつな)利眞守(とします)のキャップに隠されたその眼が凶悪な光りを放つ。


"──ドシュウゥゥ!!"



その直後、悪態をついた男は吹き飛ばされた。

あまりに一瞬・・・時間に直せば数兆分(すうちょうぶん)の0コンマ数秒以下。

先ほどまで、その男がいたハズの空間に存在すべき、男の姿は見当たらない。

代わりに重心を落とし、右腕を突き出した利眞守(とします)がソコにいる。

何が起こった?

辺りが妙な、ざわつきに(つつ)まれる中、両手を左右に広げた典型的な"あ〜ぁポーズ"をとりながら政宗(まさむね)が口を開く。


「それ見たことか。テメェらがナメ(くさ)った事ほざくから眠れる核弾頭(かくだんとう)がキレちまったぜ?俺は知らねぇぞ」


その一言を皮切(かわき)りにチンピラ共が一斉に利眞守(とします)へ襲い掛かる!!



「オーナー殿(どの)!!」


「心配いらねぇよ。たかだかチンピラ程度にアイツをヤれるわけねぇだろ?むしろ指一本でも触れる事が出来れば奇跡ってモンだな。なんつっても、この俺ですらマジのアイツに打ち込めるかって言われれば、せいぜい(まぐ)れ当たりの一発が(せき)の山なんだからよ」


「えっ?」


(ろん)より証拠(しょうこ)、まぁ見とけ。ちなみにさっきのアレはギュンター式迅駆翔拳(じんくしょうけん)って言うらしいぜ」



"──ドッ!──シュッ!──ガギッ!"


政宗(まさむね)の言葉通り利眞守(とします)は目にも止まらぬスピードで、群がる悪党共を()ぎ倒していく。

手も足も出ないとは、まさにこの事。

例えるなら()み上げた空きカンを蹴散(けち)らすが(ごと)き光景に一抹(いちまつ)清々(すがすが)しささえ覚える。

そしてタニシは思い知る。

アニメや漫画を基準に物事を考えていた自らの想像力の貧困(ひんこん)さと現実(リアル)()ける可能性を。

圧倒的な数の差を、ひっくり返す為のセオリーなんてモノは存在しない。

確かに逆転劇で()(くく)れれば、絵的(えてき)にもバッチリ決まるが、そもそも殴られてやる必要なんてないし逆転劇なんかも必要ない。

ソレを物ともしない実力があるのなら一方的に叩き(つぶ)してしまっても、何も問題はないのだ。

それとは別に以前、利眞守(とします)に対して"主人公の条件を何1つクリアしていない"と言った事を後悔した。

両親は御健在(ごけんざい)、学生でもないし本当にモテないし、過去を(さぐ)れば元ブリーダー、魔法も使えないし最強能力(スキル)だって持ち合わせていない、あるのは少しの体術とアクアリウムの知識だけ。

顔もイケメンどころかキャップの所為(せい)で、目元すら確認できない変質者っぷりだけど・・・それで良いんだ。

昨今(さっこん)のインフレの影響で、主人公が主人公足()()るにあたって"(もっと)も大切な事"を忘れていた・・・。

それは設定云々(うんぬん)などではなく"戦場(いくさば)利眞守(とします)として存在している"だけで彼は主人公たる資格を()ているという事だ。

そんな男がアクアリウムがなんだと言えば、それだけで十分話は成立する。

俺はアクアリストだ!と言えば前代未聞(ぜんだいみもん)のソレを(かか)げた主人公が誕生するだけの事。

彼の姿に、自らの思い描いていたヒーロー(ぞう)を見たタニシの目から、一筋の涙が(こぼ)れ落ちる。

改めて辺りを見渡すと、倒れたチンピラの山の(いただ)きに利眞守(とします)ただ1人だけが立っていた。



「オイ!全員()しちまったらプレ子ちゃんの居場所は誰に聞くんだよ!?」


「・・・全員耳は聞こえてるよな」


容赦(ようしゃ)無くチンピラ共を踏みつけながら利眞守(とします)は彼らのモノであろう車を、じーっとを見つめている。



「コイツの持ち主は?」


()い掛けるが返答はない。

すると利眞守(とします)はフロントガラスを指で、なぞりながら徐々(じょじょ)に力を加え──

"ピキッ──ビジジイィィン!!"


強烈な指圧(しあつ)でフロントガラスを突き破る!

普通に考えて、あり()ない光景を前に1人の男が立ち上がり、声を(あら)げながら近付いてきた。


「ちょっ!やめろぉ!!俺のセル──」

「・・・ラァッ!」


"ガンッ!ベキベキベキッ!"



今度はフロント部を(こぶし)で打ち貫き、力任(ちからまか)せにボンネットをこじ開ける


「や、やめろぉ!やめてくれぇ!!」


「・・・」


半泣き状態の持ち主を無視して、そのままエンジンルームに手を突っ込む。


「大切なモノが目の前で破壊されていくのは(つら)いよな?苦痛だよな?勘弁願いたいよな?」


「やめろやめてくれ!やめてください!お願いします!!」


涙と鼻水で顔面崩壊したソイツは両手を合わせ、必死に頭を地面に(こす)り付けながら許しを()うている。



「やめてほしいか?」


「や、やめ──」

「ダメだ!アイツらが受けた苦痛は、こんなモンじゃねぇんだよ!!」


"──ギギッ・・・ベゴッ──ベチンッ!"


「待ってくれ!俺はただ言われただけで──」

「今さら()びるな!言われただけと()れるなら、その(せき)くらいテメェで(つぐな)え!!」


金属が伸び切れた時特有(とくゆう)甲高(かんだか)い音を響かせエンジンを引き抜き、持ち主のスレスレめがけ投げ付ける。

常軌(じょうき)(いっ)した光景を前に車の所有者は失神(しっしん)してしまう。



「オーナー殿(どの)・・・カッコいいでござるが、ちと鬼過ぎる・・・と言うより闇堕(やみお)ちしてはござらんか?」


タニシがジトッした目で指摘(してき)する。

何と言うか今の彼は、怒りの(おもむ)くままに行動しているように見える。

プレ子救出の事などすっかり忘れているのでは?と少し不安になる。

怒れる利眞守(とします)は無言のまま残りの車両を目指し歩き始めた。

たった今、車1台が大破する現場を見せ付けられた持ち主達は"愛車を廃車にされては(たま)ったモノではない!"と先回りして、(せま)り来る彼に対しなんとか許しを()うが利眞守(とします)は止まらない。

その時、持ち主の1人が(つい)にプレ子の居場所を白状(はくじょう)した。

話によれば敷地内にある1番大きな廃墟の地下に幽閉(ゆうへい)しているとの事である。

それを聞いた政宗(まさむね)とミハイル(タニシを背負って)は一足先に廃墟の地下へと走り出し、一方の利眞守(とします)は──

「ようやっと正直に喋ってくれたなぁ・・・最初からそう言ってくれりゃ良かったんだよ。罪を(にく)んで人を(にく)まずってな」


(さと)すような言葉を投げ掛けると土下座(どげざ)する2人に背を向け、自身も廃墟へと向かい歩き始めた。


(バカが余裕こいてんじゃねぇ・・・ぶち殺してやる!)


だがこの機を逃すまいと男の1人が落ちていた鉄パイプを拾い上げ、静かに利眞守(とします)の背後へ忍び()る。

そして音もなく鉄パイプを振り上げると、勢いよく利眞守(とします)の脳天めがけ兜割(かぶとわ)りを放つ!


「だがなぁ──」

"ササッ"


男が鉄パイプを振り下ろしたと同時に利眞守(とします)も振り返り、右足を1歩後ろへ下げ左手を前に軽く突き出し、右脇を締めながら重心を落とし両の(まなこ)でしっかりと相手の動きを(とら)える!


「テメェらみてぇな畜生(ちくしょう)以下のクズ野郎!(ゆる)せるわきゃねぇだろうがぁ!!」

"ドゴォッ!──メキメキメキ・・・──グヂャッ!"


「ピンチになったら誰に言われただのと泣き(じゃく)りながら土下座(どげざ)でごめんなさいだぁ!?俺の仲間に手ぇ出しといてのケジメがコレか!!あぁっ!?」


「て、てめぇっ!」


強烈すぎるアッパーカットで卑劣(ひれつ)愚策(ぐさく)もろとも返り討ちにした利眞守(とします)の怒りは今頂点(ちょうてん)に達している!!

だが残りの1人もチンピラの意地なのか落ちている鉄パイプを拾い上げ、無謀(むぼつ)にも彼に挑むつもりらしい。


「遠慮するな使えよ。なんなら、そこのツルハシでもいいぜ?拾うまで待ってやるからさ」


「てめぇマジ死んだわ。もう()っちゃいます、はい決定」



利眞守(とします)の挑発を受けて、おかしなテンションになった男は鉄パイプを持って突進!

そのまま利眞守(とします)めがけ全力で振り下ろす!



「あ"ぁあ"ぁ"ぁ!!」


「・・・」

"バシッ!──ギュウゥ・・・ぐにゃぁ"


適度な質量、適度な密度を(ほこ)る鉄パイプを片手で受け止め、その手の中だけで飴細工(あめざいく)のように軽々と、ひん曲げた。

今ようやく理解した・・・自分と利眞守(とします)との戦闘力(じつりょく)の差に。

信じ(がた)絶望(げんじつ)を前にした男は鉄パイプを手放し、ズボンを()らしながら腰を抜かす。

目を()らしたらヤられる!逃げなきゃヤられる!

動いてもヤられる!次の瞬間にはヤられる!!


「・・・マジで()んぞ?」


「うぅうわぁあぁはあぁはぁあぁぁ!!」


情けない声を上げながら一目散(いちもくさん)に逃げ出す、背をめがけて"への字"に曲がった鉄パイプを全力投球。

彼の手を離れたソレは、クルクルと回転しながら吸い込まれるようにして男の後頭部に直撃した。


「ガラにもねぇ事を・・・いや、こんな時に出たんならそれが俺の本心って事なのか」



最後の1人を片付け、今度こそ急ぎ地下へと向かう。

政宗(まさむね)とミハイルがいるから大丈夫だとは思うが、今ごろプレ子は心細い思いをしているに違いない。

待ってろプレ子!すぐに助け出してやるからな!!



「おーいプレ子ちゃん!!」


「プレ子殿(どの)!ドコでござるか!!」


「ПУРЭКО!」

(訳:プレ子さん!)


先に地下へ降りた3人はプレ子の捜索に手間取っていた。

やたらと声が反響(はんきょう)する薄暗く(ほこり)っぽい地下は、お世辞にも良い環境とは言えない。

元々この建物はホテルだったらしく無数の扉が点在している。

それらを(かた)(ぱし)から開けるもプレ子の姿は(いま)だ見当たらない。


「クソ!ドコにいるんだ!まさかあの野郎、土壇場(どたんば)(パチ)こきやがったんじゃねぇだろうな!?」


「文句を言ってる暇があったらプレ子を探すでござるよ!」


「そ、そうだな・・・プレ子ちゃん!!」


彼女の名前を叫びながらフロアの隅々(すみずみ)まで調べるが結局プレ子は見つからず一同は行き止まりまで来てしまった。


「クソなんでだ!もう部屋は全部調べただろ!!」


「嫌でござるよぉ!プレ子殿(どの)と会えないなんて嫌でござる!!プレ子殿(どの)ぉ・・・うぅ・・・ぐすっ・・・」


「・・・?」


ミハイルが人差(ひとさ)し指を口の前にかざし2人に対して"静かに"の合図を送る。

そして、ある方向を指差(ゆびさ)し聞き耳を立てる。

それは行き止まりとなっている壁だった。

政宗(まさむね)が壁に耳を当て、全神経を集中させると壁の向こうから(かす)かに何かが聞こえる。

そこで辺りを調べてみると、壁の一画(いっかく)蝶番(ちょうつがい)を発見する。

行き止まりだと思っていた場所は、チンピラ達によって後付けされた隠し扉だったのだ。

さらによく見ると御丁寧(ごていねい)にも壁には指を入れる、くぼみが掘ってある。

政宗(まさむね)とミハイルがタイミングを合わせて壁を引っ張ると──

"ザザザザザッ"


「これは!」


「誰!?」


扉が隠していたその奥からさらに扉が現れ、その中からはハッキリと彼女の声がする!



「プレ子殿(どの)!助けに来たでござるよ!!」


「ターニュン!?」


「へっ、俺もいるぜ!」


「えっ・・・え~と・・・」


「俺だよ!ま──」

「んねん平社員!!」


「ズドォー!!」


予想外な返答をされ豪快(ごうかい)にスッこける政宗(まさむね)

角度、スピード、タイミング、どれを取っても完璧なコケ方だ!


「ま、まぁそういう所も魅力的だぜプレ子ちゃん」

(あの野郎(とします)今すぐにでも、ぶん殴ってやる!)


「さぁプレ子殿(どの)!今、開けるでござるよ!」


ペチペチとミハイルの肩を叩き()かすタニシ。

さっそく扉を開けようとするが──

"ガチャガチャ"


「н?」

(訳:ん?)


"ガチャ──ガチャガチャガチャ!"



何度やってもドアノブが回らない。

しかし鍵穴らしきモノも見当たらない・・・。


「Этот трюк・・・」

(訳:この仕掛けは・・・)


そこへ遅れてやって来た利眞守(とします)が合流、ミハイルが扉の謎について説明する。

さっそく利眞守(とします)も扉を(いじ)ってみるが、やはり上手くいかない。

(ごう)を煮やした彼はシンプル・イズ・ベストな手段を取る事にした。

それは扉を破壊するという最終最強の手段なのだが問題が1つ。

扉を破壊した(さい)にプレ子を巻き込んでしまわないかだ。

そこでプレ子に部屋の広さや形状を聞き、もっとも安全な場所に避難(ひなん)するよう指示(しじ)を出す。

その場所とは──

「よし!天井に避難してろ!」


「天井って忍者じゃあるまいし──」

「分かった!」


「分かっちゃったのかよ!?」


扉から1歩下がり体を横向きにして左半身を前へ出し狙いを定める。

ロックされた扉を蹴破(けやぶ)るにはドアノブ付近(ふきん)を扉と垂直(すいちょく)になるようにして蹴るとイケる!そんなテクニックを映画で学んだ利眞守(とします)は今こそソレを実践する!


「禁じ手殺法(さっぽう)が1つ!ギュンター式アイアン・スティンガー!!」

"──タッ!──シュバアァアァァン!!"


(するど)い踏み込みから渾身(こんしん)の893キックを放つ!

すると鉄壁の守備を(ほこ)っていた扉は、ギギギバギバギッ!と物凄い悲鳴を上げながら一瞬にして吹き飛んだ。

そもそも禁じ手殺法(さっぽう)ならドコを蹴っても変わらなかったのでは?

そんなツッコミを()えて入れない政宗(まさむね)とタニシであった。



「プレ!」


「オーナー!」

"──シュタッ!"


「お、おいおいマジかよ?今、本当に天井から()って来なかったか?」


そんな政宗(まさむね)(つぶや)きを無視してプレ子は利眞守(とします)に飛び付いた。

その衝撃で一瞬()()るが、すぐに体勢を立て直し、彼女を強く強く()きしめる。

その様子を見た一同からは、さっそく安堵(あんど)のヤジが飛ぶ。


「へっ、()()よがしに見せ付けてくれちゃってよぉ。あ~ぁやれやれだぜ!!」


「まったくでござる!リア充爆発しろ!!」


「Цель была закончена давайте возвратимся」

(訳:目的は果たせませたし帰りましょうか)


ミハイルは、ゆっくりと(かが)み背負っていたタニシを()ろすと腰に手を当て体勢を()らす。

タニシをずっと背負いながら地下を走り回っていたのだから、この男の体力も大したモノだ。

利眞守(とします)にも責任がない分けではないが突然のイレギュラーにより始まった今回の騒動も、ようやく終止符(しゅうしふ)が打てそうだ。

チンピラ共の言い分には、多少なりとも引っかかるモノを感じるがプレ子も救出できた今、そんな事はどうでも良いし、こんなカビ臭い所に長居(ながい)は無用。

一同が戻ろうとした矢先(やさき)──

「あ、あの!」


タニシがミハイルを呼び止めた。


「あの・・・お名前を・・・あ、あなた様の、お名前を・・・教えていただけないでしょうか?」


「・・・?」


首を(かし)げるミハイルの様子を見てタニシは"あの事"を思い出す。


「しまった言葉が!・・・ならばオーナー殿(バイリンガル)!」


「誰がバイリンガルだコラァ!俺は通訳(つうやく)じゃねぇぞ!」


「あの方の・・・お名前を教えてもらっても良いか聞いてほしいでござる」


「その前に俺の(うった)えを聞いてほしいでござる。アイツの名前はミハ──」

"ドゴッ!"


「オーナー殿(どの)の口からではなく、あの方の口から聞きたいのでござる!」


満身創痍(まんしんそうい)利眞守(とします)の肉体にタニシのヘッドバッドが炸裂(さくれつ)する!

やはりコイツの考えている事は、よくわからん。

渋々(しぶしぶ)ミハイルに事情を説明をしてタニシの所へ向かわせる。

そして彼女と目線を合わせ彼は笑顔で語りかける。


「Мое имя──」

(訳:私の名は──)


「・・・」


言葉の意味は分からないが、なんとなくニュアンスは分かる。

きっと名前を教えてくれているんだろう。

タニシはゴクリと息を飲む。


「михаил ростиславович драгунова」

(訳:ミハイル ロスティスラーヴォヴィチ ドラグノフ)


「・・・!!」



それから数日後。

心身共に傷を()ったプレ子とタニシのケアに明け暮れる利眞守(とします)の元に1通の手紙が届いた。

差出人はロシア語で書かれているので、あの男に間違いないだろう。

宛先(あてさき)は・・・タニシだ!


「おーいタニシ。愛しのイケメソから手紙だぜ?」


「なんと!!」


マッハで飛んできたタニシは、うっとりした表情で手紙を鑑賞(かんしょう)名残惜(なごりお)しそうに封を開けた。

そして内容を確認するが、なぜか渋い顔をしている。



「オーナー殿(どの)?読めないでござる」


元々キリル文字が分からない事に(くわ)え、その筆記体は全て"mmmmm"と表記される為、ロシア人ですら読めないとも言われている。

悔しそうな表情のタニシを見かねた利眞守(とします)は出来る(かぎ)りを尽くして"mmm文字"を解読してみようと助け舟を出す。


「ほれ、代わりに読んでやるよ貸してみんしゃい?え~と・・・先日は──」

「ストーープ!」


「なんだよ!?」


「そういうモノは最後の1行に全てが集約(しゅうやく)されているのが世の(つね)でござる。だから最後だけを読んでほしいのでござる」


「・・・分ぁりましたよ。お前のポリシーは分かんねぇけどソレで良いってんなら良いんでねぇの?」



言われた通り、最後の1行だけに目を(とお)し読み上げる。



До() свидания(スヴィダーニャ)

(訳:また会いましょう)



"──パアァアアァァァ!!"


その一言を読み上げた瞬間タニシの体は光に(つつ)まれた。

この光は生体が元の体にもどる時のアレだが、なぜこのタイミングで?

不思議に思う利眞守(とします)に、彼女は最後の言葉を残し始める。


「・・・ターニュンの最大の願いが叶ってしまったでござるな」


「最大の願いだぁ?」


「むきゃあぁぁ!リストの399番目に書いてあったではござらんか!」


「・・・ンなトコまで見てねぇよ」


「くすっ・・・でも良いでござる。そのくらい"ずぼら"な方がオーナー殿(どの)らしくて魅力的でござる。しかし予想だにしなかった裏エンディングを(むか)えてしまったでござるな。コレは1級フラグ建築士たるターニュンですら見抜けなかったでござる」


"──パアァアアァァァ!!"



さらに激しく光に(つつ)まれるタニシ。

そろそろ擬人化を維持(いじ)するのも限界だろう。

刹那(せつな)利眞守(とします)はニヤリッと笑って利眞守(とします)なりの最後の言葉を残し始める。


「なーんてな!リストは1から399まで全部覚えてるよ。ほんで最後に書かれてたのは"現実(リアル)で素敵な相手と(めぐ)り会いたい!"だったよな?(やかま)しいヤツだったがお前も可愛いトコあるじゃねぇか?」


まさに予想外!

利眞守(とします)の一言は彼女の想定していた全てのパターンを裏切り、計り知れない衝撃を与えた。

ずぼらで、いい加減だと思っていた男の()かりない発言にタニシの目頭(めがしら)は思わず熱くなる。

崩壊したダムが(ごと)く大粒の涙が(ほほ)(つた)い落ちる。



「オーナ"ー殿(どの)"・・・最後の最後に・・・涙を(さそ)う、ような事"を・・・言わな"いで・・・ほじいでござる・・・やっばりオ"ーナー殿(どの)は・・・本物の主人公(ヒーロー)でござっだよ!!」

"パアァアァァン!!"


嬉しさ、悔しさ、その他(あふ)れ出る感情を胸にタニシは水槽へと、もどって行った。



「・・・ま、それも悪かぁねぇな。主人公(ヒーロー)が必要な時が来たら、またいつでも俺の名を叫んでくれよ」

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